-44km 後ろ髪を引かれて
ゴーレムの撃退を終えた俺達は撤収することを決定した。
その準備の一つである体力回復――スカベンジした重い荷物を持ち帰るため――として、食事を兼ねた休憩をすることになった。
電気ランタンを中心に置き、それを囲むようにして俺達はそれぞれ腰を下ろす。
今日の俺の食事は市民食糧シリーズの7番。
アリアドネ・ウェブの下層で配給されている一食分の有名レーションだ。
ちなみに7番は素朴パン、果糖ジェリー、ナッツバター、蛋白質グラタン、芋の甘煮込みのラインナップ。
ジャムのような果糖ジェリーを啜るのが俺の好みだ。
「いやぁ、リスティアさんの魔法は流石でしたね」
「そうですね! 私もあんな風に魔法が使えたら……! って見るたび思います!」
「俺達は魔脈使いで、無判定者の若造が一人か……リスティアさんは遥か高みに居るって感じだな」
先ほどの活躍もあって、食事中は師匠を中心にパーティのみんなは盛り上がっていた。ちなみに今挙げられた無判定者とは俺のことで、魔法の素質が未判定の人のことを指す。
その意味を大雑把に表現するなら、まだ社会から大人として認められていない、って感じか。ガキ扱いされるのはあんまり好きじゃない。
「ちょっと、そんな感じにヨイショしたって何も出ないわよ。ああでも、チーズスプレッドなら分けられるけど」
「げ、それってプラスチック臭いって話題になってたやつじゃないですか! 嫌ですよ~!」
「鼻をつまんで食べればイケるわよ? ……まあ、食べたくないのが本音だけど」
そう言いながらリスティアは塩味クラッカー一枚の上にチーズスプレッドをパックからうんと絞り出し、鼻をつまんで口に放り込んだ。ビミョーそうな表情だ。
異物混入時を除いた配給食糧の不法投棄は軽犯罪に該当する。だから俺もマネして素朴パンの上にナッツバターを絞り出して口の中に放り込む。
……薄ーくゴム臭い、ヌトヌトした油分の塊を無理やり嚥下する。
ああ駄目だキツイ。ランタンに照らされた明かりを頼りに水袋を手繰り寄せ、キャップを慌てて開けて飲み口を咥える。
「あーあ、このパーティともお別れ……かぁ」
ごくり、と喉に流し込もうとした水が、リスティアの一言で思わず喉に詰まりかけた。
数日も前から分かってはいたこと。だが、受け止めきれず目を逸らし続けていたこと。それがまもなく迫っていることを思い出してしまった。
「……さみしくなりますね」
「リスティアさんがいなくなってから先、私たちスカベンジを続けていけるんでしょうか……」
「ああ、こらこら! そんな後ろ向きにならないでよ! 私の背中を押してくれるってあの時言ってくれたでしょ? そんな顔で送り出されたら二の足を踏んじゃうでしょーが」
リスティアは暗くなりつつある空気を一人で無理やり明るくしようと頑張っている。俺は、俺は……彼女と別れることができるのだろうか……?
――彼女との出会いは偶然だった。野垂れていた俺を彼女が見つけてくれたのが始まりだった。
彼女は俺にこのどうしようもない世界の中で生きる術を――スカベンジとしての能力を育て上げてくれた。やり方も考え方も、技術のちょっとした癖も彼女譲りのもの。余すことなく全て俺の体に染みついている。
「グレン、なーにしょげた顔してんのよ」
「ぁ……、え」
ハッとして、暗い感情をシャットアウトした俺はいつもの表情にパチン、と切り替えた。
でも取り繕うのが少し遅かったみたいで、顔を上げると、ランタンを跨いで俺の内心を見抜いている彼女の苦笑いが俺を見ていた。
「私から教えられることは、もう全部貴方に伝えきった。その上、機転の利かせ方もその応用も、私以上になった……今日のゴーレムへの対処でそれは確信になった――」
そう言いながらリスティアは腕に付けていた電子証明リングを取り外し、それを俺に放り投げた。
「ッ……!」
確実にそれを受け止める。
この投げ渡されたリングは、正規のスカベンジャーのリーダーである証明書のようなものだ。俺や他の仲間も似たような金属製のリングを付けているが、これとは保有する権限が全く異なる。
「アンタにそれを託す。貴方が私の代わりに、リーダーとしてこのパーティーを引き継いで」
「――――」
その言葉で俺は、彼女からの絶大な信頼への喜びを。そして、別れが確実なものへと確信したことへの悲しみが脳髄に流れ込むのを感じた。
あたたかいような、つめたいような。
笑顔で+1、泣き顔で-1って感じで、ごちゃごちゃになった俺の顔は無表情から動かせなかった。
「彼が今後のリーダーになることに異議のある人はいる?」
「…………」
「い、いえ……」
弱腰な男と女性は首を振って意義が無いことを示す。
強気な男は一度顎のひげを掻いてから、ゴツゴツとした腕を上げた。
「リスティアさんが認めたなら意義は無い……ですけど、そのリーダーリングってそんな簡単に譲渡していいものでしたっけ?」
「……まあ、大丈夫。予定だと私がこの下層区域で生活した記録は全て抹消される。そして、リーダーリング所有者が死亡した場合の引継ぎって結構簡単に譲渡されるみたい。つまり、私は生きてるけどデータ上は死ぬ。だから譲渡に関しては大丈夫……法の抜け穴ってやつね」
あちらでは頭の良さそうなやりとりをしている。
……正直、俺は頭が悪い方だ。計画性が無いってやつだ。彼女は明日とか明々後日とかを見据えたうえで生きている。
けれど、俺は今日という短い期間を必死に生きて、次の日になればその一日をまた必死に足掻くなんて、苦しい生き方を繰り返して生きている。
……そんな俺に彼女の後任が務まるのか?
その疑問は、俯瞰的に物事を考える心から生まれた問いか、寂しさからでた弱音か――
「……頭良いなぁ、師匠」
「師匠じゃない! あと……そうね、貴方はもう少し頭良くなりなさい。これからは頭になるんだから。メンバーの名前、ちゃんと言える?」
「ぅぐ、しょ、“しょーしん”? ああいや、“精進”します……」
頭を掻きながらできるだけ賢い言葉を選んで口にする。
これでいい。精いっぱいの納得をして心に分厚い蓋をした。別れを惜しむ感情が、これ以上表に出てしまわないように――
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