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-8km 欠けた容器、流れ出るモノ

 拘束具を引きちぎる勢いで、思わず俺は声の聞こえた方向を見た。

 そこにはやはり、人間の形をした右手と左足に手錠をかけられていて、抵抗しているヨゾラの姿があった。


「なんで……どうして、ヨゾラがここに居るんだよ……?」


 絶えない疑問。訳が分からない。理由が分からない。どうして、どうして置いてきた筈の彼女が、こんな、こんなところに居るんだよ……!?


「ほら見ろ、グレンの反応からするにドンピシャだったな」

「ずっと近辺をコソコソとうろついてましたからね……へ、へへ……まさか、獣人族が居るだなんて……へへっ」

「手錠を借りといて正解だったな……おーい、ゾルディアの旦那――――は、もう居やがらないのか……クソ、仕事が終わりゃすぐ帰る付き合いの悪い野郎だぜ」


 悪態をつきながら男は周囲を見回す。

 確かに、部隊長の男は既にこの場に居ない。怪我人を乗せた自動車に同乗して行ってしまったのか。

 ここに残っているのは、後始末をしているアシダカ部隊員複数と、元仲間の二人、そして拘束された俺と同じく捕まっているヨゾラだけ。


「それで……どうします? この獣人族は」


 そんな状況下で、気の弱い男はポツリとそんなことを尋ねた。


「…………獣人、族」

「本当に存在していたんだ……」

「なんだ、アレ……子供と獣のツギハギ、じゃないか」


 ざわり、ざわりと揺れる空気。動揺。困惑。

 まるでオークションに出された希少生物みたいだな。なんて、牧歌的な俺の一部がそう思った。


「――裏切り者だ」


――賢い誰かが、そう言いました。


「知ってるぞ……恩知らずの獣人族……!」


――続いて誰かが、そう言い放ちました。


「なんだあの、化け物は」

「人間みたいな形をしている……」

「アレ、歴史で学んだやつだろ!? 人類を裏切った原罪の生き物!」


 決壊した。どよめきはもう止まらない。

 敵視する者、嫌悪する者、値踏みする者、事態を理解できていない者。頭の中の知識を披露する者。

 統率の取れていない人間は、こうも散り散りになるのか――


「ッ、その子は何も関係ないだろ! そんな獣人族……だなんて、俺は関わったことがないぞ!」


 真っ赤な嘘を叫ぶ。

 さっき名前を呼んでおきながら、そんな嘘が通じるわけがない。でも、意地でもその子は関係のない罪なき命だと言い切ってやる。叫んでやる。押し通してやる。


「関わったことがないぃ? ッ、クク……まあ、結構。納得してやるよ、グレン」

「…………?」


――嫌な予感を感じ取る。

 ヤツの手札がもう一枚あったことに今更気がついたような、決定的な何かを用意されている予感を覚える。


「ッ、うう……ッ、と! ほぅ! いやぁ流石に重たいな!」


 ドシン、なんて少女の時とは比較にならない重量の音。

 表に出されたのは、見覚えのある大きな鉄のカラクリだった。


「コイツ、人間様の道具を盗んでるんだぜ! しかも弾薬(・・)まであるときた! コイツは盗人(ぬすっと)さァ! 人を殺せる武器を持った危険因子だァ!」

「…………!?」


 動揺は一斉に広まった。

 そりゃそうだ。仮に弾丸が無くてもあんなものを突き付けられれば皆ビビる。あんなガトリング砲だなんて、どこで手に入れて何をしようとしていたのかと、皆考えるだろう。


「――――」


 シン、とした冷たい空気。

 不気味なほどに静かな中、皆考えている。獣人族の少女を。人類種への裏切り者を。人様の備品を盗んだ盗賊を。致死性を孕んだ危険因子を――


「――――殺せ」


 罪人である。と理解した瞬間、空気が変わった。

 オークションは閉店し、代わりに処刑場が開店した。おめでたい空気の中、リボンをちょん切るように、今、少女の命が断たれそうになっている。


「――殺せ」

「――殺、せ」

「――殺してしまえ」

「――バラしてしまえ」


 歓声は沼水のようにドロリ、と沸き起こった。

 正義の名の元に、自由にいたぶれる人形――しかも、反応を返してくれる機能付き! ――を手にした途端、人は、ここまで残虐に成り果てられるのか。


「やめ、ろ――――」


 それ以上、見せるな。汚い言葉を聞かせるな。

 そんな醜態、俺の前で晒すんじゃない。


「止めろ――おい、誰でも良い……止めろよ、止めてくれよ!」


 ヤメロ、ヤメテくれ。

 ……アア、マブタをトジテもミエテシマウ。カンジテシマウ。


「ッ、あ、ああ――――」


 ヒザをオル。アタマをカカエテウズクマル。

 ソレデモナオ、キコエテクル。

 アア、コレガ、コンナモノガ――――


「………………ッ」


 ……ニンゲントイウ、イキモノナノカ。


「あ――――」


 絶望した。失望した。欠乏した。

 俺の中で何かが、カランコロンと崩れて消えていく。人間という、誇り高き生き物への理想像が根底から崩れていく。

 カラン、コロン――――パリン。

 崩れた拍子に、ナニか植木鉢のような入れ物にヒビが入った。当然、その中身も漏れ出した。


「――――」


 流れていく。中身はまるで伝い落ちる水滴のように、一直線に流れていく。

 流れていく液体は、その先に広がっていた大きな……なんだろう? 一つの水たまりのような存在と繋がった。


――ビジターとのリンク、完了。超伝熱性(ヒヒイロカネ)、安定領域を確認。スタンバイ。


「…………ハ、ァ」


――――何故、俺は納得などしていたのか。


「ッ、ハ、ウァ、ァ――――」


――――何故、この理不尽に対して素直に首輪を付けられていたのか。


「オれ、は――――」


――――何故、自身の結末をわざわざ理想と現実の折り合いをつけて妥協していたのか。


「――穢してしまえ」

「――やっつけてしまえ」

「――壊してみせろ」


――――何故、俺はオレ自身を、あんな人間の規格に合わせていたのか。


 人間を観ることに耐えられない。

 人間で在ることに耐えられない。

 ソレはとても醜い存在でした。でも、そう言うと指をさされて『お前もその一人だろう』と言われてしまうのです。


「テメェらは――――」


――だからみなさん、さようなら。

 俺は、人間であることに固執するのを、もうヤメにします。


「俺の心を、裏切ったァアア――――ッ!」

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