-43km 気分転換
食事を終えた俺達は、重い荷物を背負いながら数時間歩き続け、ようやく脱出地点へとたどり着いた。
ゴミステーション、だなんて呼ばれているここは、遠征するスカベンジャーを列車で送り届けたり、回収して住居区へと帰還させる役割の施設だ。
一定の時間で定期便の列車が行き来するので、スカベンジャーはそれに乗り遅れないように行動する。
時間の概念が曖昧なこの世界で、時計という名の小道具の存在意義はこの施設の為だけにあるようなものだ。
俺も一応時計を持ってはいるのだが、重石としか使っていない。大昔では命の次に時間は大切とされていたらしいが……不思議な話だ。にわかに信じがたい。
「――コード3041、ヴァルタチーム! 4番へ!」
駅を管理する公務員の男が、スカベンジャーのパーティを誘導している声が不意に耳に届いた。貨物庫のような列車一両につき1つのパーティが乗せられていく。
電車は20両構成なので、場合によっては乗れずに次の列車を待つ必要があるのだが、今回は心配ない様子。
「コード4277、リスティアチーム! 7番へ!」
必要のない心配をしているうちに自分たちのチームの名前が呼ばれた。
皆揃ってリュックサックを背負い、窓のない貨物列車に足を進める――と、不意に制服を身に着けた見知らぬ男がリスティアに近づいてきた。
「……失礼。リスティア様、識別リングはどうなさいました?」
「それなら、ホラ。彼が持ってる。譲渡したの。私はもうこの下層には居られないから」
「でしたら、役所で譲渡の手続きをしていただきたいのですが……」
「ムリムリ。一週間もかかるんでしょ? 正規の譲渡手続きってさ。私、三日後にはここを発つ予定だから」
「ム…………ハァ、仕方ないですね。死亡譲渡手続きぐらいは貴女の手で役所に出してくださいよ」
公務員の男は仕方ない、とでも言いたげにため息を吐いて手元の電子手帳にチェックマークを付けた。
どうやら、この公務員の男も彼女とは面識があるらしい。どこか親し気な雰囲気を感じる。
「私が私の死亡届を提出ねぇ……まあ、それぐらいならやるわ。うん……アンタと会えなくなるのも寂しいわね」
「ですね…………吉報、待ってますよ。頑張ってください」
「ええ、それじゃ。元気でね」
あっさりと。しかし、込められた思いは深く。
リスティアと名も知らぬ公務員の男の会話はそこで終わった。まるで――いや、きっと、もう二度と会えないと理解した上でのシンプルな挨拶は、ただの他人とは思えない関係性を推測させる。
「リスティアぱいせん? あの人とは……その、何です?」
「何です? って質問自体に私は何です? って聞きたいところだけど」
……質問が雑過ぎた。
でもそれぐらい彼と師匠の関係性は気になるのだ。ま、まさか只ならぬ関係とかじゃあ、あるまいな……!?
「そうね……まー、彼が困ってたとこを昔助けたって縁かな。彼がここで働けてるの、大雑把に言えば私のおかげみたいなものなの」
「ふーん……リスティアぱいせんって、俺以外にもいろんな人を助けてるんスね」
「まあね。って……何よ。貴方、ちょーっと機嫌が悪そうに見えるのは、私の気のせいかしら?」
「そーみたいっスね。あー気のせい気のせい」
彼女に助けられたのは俺だけではない。
その事実を知って、ちょっとだけ悔しいというか、自分の自慢できる部分に傷がついてしまった気分というか。
……正直に自白するなら、そこそこ嫉妬した。
「まったく……何が貴方の癇に触れたのかは知らないけど、一番期待してんのは貴方なんだから。ほら、もっと自信持ちなさいな」
「…………そっかァ!」
まるで子供のようにあやされたが、ガキな俺はこんな簡単な言葉で心がとても跳ねあがっているのだった。
■
運送列車が走り出してからしばらく経った。そろそろ中間地点を通り過ぎてる頃で、時間で表現するなら……二時間ぐらいだろうか。
腰に響く振動にもとうの昔に慣れ、パーティーのメンツは雑談を交わしていたり、回収した資源の鑑定、汚れ落としなんかをやっている。
で、俺は……俺は、なにをボーっと過ごしているんだろう。
いつもなら道具の点検をしたり、値打ちがありそうなものを鑑定したりして過ごしている……んだけど、今日はどうもそんなやる気が出てこない。
時間を消費しているくせに、それに見合った対価を生み出せない。どうやら今日の俺は不能に陥っているらしい。
「……ハァ、駄目だな……こりゃ」
組んでいた胡坐を解いて立ち上がり、ググッと伸びをする。
それで……それで、これからどうしよう。点検も鑑定も、今はやる気が起きない。頭にモヤがかかった気分だ。この狭い貨物庫の中じゃ何もできない気がした。
なので、貨物庫の出口にふらりふらりと足を進める。
「? おい、グレン。どうかしたのか?」
「なんでもねぇ。ホントに。ただ……ちょっと外の空気を吸いたくなった」
ガラス製品の汚れを取り除く作業をしていた気の強い男にそんな様子を見られ、声を掛けられて雑な返答を返す。
何も思考せずにした返事だったが、確かに外の空気――流れる風でも感じていれば、心のモヤが薄れてくれるかもしれない。
「お前もわざわざ汚れた空気を吸いに? 変な奴だな……ホラ。防塵布、忘れんなよ」
「ん、サンキュ」
投げ渡されたマスクを受け取って身に着け、俺は引き戸を開けて外に出た。
下層の至るところ――現在列車が走っている連絡通路なんかは、砂塵とか石綿で空気が汚れている。肺の病気を予防するために、上層部統治機関――上に住んでるお偉いさん方は下層部の市民に対して防塵布の着用を推奨している。
塵肺の恐ろしさは俺でも知っている。咳や痰ばかりで呼吸困難に陥り、まともに会話すらできない状態の人も見たことがある。軽度なものも含めれば国民病と言って過言ではない。
しかし、だからといって下層部統治機関が特別大きな対応をすることは無い。下層部にはそれらへの対策にリソースを割く余裕がないのだ。
なので塵肺はあくまで自己防衛で防ぐものである――というのが、この下層部での常識になっている。
……俺も、スカベンジャーを続けている限り、いずれ塵肺になって呼吸に苦しんで死ぬのだろう。その結末は理解はしている。でも、死ぬ覚悟までできているかは……正直まだ、その時にでもならなければ分からない。
「ッ、よ……っと」
引き戸をしっかりと閉めて、列車の連結部に出る。
……ここでは風を感じられない。俺は風当たりの良いところを求めて、ハシゴを使って運送列車の屋根上へと出た。
「……あら」
偶然にもそこに居たのは、さっきから俺の胸を締め付けている元凶の姿だった。