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-12km 独白を白息に混ぜて

――少女は今、安らかに眠っている。

 小さく呼吸の音を鳴らしながら、小さく丸まって眠っている。

 謎の求婚とかしてくるから、できるだけ考えないようにしていたけれど、この姿を見ていると純粋に愛おしいな、なんて思える。なんだか全部、許せてしまう。


「…………」


 一度だけ、少女の頭をやさしく撫でた。

 ……あれから俺は、この少女によく使う言葉のイントネーションを教えたのだが、あっという間にほとんど完璧に覚えてしまった。幼いが故にどうしようもない部分もあるが、そこに目を瞑れば百点満点も良いところだ。

 教えている最中、隙あらば俺の名前を嬉しそうに連呼してくれるところなんか、思わず微笑んでしまったよ。


「…………ふぅ」


 彼女に名前を与えた。とても嬉しそうにしていました。

 彼女に言葉を教えた。読み書きは教材が無いので断念しました。

 彼女にスカベンジャーとしての生き方や技術を教えた。どうやら覚える才能と教える才能は別みたいで、俺は彼女に上手く教えられたかはわからないけど、精いっぱい教えました。

 もう、俺が持ちうるモノは無い――いや、違うな。俺が持ちうるモノは全部、ヨゾラに託した。俺は他人にできる限りの恩を売りつけてやりました。


 ……だから師匠。もう、いいですよね。


「――――」


 お勉強で疲れて眠っている彼女を起こさないように、静かに立ち上がる。

 草のベッドから離れて、悟られないよう静かにテントを出て――コツン、と小さく足を物が掠めた。


「……コレの使い方も、一応教えたっけ」


 テントの出入り口に置きっぱなしだった金属製の箱に視線を落とす。

 マツシタに少々無理を言って、ほぼ強奪に近い形で持って来た代物。俺には無用の長物だが、ヨゾラなら使える……だろう。


「…………じゃあな、ヨゾラ」


 小さく、挨拶ではなく決別の為に。


「君に愛されて、俺は本当に果報者だったよ――」


 胸の内に秘めていた、伝えられなかった想いを空気に溶かした。


 ■


――雲一つない夜空の下で、俺は歩いた。歩き続けた。


 セカイは空気に覆われていて、その次はまず有機質から生まれた土に覆われているらしい。そこから掘り進めると岩石となり、卵の殻を剥がすように岩さえを掘り尽くすと、その果てに溶解した大量の岩石の液体――マグマで満たされているという。 

 遠い遠い、はるか昔のお話。セカイは全部溶けた岩で満たされていた……らしい。火山活動とかそういうナントカで、まあセカイには色々あって――溶けた岩は表面の一部分が固形になって、そこに今の地下世界が在る、らしい。


「――――あぁ」


――ふと、空を見上げた。

 地下に本物の空は無いけれど、俺はホンモノの夜空を、確かに見上げたんだ。

 キラキラときらめく鉱石。結晶。ガラス。

 そのどれも火山活動が生み出した産物らしい。誰が望んだわけでもなく、ただ奇跡が産んだ、小さな世界。偶然の産物――ああ、俺はやっぱり偶然に生かされているらしい。


――この先に、自分を生かしてくれる偶然はまだ残っているのか?

――世界を敵に回して、生き残ることはできるのか?

――あの子の希望を、他人に託された希望を、守り続けることは可能か?


 ……そんなこと、馬鹿な俺には分からない。思考を放棄したわけじゃない。ホントの本当に、わからないんだ。

 でも、それでも。

 

――わずかな偶然ぐらいは、少しの希望ぐらいは抱いて良い、と思った。

――生き残るのは難しそうだけど、俺として生き抜くことだけはできる、と思った。

――これからも、誰かの希望を守り続ける存在になりたい、と思った。


「…………ばーか。ホント、ばかだなぁ」


 うん。思った、だけ。思っただけなんだ。

 自分自身がとんでもない大馬鹿者なのだとやっと思い知れた。よくできました。でも、ちょっと時間がかかりすぎです。


 ……この戦いがあまりに無謀なことも、生き残る勝算が欠片も無いことも、その結果で少女の心に傷を付けてしまうことも、本当はもうわかっていました。

 でも、俺にも欲というものはあって、ちょっと他人よりも強欲なだけで。俺が俺であることを、誰かの夢や何かの幻にはしたくなかったんだ。

 それが俺、グレンという名の小さな個の核。他の何たる存在にも譲れないモノだった。それだけのお話。


「――――さて」


 腰に差していたブレードを引き抜いて、強く握りしめる。

 足音は等間隔に。キラリと煌めく空を仰いで、俺は大きく息を吸った。


「――――これで、良いんだ」


 吸い込んだ冷たい空気に、俺の体温をかき混ぜてハァ、と吐き出した。

 ……この戦争で得る対価は、これで良い。

 俺が在った。ただその痕跡だけで良い。誰にも語り継がれなくとも、全てに忘れ去られたって良い。

 多分、この気持ちは未踏の地の開拓者によく似ている。

 最初の一歩を遺したい。後続にその一歩の跡を踏まれ、踏まれ、踏まれ続けて――足跡なんか残らない硬い地面に成り果てようとも、そこに在った一歩は俺のものだったと、永遠に誇りに思う――それに近い。


「……行こう。ここは、汚したくない」


 戦場にするなら、この場所は好ましくない。

 立つ鳥跡をなんとやら。この夜空も、あの少女と同等に守りたいものだ。だから俺の最期の地はここではない。場所は決めてないけど、それだけは間違いない。


「……最期のひと頑張りだ、グレン。最期は笑って終わろうや」


 そう言って自身に活を入れながらバン、と左手で胸を叩く。

 決意は固まった。右手に強く握りしめたブレードの反射面には、スッキリとしたいつもの自分の顔が見えた、ような。


 ■

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