-45km 風の魔法使い
こちらの思考を裂くように男性の悲鳴。聞き覚えのある声色。俺達のパーティの一人だ。
当然彼女も聞こえていたらしく、俺よりも早くこちらに顔を合わせていた。
「グレン! 私は武器を回収してくる! 後は頼んだわ!」
「はい! 気を付けて!」
俺は空き缶を捨てて、腰に下げていたブレードに手を伸ばしながら駆け出す。
一方、リスティアは別の方向に向かって瓦礫を跳躍し駆け抜けて行く。そういえば彼女は武器を持っていなかった。大型の武器なのでスカベンジの邪魔にならないよう置いていたのだろう。
ならば俺のやるべき行動は要救助者の援護。そして、この状況に対するトドメの一撃になるであろう彼女の準備が終わるまでの繋ぎ――時間稼ぎだ。
「オイ! 何のゴーレムだ!? 何製だ!?」
大きな建築物の瓦礫の隙間を駆け抜けながら大声で問い尋ねる。
ゴーレムを相手にする場合に必要なのは情報だ。何製のゴーレムかで取るべき行動は大きく変化する。
「クレイゴーレム! 中型の粘土製!」
パーティの女性――名前を思い出せない――が大声で返事をくれた。
俺達は五人パーティで、俺と師匠の他には男性二人に女性が一人。
さっきの悲鳴のような声主は物腰の弱そうな男性で、今答えてくれたのが特徴のない女性。もう一人強気の男が居るのだが、どこにいるのか今は分からない。
そして相手は粘土製か……なら、俺みたいな無判定者でも倒せる部類の筈だ。全身の粘土は硬いが、ブレードで脚部を削るように攻撃すれば行動不能にできるだろう。
(……! 居た! ゴーレム! ……襲われた人は隠れているのか?)
駆け付けた先で、ノシリ、ノシリと地面を踏みしめるように歩くゴーレムの姿を視認する。
幸いにも、襲われていた人がゴーレムに視認されている状況ではないらしい。これなら陽動なんかが容易にできる。
(何か、何かちょうどいい物はあったか……?)
リュックサックを胸の前にズラして、中身を探る。
索敵状態のゴーレムを陽動するには直接物をぶつければ良い。ただし、土とか石製のゴーレムに同じ土や石をぶつけても認識しないらしい。師匠が言うには、崩れた自身の体だと誤認識して見向きもしないとかナントカ。
そのため、他の物をぶつける必要があるのだが――
「ちょうどいい物……あった! コイツを……!」
先ほど拾ったこぶし大の電球を取り出して軽く掌の上で放る。ガラスと金属製ならあのゴーレムも反応するはずだ。良く響くガラスの割れる音も陽動に都合が良い。
タイミングとかそういうものは深く考えず、電球をゴーレムに向けて放り投げた。
パリン、とゴーレムの頭部に該当する部位に命中してガラスが四散する。
「――――」
ボゴゴゴ、と湾曲の摩耗で破片を散らしながらゴーレムが首を曲げる。
完全に俺のことを認識したと判断し、俺はすぐさま背中を向けて駆け出した。背後からはゴーレムの移動音が鳴り響く。
逃げ込んだ先は瓦礫の山。建設物の残骸が現存している場所を駆け抜ける。
一方、ゴーレムは道行く先にある障害物をねじ伏せながら迫って来る。俺は蛇行で相手は直行。このままでは俺とゴーレムの間合いは狭まる一方だろう――
「……ッ!」
駆け抜けた先で、俺は瓦礫の壁に突き当たり、逃げ場を失う。
袋小路に追い詰められた俺にトドメを刺すかの如く、クレイゴーレムは粘土質の腕を大きく振り上げて、俺に向けて振り下ろす――!
