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0km 明日の天気は

 コポコポ、とお湯が沸騰する音が二つ奏でられている。

 電気式の湯沸かし器を改造して作ったキッチンコンロを、ヨゾラの魔法で稼働させている。こうして湧いたお湯に具材を入れて味付けして――がいつもの食事だった。

 しかし、今回は珍しく二か所のコンロをフル稼働させている。キノコとか肉の缶詰とかを煮込んでいる鍋とは別に、ただのお湯を沸かしている鍋がある。

 その提案したのは、この俺だ。


「俺、詳しいんだぜぇ~~? シュウ酸とかが多い食べモンはさぁ~~! あらかじめ個別に茹でちまえば問題ないってことをよォ~~!」


 ザク、ザクとナイフで例の草をまな板の上で切りながら語る。

 俺は馬鹿だが、馬鹿故に聞いた知識は忘れない。まるで乾いたスポンジが水を吸うように。でも人の名前は上手く覚えられないんだよなーなんでなんだろなー。


「でも、茹でたら栄養素……ビタミン? とかいうやつも抜けちまう……だが! 俺は店のばーちゃんから“秘技”を教わっているッ! ホウレンソウの極意って技術をなァ!」

「おぉ……ホウレンソウの、ゴクイ……!」


 得意げに聞き覚えた知識を俺は披露する。ヨゾラも関心を持ってなんなのか聞きたがっている。よ~く気持ちは分かるよ~ヨゾラ、俺もそうだったもん。秘技とか極意とか、そういう単語を聞いて目を輝かせたもん。

 ところで、ホウレンソウって一体なんですか。たまに役所とか世界運営の職場で聞く単語なんだけど。多分観葉植物とかかなぁ。


「まずこの草の茎と葉を分ける……そして、茎から先に入れて30秒、待つ!」

「おぉ、マつ!」

「その30秒が経った瞬間――! この葉っぱの部分を入れて更に30秒だぜ! こうして茹でることで――ッ、完璧だァ……」


 ザパァ……と茹でた名も知らぬ草を湯の中から取り出して、俺は思わず成功の悦に浸る。

 取り出した草をしっかりと湯切りして、鍋に入れる――前に、ちょいと先に味見してみることにした。


「……!」

「ッ!? な、なんだァ……!?」


 ヨゾラと同時に味見をして、同時に驚愕する。

 こ、これはァ――――!?


「アジもカオりも、なくなっちゃった!」

「無味無臭なんですけどォ! ……え? は? 何? キレそうなんだけど……なんやコイツ……」


 ペシ、と雑に鍋の中に放り込む。茶色しかない鍋の具材に緑が加わって彩が良くなった。よかったね。じゃねぇんだよクソが。


「……ヨゾラ、その余った分も使おう……前と同じ調理法でやってくれ……」

「あい!」


 グレンコックは心に傷を負ったので休憩して、ヨゾラシェフに任せる。以前同様、名も知らぬ草は雑に生のまま鍋に放り込まれた。シュウ酸は避けられねーのである。


「ハイゼン、ハイゼン……」

「手伝うよ。スープは俺がやるから、スプーンの用意を頼む」

「うん! まかせて!」


 嬉しそうにパタパタと準備を始めるヨゾラを横目に、器にキノコと肉とよくわからん草のスープを二人分よそっていく。具材も均等になるようにね。


 準備ができた俺達はテントを出て外に座り込んで食事を始めることにした。

 満天の星々が見える場所で、質素ながらも温かい食事を、彼女と共に。


「ん、フタリでタべると、おいしい」

「だな。やっぱ味も風味も弱いんだよなぁこの草……“ザコ草”って名づけよーぜ」

「ザコクサ……わかりやすくて、いいとオもう」

「ふふん、だろ?」


 しょーもない会話を交えながら食事をして、食べ終えて、また雑談をして。

 気が付けば、頭がぼーっとしはじめていた。瞼が少し、重い。


「んぬ……グレン、ワタシちょっと、ネムくねってきた、かも」

「俺も眠いや……温かいもの食べたからかな。このまま星空を見上げてさ、一緒に寝ようぜ」

「ダメ、ここでネたらカゼひいちゃう」

「そうだなぁ……じゃあ、俺のジャケットをシーツ代わりにしよう。ほら、こうやって体の上に被せてさ――」

「――――ぴュっ!?」


 シーツ代わりに俺のジャケットを彼女の体に被せた瞬間、尻尾とかの獣毛がブワリと大きく膨れ上がった。


「ん? どしたの」

「いや……なんでも、ない。ちょっと、ドキドキ、しただけ……」

「ははは、ウブ~~!」


 赤面して俺のジャケットをモジモジ弄っている少女を指さして笑いながら、コロンと仰向けに寝転がる。


 視界の端から端まで、キラキラと輝く光たち。

 そのどれもが遠く、手の届かない場所で存在を証明し続けている。泉の底の光源という()を借りて、不規則に、不安定に。でも、確固たる存在で。


「あったかい……」

「だろ? このジャケット、スカベンジャー用の支給品にしては良質なものなのさ」

「……そうじゃ、ない」

「?」

「……フタリだから、あったかい。そんなキがする」

「……ふふっ」


 愛おしい夜空が見える。愛くるしいヨゾラの存在を感じる。

――ああ、自分はなんて恵まれているのだろうか。


「んにぅ……おやすみ、グレン」

「ああ、おやすみ。また明日な」


 恵まれたセカイで、俺は瞼を閉じる。

 疲労の回復や、時間潰し、現実逃避のための睡眠ではない。


「――明日は、どうなるんだろうな」


 俺達は希望を抱いて眠るのだ。

 この閉塞的でクソったれた世界の片隅で、ひっそりと明日の世界を拝むために――

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