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-17km やさしさの定義

「ハー、ハー、ッ、う、はぁ……」

「てきシュつ、ホチキス、かのうドめもオわった。ほかには、ある?」


 コロン、と二発目の銃弾を摘出し終え、塞ぎ終えた。

 彼女の腕は宣言通り精密で、処置も素早かった。俺がやるよりぜんぜん良い結果だ。後遺症も動きにくい程度の最小限で済むだろう。


「手術はこれで十分だ……ありがとう……はぁ、あとは打撲とか擦り傷の処置だな……その治療キット、こっちによこしてくれ。擦り傷の処置ぐらい自力でできる」

「はい。だぼくのクスリ、もってくル。やくソう、ある」

「助かる。それも持ってきてくれ」

「ウん!」


 尻尾をぶんぶんと嬉しそうに振りながら、少女は棚を開け閉めして薬草とやらを探している。

 ……楽しそうだな、と思えた。なんていうか、誰かの役に立てることそのものを喜びと感じているような、そんな印象を感じる。


「……君は、どうして俺を助けるんだ?」

「……?」

「ああ、いや……興味本位の質問なんだ。片手間で答えるだけで良い。それで、えっと……フツー、厄介ごとって持ち込まれたら嫌だろ? なのに君は、笑顔で応えて、対応して……嫌なこととかって無いのか?」


 だから、それだからこそ、彼女の心が気になった。

 どうして見ず知らずの俺を助けてくれたのか、再び傷だらけで現れた俺を治療してくれたのか。

 これが逆の立場だったら……こんな素直に事は運ばないと思う。厄介ごとを持ち込まれたと思えば俺だったら逃げていると思う。


「…………」


 少女は少しだけうーん、と考えて、


「……こうカい、するのは、いやダから」


 笑みを浮かべて、“その答えで間違いはない”とでも言うように、少女は答えた。


「後悔……?」

「たすケられるナら、たすケる。ヒトもそうだし、ヤセイのけものデもそう」

「…………」

「わたシが、こうカいしたくない。だから、やルの」


 簡潔に、たどたどしい言葉を使って、真っすぐな答えを口にされて、俺は一瞬だけ呼吸を忘れてしまった。


 その瞬間、俺の心には二つの感情があった。

 “そんな甘ったれた考えじゃ死ぬだけだ”と怒りを感じる現実主義な俺。

 “どうか、そのままの綺麗な姿であって欲しい”と願う夢見がちな俺。

 どちらも間違えてはなく、かといって正しくもない。だから言葉が喉に詰まって呼吸が止まってしまった。


「……は、はは。ホント、優しいんだな君は……少し憎くすら感じるのは、俺の卑しさか……?」


 ……なんて、純粋な心。こんな生き物、あんなクソッタレた世界に放してみろ。一日生きていればいい方だ。一瞬で意地汚い人間の食い物にされてしまうだろう。


「ウえで、いったい、ナにされたの?」

「…………」


 純粋だからこその問い。急にこの少女が、無菌室の隔たりの中で生きている存在のような、そんな距離感を感じてしまった。綺麗なものに汚い手で触れてしまった、罪悪感のようなものも。

 彼女の問いに答える言葉は持ち合わせているのに、彼女の純粋さを穢してしまわないかと、途端に不安になってしまう。


「元々仲間だった奴に、裏切られた……いや、違う。違うな。アイツの対応自体は正しいんだ……やり方が心底クソッタレって感じだったし、仲間を殺しやがったし悪いことには変わりないけど……ただ」

「? ただ?」

「……俺が、人を信じすぎたって話だよ。君のように優しい人は存在する。でも、悪い人だって当然存在するんだ……その当たり前を、どういう訳か俺はすっぽかして忘れちまってたのさ」


 あの時、人の優しい心に触れた俺は、きっとパーティーのメンバーも同じように優しく接してくれる――などと、勝手にそんな前提を心に置いてしまっていたのである。

 その結果がこれだ。マヌケにもほどがあるな、いやどうも。


「……ココろ、つらい? ナいて、るの?」

「ああ、つらいよ。俺はバカ丸出しだ。やっぱ俺一人じゃ駄目なんだ。師匠みたいな、冷静に考えれる人が居ないと……でも、あの人は……」


 あの男の言葉を鵜呑みにはしたくないが、師匠は俺に構わず仕事をこなしている。だから俺にはもう、師匠みたいに頼れる人はもう俺には居ない。

 悲しみが瞳の中で飽和する。溢れた悲しみは涙になってポタリ、ポタリと落ちていく。


「……! じゃあ――」


 硬く握りしめていた両腕を、二つの手に救われた。

 少女の透き通った薄肌と、獣の毛で覆われた肉球の付いた手。俺の手を包むようにして、少女は。


「――こんドは、ワたしを、しんじて」


 迷いのない、真っすぐな瞳。その瞳の奥を覗いた。覗いてしまった。

 彼女の言葉に“裏”はなかった。どこを探しても、どんなに覗き込んでも、彼女の言葉に、感情に、裏というものが存在しないと、俺は悟ってしまった。


「……は、ハハ」


 思わず口角が涙を持ち上げた。

 いやぁ、完敗だ。ここまで清々しく負けると、いっそ心地が良い。


「……ああ。君のことは信じるよ。何があっても」

「ほンとに?」

「ああ。本当本当」

「んじゃあ! ゆびキりげんマん!」


 少女は人間の右腕を差し出して、小指を伸ばした。

 ……ああ、こんなに純真で生真面目なのに、根っこはやっぱり子供だ。こんなの、愛おしく思わずにいられるか。


「ああ。嘘ついたら針千本呑ます。指切った! ……これでいいか?」

「! !! はじめて、ゆびキりげんマんできた!」


 少女は初めてできた指切りに、とてもご満悦なご様子だ。


「しかし、どこで指切りなんて風習知ったんだ? まあいい……指切り、か」


 そういえば、俺もやり方は聞いたことあるけど、やったことなかったな――なんて昔の感情に浸ってみたり。

 起源の話とかは知らないけど、約束をする際の儀式? みたいなものらしい。嘘をついたら針を呑まされるだなんて、変な話である。


「はイ、これ。ぬりグすり」

「サンキュ、そのガーゼに塗っておいてくれ。あとで患部に張っとくよ……あっ」


 ぐるる、と俺の腹から空腹の合図が鳴った。安心して気が緩んだ証拠だろうか。

 俺は少し照れながら笑みを浮かべて少女を見る。案の定、少女は笑っていた。


「フフッ。ちりョう、おわっタら、ごはん、しよ!」


 ■

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