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-2km 革命者

「――以上が、報告になります」


 暗く、モニターだけが明かりを灯している部屋の中、リスティアは報告を終えて一礼し、モニター越しの相手の反応を待つ。


 ……結局、数日前に起こったあの惨事――暴徒鎮圧用特殊部隊“アシダカ”の5割が殉職した事件は後世に残るものとなった。リスティアはできる限り穏便なカバーストーリーを目指したが、流石に世界運営の戦力に深刻な出血をもたらした事実までは隠しきれなかった。

 ただのスカベンジャー二名が不審死するなら書類仕事程度で済まされるが、特殊部隊が一人でも不審な殉職をすれば、運営に関与するお偉いさんたち(スポンサー)が黙ってはいない。


『なるほど……状況証拠を視るに、なかなかややこしい事態に陥っていた様子だな』

「そうですね……こんな“偶然”、直接赴いた私ですら信じがたいものでした」


 彼女が隠し切れなかった証拠は二つ。

 一つ目はガトリング砲の使用。大量にばら撒かれた薬莢を見落とすことなく全て回収することなど不可能だし、そもそも死体に銃弾の痕跡が残ってしまっている。

 一般の自動小銃の弾丸とは規格が違い、ガトリング砲は曳光弾などを含め専用弾を使用している。なので『あの場にガトリング砲があり、特殊部隊員に対して使用された』という痕跡は隠せない。


 二つ目は、あの場で火属性の魔法が行使されたということ。落ちている武器のいくつかは融解し、原型をとどめていない物まであった。その一部分だったと思われる溶け落ちて固まったスラグがいくつか散見されていた。

 特に決定的だったのは、あるスカベンジャーの死因だ。装備していた自身の装甲が融解し、体に張り付くようにして死亡していた。

 世界運営は死亡原因を調べた結果、血液の脱水による失血が原因の臓器不全――熱傷深度で部類するとⅢ度に値する重度の火傷死であると結論付けられたことは、リスティアの耳にも届いている。


 金属を変形させるほどの熱量を与える方法は、アーク溶接のように雷属性の魔法を利用した方法があるが、その場合の死因は感電による心停止か呼吸停止になる。

 よって、これほどの火傷死は火属性によるものでしかありえない、とも世界運営は結論を出した。


 この状況証拠の数々には、リスティアも相当頭を抱えた。

 この事件の結論の付け方によっては『グレンは生存し、いまもなお潜伏し続けている』ということになりかねない。そうなればグレンは今後も世界運営に追われる身となる。つまり、彼に平和は二度と訪れないだろう。


『いやぁ、これは謎が多いな……他の調査員の報告書にも目は通してみたが……みんなお手上げ、といった感じで報告書を出したのだろうな』


 最終的に開示されたデータは三つ。

 1、ガトリング砲の持ち込み及び使用。

 2、火属性の魔法の行使。

 3、上記の存在がスカベンジャー及び“アシダカ”に対して使われたこと。


「…………」


 そして、リスティアが目指さなければならない着地点は二つ。

 1、ガトリング砲を持ち込み、“アシダカ”へ発砲した人物の推測。

 2、火属性魔法を行使したグレンという存在の抹消・死亡。


 点と点を繋げて一つのカバーストーリーを組み立てようとも、ガトリング砲の存在と火属性魔法の存在が干渉しあって上手く成り立たない。

 ガトリング砲を使用したということは、グレンの生存が推測されてしまう。

 グレンが火属性魔法を行使し、その果てに死亡したとしても、ではガトリング砲の存在は一体何なのか、という話になる。


『……だから、今の君の報告が一番信頼性を持っている』


 ……そう。一筋のカバーストーリーが組み立てられないのなら――


『――“グレンによる火属性魔法の暴走”と“レジスタンスによる武力介入”。この二つの出来事があの場所で、ほぼ同じタイミングで起こった……とね』


――カバーストーリーを二つに分けて、同時に組み立ててしまえばいい。


「はい。時系列の順にお話しします。まず状況証拠からして、グレンの火属性魔法の覚醒は間違いないものでしょう。彼の魔法行使という危険を察知した“アシダカ”隊による制圧は失敗……その結果、あの融解した武装の数々、そして上半身が焼け消えた死体ができたのでしょう」

『スカベンジャーが焼き殺されたのもかい?』

「ええ。彼が殺害されたのもほぼ同じタイミングでしょう。彼は元パーティーの一員です。一度グレンを確保しました……が、結果的に脱走されています。それにより、役所と懸賞金の支払いでトラブルを起こしてたそうで。グレンを確保することに躍起になった彼はあえなく蒸し焼きに、といったところでしょうか」


