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-10km 一人ぼっちの世界戦争

――時は、来た。

 戦の始まりでもあり、俺の終わりの時でもある。


 瓦礫を踏み越えたり、避けたりしてこの区域の入り口――表に出る。

 すると、驚くことに世界運営の追っ手はもうすでに到着していた。黒い電動自動車が三台並んで、これからここら一帯の制圧を始める準備を整えていた。


「ッ! いたぞ! 奴だ!」

「何!? 向こうから来やがった!」

「――全員、掃射待て!」


 部隊員がそれぞれ慌てて手元にあった自動小銃を構えて俺に狙いを定める――瞬間、大きな声でそれは止められた。

 ……おそらく、今の声主はこの追っ手のリーダー格の男のものだろう。実際、大層な武装をした大男が銃器片手に前に出て俺と対峙してきた。ガタイが大きすぎて自動小銃が大きな拳銃と錯覚してしまうほど。


「お前がグレン、だな」

「ああ。はじめまして。貴方は?」

「……暴徒鎮圧用特殊部隊、“アシダカ”の隊長、ゾルディアだ」

「これはご丁寧に。今後ともよろしく――することは、無いよな」

「ああ、そうだな」


 沈黙。遠くでは部隊が慌てて準備を整えている様子がうかがえる。盾とか銃弾とか、フラッシュバン? スモーク? どっちか分からないが、投擲兵器もいくつか見える。


「……グレンよ。話し合いに応じられるというのなら、ここで大人しく捕まるというのはどうだね」


 少し驚いたことに、隊長のゾルディアは俺にそんな提案を投げかけて来た。

 びっくりした。問答無用で武力行使に来ると思っていたから、こんな会話“ごっこ”が始まるとは、微塵も思わなかった。


「もし、おとなしく捕まったら、俺は生きられるかい?」

「いや、上層部からの指示は変わらない。最下層処刑所、コキュートスにて断罪されるだろう」

「ハハ、なんだそれ。フツーそこは嘘でも甘いモノを用意しとくもんだろ。大人しく捕まれば減刑されて無期懲役になるとか、そういう甘い餌をさ」

「……嘘は苦手でね。それに、貴様がいくら戦おうと、この戦力差だ。お前の行動は全て、無駄な抵抗だ。さっきは提案するように言ってみたが、今度はこう言ってやろう。大人しく捕まれ、グレン」


 傲慢にも、男は事実を口にする。

 ほら、やっぱり会話“ごっこ”だった。会話は、互いが対等でなければ成立しない。もし片方が上だったり下になってしまうと、それは会話ではなく、片方の意見の押し付け、強要に成り下がる。


「……無駄な抵抗、ねぇ」

「変な気は起こすなよ。少しでも不審な動きをしたら即射殺する。世界運営からその許可は下されている」

「…………うーん」


 ズラリと銃を構えている部隊員を一瞥する。

 ……なるほど、困った。死角がない。もうちょい遮蔽物の近くで顔を出すべきだったかな。


「さあ、大人しく武器を捨てろ。それで事は穏便に済むんだ。無駄な足掻きで誇りに傷を付けたくはないだろう? 処刑場なら、君はまだ気高く死ねる」

「……なるほど。武器を捨てる、ねぇ」


 俺はブレードを握った右手をゆっくり挙げて、左手を鞘に伸ばす。そのままゆっくりとした動作でブレードの先端を鞘の口に向けて差し込んでいく。

 武器を納めることは不審な動きと判定されないらしい。よかった。今撃たれたらホントの本当に無駄死にってやつだ。


「えっと、ゾルディアさんだっけ? まあ、確かにそうかもしれない。俺のやることは全部無駄に終わるだろう。ぶっちゃけ俺も九割ぐらいそうなると思ってる」


 カチン、と完全に鞘に収めたブレードを今度は腰から外して右手で掴み、またゆっくりと持ち上げる。両手を上げたポーズでリーダー格の大男をもう一度目で捉える。

 ……アイツは今、俺のみに集中している。変な挙動を――それこそ、足を一歩でも後ろへ踏み出したら撃たれるかもしれない。それぐらいに俺の一挙手一投足に注意を払っている。だが、逆に他は一切見ていない。