「――――!」
コンクリートの壁が粘土の塊による一撃で崩れ去り、砂埃を巻き上げる。
周囲の建築物の残骸が大きな音を轟かせながらドミノ式で崩れていく。
「! グレンさん!?」
「馬鹿、声を出すな! 気づかれる……!」
仲間たちから動揺の声がパラパラと聞こえてくる。
腕を振るったゴーレムは、対象を排除したと判断し、ゆっくりと振り下ろした腕を持ち上げる――が、そこに死体は居ない。
「ッ、回避大成功……!」
俺は胴体に巻き付けたワイヤー――ワイヤーの反対は瓦礫の柱に縛り付けられている――を体から外しながら、ゴーレムの攻撃の回避成功を噛みしめる。
瓦礫の間を縫うように逃げてる間にワイヤーを仕込み、叩き潰される直前に、体に結び付けたワイヤーを使って体を勢いよく引っ張ったのだ。
それで攻撃を回避し、そのままゴーレムの死角に滑り込んで――今がこの状況。大きく有利に働いた状況を招いた。
「――――!」
一拍遅れてそれに気が付いたゴーレムが、再び対象の殲滅に動くが、こちらの方が一手早い。瓦礫の上からゴーレム目掛けて跳躍するように飛び、俺はブレードを構えて振り下ろした。
「うおぉおおお――!」
狙う部位は足。ゴーレムの機動力を担っている重要部位だ。
ブレードで削るようにダメージを与え続ければ、ゴーレムは自力で動けなくなる。鋼鉄製の安価なブレードでも粘土が固まってできた岩なら刃が通るのだが――
「――ぐッ!?」
ブレードからは確かな手ごたえ――それと同時に腹部に奔る打撃。
ゴム毬みたいに地面を二、三回バウンドして着地する。じわり、と口の中に鉄の味が広がる。
……何が起こったのか。答えは簡単で、ゴーレムの反撃を受けて吹っ飛んだ。それだけだ。
こちらの攻撃が通るとはいえ、相手はそれを簡単には許さないのは、過去に何度か体で経験してきたことだ。もっとも、対策を練られるほど俺の頭は良くないのだが。
「ッ、痛ってェなァ……!」
口の中に溜まった液体の混合物をプッ、と吐き捨てながらゴーレムを睨む。
骨に異常は無いし、怪我や出血量も無視していいレベル。手元にあるブレードを杖のように使って立ち上がる。
「――待たせたわね。グレン! ナイス時間稼ぎだったわ!」
立ち上がってゴーレムと対峙しているその時、遠方からそんな声が飛んできた。
希望を感じて振り返ると、そこには両手に武器を携えたリスティアが道の真ん中に堂々と立っていた。
「ッ、師匠!」
「横に逃げて! ソイツ、削り飛ばすわ!」
――それは、まるで絵に描いた魔導士がそのまま飛び出してきたような姿だった。
左手には本のように構えたハードケースの装置。右手には杖のように携えた鉄柱だらけのアンテナ。
触媒が必要な魔石使いや魔脈使いなんかじゃない。あの武装はまごうことなく“魔法使い”――魔法論理を触媒無しで自己完結させた完璧な存在の証明であった。
「70m/s、252km/h、135.8kt、156.1mph、229.6fps……Set!」
リスティアはアンテナを地面に突き刺し、ハードケースの装置のレバーやピン、つまみ調整をいじりながら魔法の威力を定義する呪文を早口で詠唱する。
……彼女は風属性の魔法使い。この地下世界に“おいて最も価値のある属性”とうたわれている力であり、最も強力な属性でもある。
「風よ……荒れろ!」
俺が横に大きく跳んで瓦礫の陰に避難すると同時に、リスティアは地面に突き刺していたアンテナを手に取って魔法の指揮を執った。
途端に爆発するかの如く風が走り抜ける。だが、吹き荒れる風そのものに重量のあるゴーレムを倒す威力は含まれていない。
しかし、風で巻き上げられた瓦礫や破片が剛速球でゴーレムに殺到し、弾丸のように命中する。
「――――!」
吹き飛ばされた物体の一発一発が、ゴーレムの体を削り取る。
大きな胴体が大きく削れていき、脚部の関節部分が抉れ、ゴーレムが片膝をついた瞬間、顔面にあたる部位に大きな瓦礫が命中して叩き砕いた。
魔法を放ってから僅か30秒。いともたやすくゴーレムは活動を停止した。
「……ふぅ」
カチャン、とハードケースの装置を本のように畳み、装置からアンテナに伸びていたケーブルを引き抜くと、リスティアは大きく息をつく。
魔法の反動とか体力の消耗ではなく、ただ“一仕事終わった”というとりとめのない理由の呼吸。
俺達からすれば強大で逃げる選択肢が第一になる程のゴーレムを相手にしても、彼女はその程度で済むのだと行動で証明している。
「す……すっげぇ……」
そんな光景を見て、俺はただ感嘆の声を漏らすばかりであった。
■