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-9km ひと匙のビターエンド

「ッ――ガハッ!?」


 ……戦争は、終わった。

 俺の敗北という形で、この一人ぼっちの戦争は幕を下ろした。


「……ただ偶然生き延びただけの野良犬かと思っていたが、まさか、ここまでとんでもない奴だったとはな」


 金属製の拘束具で縛り付けられながら面前に叩き出された俺に対し、部隊長の男は重々しく口を開く。

 ……周囲は騒がしい。そこらじゅうから医療班を呼ぶ声が飛び交っている。


「……部隊の約三割、か。見ろ、あの運び込まれている俺の部下達を。奇跡的か、貴様の意図的なのかは知らないが死者は居ない。だが、三割までもが負傷し戦闘不能になった……部隊の損失度合いで言うなら全滅、と表現される」

「ッ、貴様ァ! よくも悪あがきを……!」

「テメェのせいで仲間は、相棒は……ッ!」


 左右の後ろで、俺を捕まえて縛り上げた部隊の兵士が憤怒の声を漏らす。今にも持っている武器の銃床で殴り掛かってきそうな剣幕だ。


「お前ら黙れェ――!」

「ッ……!?」


 一触即発だった空気を、部隊長の男は一喝を入れて鎮めてみせた。

 歯を食いしばって襲い掛かるであろう衝撃に備えていたのに、その裂帛の勢い――気迫の衝撃には、俺も心底ビビッてしまった。


「……ああ、本音を言うなら俺だって心底悔しいさ。一発ぶん殴ってやりたいほどに……だが、だからこそ誇れ。青年よ。我々も遊びで特殊部隊をやっているわけではない。貴様はこのアシダカ部隊に一生残り続ける黒星を刻みつけた唯一の個人になる。それに、貴様の戦い方から学ぶことも多かった……運命さえ違えば、別の形で巡り合いたかったぞ」


 そう語りながら部隊長の男は俺の肩を優しく二度叩いた。まるで認めるかのように、俺のことを評価するように。


「…………そっか。そっかぁ……じゃあ、なんだ」


 俺は、俺として生き抜けたんだ。確かな跡を、醜く意地汚い悪あがきだったけども、それでも俺がここに居た痕跡を、残すことができたんだ。

 ……ああ、それなら。


「……ハハ。あんま悔いはない、かもな」


 笑った。これから殺されるというのに、俺は笑えた。

 意味があったかはわからない。でも、意義はあったんだ。なら、グレンという名の人生の幕の下ろし方はこれでいい。満足だ。やり残したことはチラホラあるけれど、ビターエンドも、まぁ、悪くはない……かな。


「……部隊長さん。一つ、一つだけ頼みがあるんだ」

「? なんだ?」

「俺の腕に結ばれてるリボン、あるだろ? どうかこれだけは大切に扱ってくれないか? なんだろう……どこか綺麗な場所に捨てておいてくれ。処刑場には、連れて行きたくない……俺を生かしてくれた、大切な人の贈り物なんだ」


 今もなお、風に揺れる汚れを知らないリボン。

 これは処刑所(地獄)にはつれて行けない。あの人の持ち物だったんだ。だから一生、風のように自由であるべきだと、そう想ったんだ。


「大切な人……そう、だな。俺からも一つだけ関係のない話をしよう」

「……?」


 部隊長の男は膝を折って、俺の目線に合わせて話を続ける。


「あるお方から貴様の為に墓を用意しているらしい。せめてもの弔いだと、ある風の魔法使いからな」

「……、……!? ま、まさか、それって……!」

「この下層部で墓で弔われるだなんて、贅沢な死後が用意されているな、君は」

「ッ、し、師匠、なのか……!? そう、なんだな……!? ぁ、ああ、あ――ッ!」


 思わず声にならない泣き声が零れる、溢れ出る。

 俺……俺は、見捨てられてなんか、いなかったんだ。俺はあの人に、またしても恩を受け取ることが、赦されているんだ――


「ッ――、――――」

「大人がそんなめそめそ泣くんじゃない。ほら、行くぞ。……お前たち、この男を連れて行け」


 そう指示すると部隊長はさっさとこの場を離れて遠くに行ってしまった。

 瞼で涙を絞り出して、鼻の中の涙を啜って、泣き止んだ俺はなんとか立ち上がり、誰の力を借りるまでもなく、己の足で処刑場へと歩みを進めた。

 こんなにも、骨の髄まで愛されているのなら、何も怖くない。断頭台の刃だって、背中からの懐抱のように思える。


「…………よか、った」


 俺は終わりを受け入れた。

 こうしてグレンという名の個の物語は、幕を下ろして――


「――よーお! 元気にしてるかぁ? クソッタレのグレンさんよ?」


 遠くから、汚い吐き捨てたガムのような声が投げかけられた。

 ……関心は、無い。なんでここに奴がいるのかとか、今更なんの用だとか、そんな疑問はどうでもいい。意味が無い。ノイズに過ぎない。このまま綺麗に俺は幕を下ろしたいのに。


「……アレ、誰です?」

「この男の元パーティーメンバーだとよ。あのうるせぇのがビネガで、隣にいるのがえっと……忘れたが、二人とも仲間だったらしい。今回の件に責任を感じて参加した――とか、そんなんだったっけな」

「スカベンジャーが責任、ねぇ。どうせ逃して懸賞金を半額にされたのが気に入らなかったんでしょ」

「ちげぇねぇ」


 ハハハ、とそんな会話をしながら笑い合う俺を連行する二人の部隊員。

 まあ、懸賞金を半額にされたって話は受け取っておこう。ほんのちょっとだけ奴らに対する溜飲が下がった。


「俺の予想通りだったぜ、アシダカの皆さんよォ! アイツにはやっぱり……ッ、こーんな協力者が居やがったんだ!」


 ドスン、と何かを地面に降ろす音。

 何やら、そこそこ重めの何かをあの男は持って来たらしい。


「ッ……! ハナ、す! ハナせ! このッ……!」


 その直後、小さくも聞こえたその抵抗の声を、俺は一切聞き逃さなかった。


「ッ――!? ヨゾラ!?」

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