「でもさ、やってみなきゃ、わからない――」


 そう言い放ち、俺はブレードを地面へ――ワイヤーで作られたブービートラップの上へ――投げ落とした。


「――ッ!? 伏せろ!」


 投げ捨てた武器が踏みつけたワイヤーは巡り巡って――石柱に取り付けられた短機関銃のトリガーを引いていた。


 先ほど気絶させた調査員が持っていた自衛用の短機関銃は、乾いた発射音と弾丸を雑にばら撒く。それでいい。牽制としては十分すぎる。敵が突然の銃撃に身を伏せている隙に、俺は先手を打つ――!


「ッ、――全員、掃射! 撃てぇ!」


 振り向かずに後方へ跳び、腰程度の高さの石造の壁に背中でぶつかる。そして、そのまま背中で遮蔽物を乗り越えて、くるりと一回転し俺は壁の陰に隠れた。

――直後に鳴り響く、銃弾の炸裂音。石のレンガが上げる悲鳴。

 あと数秒でも動きが遅ければ蜂の巣だっただろう、と恐ろしくなる。だが恐怖心で動きが強張ったりなどしない。俺は脳内の逃走経路に従って走る、走る、走り続ける。


「こっちだ! 追いかけろ!」

「剣士は前へ! とにかく追い込むんだ!」


 ……追い込む、ねぇ。地の利も把握してないヤツが言うその言葉に、説得力などどこにもありはしない。


「ッ――!? ぐあッ!?」


 後方から断末魔のような悲鳴を聞く。

 設置していたトラップ――ワイヤー式の矢の射出装置が機能したらしい。配置的に誰かの太ももを鉄芯が貫いたことだろう。


「ッ、気を付けろ! 罠が仕掛けられている!」

「応急班! 応答しろ! 応急班! 怪我人が出た! 準備を!」


――罠の本業は、獲物の殺傷ではなく、負傷にある。とどこかで聞いた。そして、それが人間相手であれば特に、だ。

 例えば、五人の兵士が居るとする。そのうち一人が負傷して、手当てが必要になったら誰かがその負傷した一人を回収しなければならない。大の大人を運ぶのには一人か、二人は必要だ。もし負傷兵の回収に二人必要なら、その時点で戦える兵士の数は残り二人だけになる。


「――ぐわぁ!?」

「げふ――ッ!?」


 ワイヤーの吊るし上げトラップ、崩れかけの石造の柱を利用した倒壊トラップも機能する。

 少しずつ、少しずつ削るように敵の戦力を削いでいく。まるで見せしめだ。“次はお前がこうなるぞ”と、後続の敵に教え込む。


「…………」


 追っ手の勢いが死んだ。

 それも当然だ。先に進めば罠がある。そう確信するだけで追いかける勢いは低下するし、戦意も削がれていく。数センチ先にあるかもしれない罠に怯えて前へ進みにくくなっている。


「落ち着け! 盾だ! 盾持ちを先頭にして進めば敵の罠は――」

「――ぎゃあぁああ!?」


 ……今のは、罠に引っかかった本人ではなく、その後ろ――後続に対して岩石を落とすトラップだ。

 俺は策士って程じゃないが、“されたら嫌だろうなぁ”ってことを思いつく才能はあるらしい。相手の対策への対策もばっちりだ。


「さぁ――――」


 それでも、敵の数は多い。負けじと前線を上げて俺の元にへと迫って来る。いずれ敵は俺の元に到達するだろう。それは何分か、何十分かかるのか。わからない。わからないが、やってやる。やってやるんだ。


「――――いつでも俺を殺しに来い……!」


 こうして、一人ぼっちの戦争は始まった。

 その結果が、どう足掻こうとも自分の死で終わると分かっていたとしても――


 ■

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