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-3km 偶然で掴み取った未来

 火薬の爆ぜる音。流煙を含んだ熱風が銃口から放たれて俺の額に打ち広がる。

 ……だが、その音は銃声にしてはあまりにも呆気なく、ドアをノックするような軽い音だった。


「…………ッ、……! !?」


 リスティアは慌てて銃を俺の手から奪い取り、手元に隠した。手遅れな対応だが、それでも体が咄嗟に動いたのだろう。


「グレン!? 大丈夫!? 今、今、弾が……いや、でもなんで生きて……!?」


 俺の額を撃ち抜くはずの弾丸は、存在しなかった。故に俺は生きている。

 彼女は信じられないものを見るような目で俺の額を見つめ、ハッと気が付いたかのように手元のリボルバーを割ってシリンダーを確認した。


「……空薬莢。弾丸が無い……? いや、まさか――」


 手のひらに空になった薬莢を落として弾頭の有無を確認した彼女は、銃口の奥――バレルの中を覗き込んだ。


「……“不発(スクイブロード)”……!?」


 ……専門用語は俺にはわかりかねるが結論を言うと、俺に弾丸は届かなかった、と表現するのが適切か。

 発射されるはずの弾頭は何かしらの動作不良――恐らく、銃弾そのものの不良で――銃口を飛び出すことが叶わず、中途半端にバレルの中に残留してしまっている。

 ああなってしまえば、あの拳銃は修理でもしない限り使い物にはならないだろう。


「まさか……アンタ、ここまで分かってて、最後の一発を撃ったの……?」


 ポカンと呆気を取られながら、彼女は俺に力のない声で尋ねてくる。

 そんな彼女に、俺は笑みを浮かべて。


「ハァ、ハァ……ふぅ……そ、そんな訳が無い、でしょう……ハァ」


 冷や汗を顔面びっしりに浮かべた俺は、緊張で固まっていた肩を力なく落とした。

 ……あれだけ豪語しておいて、でも本当に命に関わる決定的な行為をするというのは、本当の本当に……なんだろう、生きた心地がしない――いや、違うな。死んだって感覚があった。なのに生きているから脳が混乱して、喜びたいのか泣きたいのかわからない滅茶苦茶な精神状態だ。


 偶然だの幸運だの色々説得していたが、最後に説得していたのは彼女ではなく、自殺行為に走る自分自身に対してだったと、今更思う。


「……馬鹿。アンタ、今まで会って来た誰よりも大馬鹿者よ」

「ハァ、ハァ、知ってる……ちょいと前にそれは自覚してましたよ……」

「もう、本当に馬鹿。不発だったから良かったものの、今のでアンタはほぼ確実に死んでたのよ?」


 俺の行動に呆れかえったのか、彼女はもう泣いていなかった。

 ……良かった。無謀な挑戦だったが、彼女が泣き止んだのなら十分意味のある行為だ。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……だから、やってみなきゃわからない。そうでしょう?」

「グレン……」


 彼女の手が、俺に伸びる。ゆっくりと手を開いて、それは俺の頬に近づいて――通り過ぎて、そのまま上に登ったかと思ったら、ゴスン、と垂直落下で俺の脳天にチョップが叩き込まれた。


「あだ――痛ァーッ!? なんでェ!? なんで叩かれたの今ァ!? 良い感じに良いセリフだったでしょ!?」

「調子の狂った機械はね、こうやって叩いて直すモンなのよ」

「俺は機械じゃねぇ! 人だが!?」

「…………、プッ」

「…………、フッ」


 笑った。二人して思わず笑い続けた。

 やっと、やっと取り戻せた。いつもの雰囲気に、彼女との他愛ない会話をする、そんな仲に戻れたと感じる。

 彼女の表情は気の合う友人に会ったような、安らかな顔だ。さっきまでの悲しみや殺意に満ちた瞳はもう、どこにも見当たらない。


「――ふぅ。それで……調子はどう? グレン。マトモなご飯、食べれてないんじゃないかって思ってたけど、そんなに痩せてないわね。昨日は何食べた?」

「えっと……キノコと、肉の缶詰のスープ……あ、そうだ。なんか噛むとスーッとして少し酸味のある草も食べた」

「……アレ、シュウ酸多く含んでるから、あんま食べ過ぎると尿路結石になるわよ」

「ゑっ、うっそマジで?」


 気が付けばいつもの会話の空気になっていた。あんなにビビっていた自分はもう居なくて、ただ彼女との会話を楽しむ昔の――いままでの俺が、ここに居た。


「あ、そうそう。私気が早くてさ、貴方のためにお墓作っちゃった。こうして生きてるのなら作らなかったのに」

「あ、それアシダカの部隊長からも聞いた。本当に、ホッとしたよ。俺、師匠に見捨てられたんじゃないかってずっと心配だったんだ」

「ばーか。そんな軽薄な付き合いじゃないでしょ。心配するわよ、当然」


 彼女はフフ、と笑って。俺はハハ、と笑みを浮かべる。

 幸せだ。ここが地獄のような有様だとか、俺が人殺しの人でナシだとか、そんなの全部どうでもよくなる。また会えた。また話せた。またこうやって、笑い合えた――


「……あーあ、名残惜しいけど私はもう帰らなきゃ。銃は壊れて危険因子の排除は無理だし、この惨事を運営に報告しないといけないしね」

「それは……えっと、お手数おかけします?」

「いつかこの借りは返してよね、グレン」


 そう言うとリスティアは立ち上がり、ふわりと髪の毛を舞わして背を向けると、血の水たまりを避けて歩いて去って行った。

 ……ああ、こんな楽しい時間が終わるのか。彼女は上層部で、俺は下層部の外れで隠れて暮らす。だからもうこれから先、彼女に会える可能性はほぼ無いに等しいだろう。


「……リスティア!」


 その背中に、俺は思わず声を上げる。

 そうだ。言いたいこと、いっぱいあるんだ。たくさん、たくさんあるんだ。でも、彼女の迷惑にはなりたくないし、手短に伝えよう。この言葉を。


「? 何かしら?」

「……俺、生きるよ。この世界で。生きて生きて、どこまでも生きて、幸せをもっと掴むんだ。俺、生きることを諦めない!」

「……そっか。うん、安心した。こうしてたくさん人を殺そうが、生きることが罪であろうが、貴方はやっぱり貴方のまま。びっくりするほど成長したみたいだけど、根底にあるものは変わらないのね」


 俺の宣言を、リスティアは優しく受け止めてくれた。両手でやさしく包み込むように、全てを赦すように。


「んじゃ、どうかお幸せに。またね」

「……ああ。ああ! またな! またいつか、同じ空の下で! また会おう!」


 挨拶を交えながら、リスティアは暗闇の向こうに消えて行った。

 ……俺は、これからどんな人生を歩むことになるのか。そもそもどこまで生きられるのか。その全てが、俺には何も分からない。


「……グレン、だいじょうぶ……?」


 そんな小さな声が聞こえて振り返ると、ひょっこりと顔だけを出して俺の様子を伺っているヨゾラの姿が見えた。

 ……うん、そうだな。未来なんて誰にもわかりゃしないもんな。当然のことか。

 じゃあ、一歩進もう。俺がこれから間違いなく歩き出すのは――


「……うん。帰ろう、ヨゾラ」


 守りたかったあの小さな星空世界への、帰り道だ。


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