 丁寧に、形を整えるようにリスティアは事実と推測を練り混ぜていく。

 その中に、こっそり捏造を混ぜ込んでも気づかれないように。


「グレンの殺害件数はこんなところでしょうか。次に、グレン自身は自滅したのだと思われます」

『……自滅?』

「はい。グレンは魔法の制御訓練、指導を一度も受けていません。実習を受けていない人間の魔法行使の危険性はご存じのはずです。ですので、彼は魔法を行使してそのまま燃え尽きた――文字通りオーバーヒートしたのでしょう。死体一つ残っておりませんでした。骨ならいくつか散見されていた筈ですが……火葬された遺骨からDNA鑑定は不可能だと聞いています。よって彼は文字通り消えた……というのが私の推測です」

『…………ふむ』


 嘘を混ぜ込んだ。イカサマのように、バレないように。

 土壇場でのリスティアは冷静で完璧だった。顔には当然、しぐさや喋り方にも嘘を混ぜた痕跡を残さなかった。


『それが一つ目の事件、なのだな。続けてくれ。興味深い』

「はい。ここから先は偶然の出来事か、もしくは計画されていたのか――そこは把握しかねますが、起こった出来事については推測できます」


 残ったガトリング砲の存在の件。

 未解明で放置しても良かったが、これをどう説明するかで前記した仮説の説得力も増す――と、彼女は考えた。だから思考を張り巡らせる。スケープゴートを用意する。


「先ほど説明した通り、大きな騒動が起こったのですから、レジスタンス側からすれば発見も容易、奇襲も当然可能だったのでしょう」

『確かに。3割の負傷した部隊員とその部隊長は当時その場を離れていたと聞く。一仕事を終えて消耗し、油断している瞬間を――というのは、奴らが好んですることだ』

「ですね。そもそもの話をすれば、グレンが一度目の脱走をしたのはレジスタンスによる破壊工作が原因です。可能性がある、という前提ですが彼とレジスタンスの繋がりもありえます」

『……あの破壊工作で当時列車に乗っていた作業員は全員死亡した。彼だけ生き残ったのは、確かに偶然にしては出来過ぎているかもしれないな』


 ……本当に、“偶然”に助けられている。

 一度目の脱走時の状況が奇跡的すぎて、グレンとレジスタンスに繋がりがあるように見える。リスティアもそうなのかと当初は疑ったぐらいに。

 しかし、グレンはレジスタンスとの関与を発言していなかった。何にも頼らず、自分の足で立ち上がって生きていくような宣言をしていた。だから、レジスタンスとは関与していない――そうリスティアは認識している。


「流石にガトリング砲および銃弾の入手経路まではわかりませんが、レジスタンスの目的は明確です。世界運営が持つ、自分たちにとって特に脅威になる戦力を削ることだったのでしょう」

『だろうな。“アシダカ”は過去何度もレジスタンスを敗走させている。故に今回は全力で殲滅しに来た……というところだろうか』

「はい。もしかすれば、レジスタンスからすればグレンは“アシダカ”を呼ぶための餌に過ぎなかったのかもしれませんね……以上が私の推測です」


 すべての元凶はレジスタンスに在り、とリスティアは結論付けた。


『事細やかな説明、ご苦労だった。とてもわかりやすい説明だった。君は秘書に向いているかもしれないな』

「ありがとうございます。ですが、私の役割は空気の浄化です」

『そうだな。当然、そちらの活躍も期待しているよ……ところで、これは個人的な相談なのだが、今後下層部をどうするか悩んでいるんだ。“アシダカ”を壊滅させられたのはかなりの痛手でね……』

「…………居住区は問題ないと思いますが、世界運営と関連する施設は危険ですね。そこに警護を集めて……あとは、今までの傾向からして特に列車の警護も強めるべきだと、素人ながら意見させていただきます」

『……そうだな。ご意見ありがとう。感謝しているよ……上層部に来るのは明日だったね。君の活躍を期待して待っているよ』

「はい。ありがとうございます。以前話した墓の件ですが、遺骨が無くても構いません。約束通りにお願いします」

『忘れてないさ。ああ。では――』


 プツ、とモニターは停止した。

 代わりの明かりとして、初老の男が電気ランタンを灯す。


「……貴方にも、何度も世話になったわね」

「ですね。そう考えると寂しいものですな」

「それ、本心? 掴みかかるようなサル女が居なくなって安心とか感じない?」

「フフ、年を取ると別れに対して感傷的になるものです……どうか上層部でもお元気で」

「ええ。貴方も肺の病気には気を付けてね」


 そう言うとリスティアは頭を下げている男の目の前を通り過ぎ、長い廊下を歩いていく。

 カツン、カツン。

 一歩一歩、決意をもって彼女は前進する。


(……待っててね、グレン)


 彼女には、胸の内に野心を灯していた。

 強い強い、原動力のような強い気持ち。考え。欲望。


(私、変えるわ。この世界を変えてみせる――貴方が生きることを許してくれる、そんな世界を必ず、造ってみせる)


 廊下を通り過ぎて出口を押し開く。

 戸を開けた先で足を止め、リスティアは薄汚れた天候モニターの群れとボロくさい再現太陽を見上げて、心の中でそう固く誓うのだった。


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