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-19km 永い帰路

――歩く。歩く。歩き続ける。

 痛覚がノイズのように脚部や腹部から脊髄にへと走り抜ける。それでも俺は、ただ歩き続ける。


「今は血が止まってるけど……ッ、なんかの拍子にまた出ちまいそうだな……」


 綺麗に空いた銃創の穴には水を吸うと膨らむ……なんだろう、吸水ポリマーとかそんな名前の綿を詰め込んで、血を吸わせて膨らませることで傷口を塞がせている。

 だが、応急処置はどれもこれも一時しのぎにしかならない。とてもじゃないが安心できる様態ではなかった。


「多分、行きで辿った線路と同じ線路だろ……? だったら、あの地底湖に続く横穴がどっかにあるはずなんだよな……どこだったか」


 小さい脳みそなりに頑張って考える。今乗っていた列車は居住区から地下に潜る列車だったから……多分、列車とは反対の居住区方面に進めばいずれ横穴に着く、筈だ。

 もしも見つけられず居住区に着いてしまっても、そこからまたそこから再スタートして地下方面へ歩き出せばいい。しらみつぶしで探すのはスカベンジャーのお得意なことである。


「待ってろよ……今、意地でも戻ってやるからな……約束は絶対に破ったりはしねぇぞ」


 満身創痍のその体で、今にも治療が必要な身体でも、俺は意地だけで立ち上がり決意を固めるのだった。


 ■


――横穴の洞窟を見つけ出すのは、思っていたよりも簡単なことだった。

 本当にあの道に戻れるのかと不安を感じていたが、無事に水晶の洞窟に着いた時はうれしくてたまらなくなった。あてずっぽうが見事正解を叩き出してくれた! やった!


 パリパリ、と結晶を踏みながら足を進める。

――――ピリ、ピリ、と耐え難い、身が裂ける様な痛みが脳髄に駆け抜ける。

 ……そういえばあの子、自分の服をビリビリに破いて靴を作っていたっけな。今度、彼女に似合う靴を作ってみるのも悪くないかもしれない。

――――ビリビリと手先、足先がしびれる。今もしも手足の末端が切り落とされても、俺は指摘されるまで気づくことはないだろう。


「ハァ……ハァ、ッ、邪魔だ……スゥ、ハァ……」


 口を覆っていた防塵布が邪魔になって、大雑把に脱いだ。

 空気の汚染とかは問題ないだろうし、仮に汚染されていたとしても今の俺に必要なのは大量の空気だ。胸いっぱいに吸い込んでは吐き出す。それだけで生命活動は維持される。


「ハァ……ハァ、ッ、ハァ」


 気が付けば、スイ晶の洞クツを通りヌけていた。

 ……イシキがどうも、ダンゼツしているみたいだ。スウビョウマエのデキゴトを、うまくオモイだせない。


「ハァ、ハァ、ッ、グ……ハァ」


 ニンゲンらしいのはコキュウだけだ。さっきからイタみがガンガンしてて、とてもじゃないけど、タえられそうにないです。

 フトモモからも、ハラからもチがにじみデてきてしまった。クソが。ニノウデにもデドコロのわからないシュッケツがあって、テノヒラにまでチがツタってナガれてきてる。


「ッ、ズ――、ハァ……」


 でも、カマわない。シなないなら、ぜんぜんどうでもいい。

 オレはテクビにツタっているチをヒトイキでスいアげて、ノドをウルオした。もうアジもわからない。ノウがイタみにクッしてカンカクをホウキしているんだろうな。

 でも、オレはイきている。イタみがそれをショウメイしている。だからコワくない。

 だから、さあ。あのコのモトへイこう。


「――――――」


 ニンゲンらしいコキュウは、もうヤメにした。

 アけっパナしなクチから、オウカクマクのウンドウだけでコキュウをタモちツヅける。ゼーハーとロコツなコキュウじゃなくて、キンイツカされたキュウキとコキ。オレのニンゲンセイはそこまでテイカしているらしい。イソがないと。


「フゥ――、スゥ――」


 イワミチをクダる。クダりツヅける。

 そろそろミオボえのあるケシキになってきた。シっている。このイワとかジメンのカンジとか、オボえている。ニンゲンのキョジュウクをメザしてシュッパツしたチョクゴにミたコウケイだ。

 なら、もうすぐだ。もうすぐあのコのイる、チテイコにトウチャクできる。


「――――ぁ、アァ」


 ……トウチャク、した。

 ナンドミても、このソラは、キレイだ。ナミダがデそうになる。

 シぬサイゴのケシキがこれならモンクはナいな、だなんてフキンシンなことをオモわずカンガえてしまったり。


「――――ぁ、のコ、だ」


 カワききったノドではうまくコエがデなかった。

 シビれたテでスイトウをクチモトにモってきて、アびるようにミズをセッシュする。これでノドはセイジョウにキノウするだろう。


 でも、こんなニンゲンセイのナいシコウカイロでハナしかけたらコワがらせてしまうかも。それもあまりヨくない。

 だったら、コレをツカおう。オレはチュウシャのハリサキをジブンのフトモモにメガけてタタきコみ、ナカのエキタイをカラダにナガしコんだ。


「ズ、う、うぅ…………」


――イタみが、引いていく。

――脳内の針が、一本一本丁寧に抜き取られていく。もう思考が痛くない。

 痛みが次々に薄れていき、藪の中に隠れていた人間性がやっと表に出てきた。数秒前の人間性の無い自分は一体何者だったのか、考えてしまうと恐ろしくなる。

 指先や足先の痺れも、太ももと腹部の出血の伴う痛みも、普通だ。普通に感じる。痛い、まだちょっと痛いや。


 カラン、と使い捨てた注射針を地面に捨てる。

 声をかけて呼ぼうと思っていたが、どうやら今の物音で気が付いたらしい。少女はピョコン! と獣の耳を縦にして、こちらを勢いよく振り返った。


「……! ッ!」


 全速力で駆け寄る少女。その必死さがなんだか愛おしく見えてしまった――なんて感想は、場違いなほどに呑気すぎるかな。


「ヨかった……! かエってキた……ッ!」

「……ああ、ただいま」


 全速力の勢いを殺すことなく、少女は俺の腰元に抱き着いて来る。

 ドスン、と衝撃が全身の痛みを隆起させるが、今そんなことは無粋だ。彼女の思いをただ受け取ることにしよう。


「君、抱き着いてると俺の血が服に付いちまうぞ」

「よカった……! よガったァ……ッ!」

「……これは、仕方ないか」


 俺の血が付くことなんてお構いなしに抱き着いて、涙を俺の服に染み込ませる少女の姿を見て、俺は強張っていた肩の力を落とす。

 紆余曲折があったけれど、俺は確かに、この場所に、この少女の元に帰る約束を果たすことを守れたのだった。


 ■

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