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-46km ゴミ漁りと師弟関係

 ……ゴミ漁りの基本は場所によって違う。

 例えば山盛りのゴミの中からなら上から少しずつ削るように掘り起こす。

 だが、今回のような室内――戸棚とかなら下から順に、最後に上だ。これが一番効率良く確認できる。


「……お、電球みっけ。フィラメントは……流石に切れてるか」


 戸棚の引き出しからゴロゴロと転がって出て来たこぶし大の電球を拾い上げる。

 そのままでは使えない電球を、俺は背負っていたリュックサックのポーチ部分に入れた。


 次に、その戸棚のすぐ足元で散乱している上着の数々に目を向ける。

 このままでも衣類として使えるが、今回は寒冷区ではないので不要だ。ハンカチ程度の小さな切れ端を回収しつつ、上着のポケット内に何かが入っていないかを確認する。


「……うーん、流石にこの辺の物は漁られ尽くされてるのかなぁ」


 俺達のようなスカベンジを生業にしている人は少なくない。既に踏破済みのこの区域は簡単に見つかる場所に有益な物は落ちていないのだろう。


「コイツにコレを差し込んで……固定すれば、っと」


 せめてもの収穫として、拾った手ごろな布と鉄芯二本を組み合わせて骨折治療セットを作り上げてみたりする。

 ただの布と鉄芯では価値は低いが、こうして有益な道具にしてやれば少しは高く売れるだろう。こうした工夫と小さな積み重ねが明日につながる――というのは、師匠の受け売りだ。


「さぁてと、次の場所に移るかぁ」


 リュックサックを担ぎなおしてから崩れかけた扉を潜って移動する。

 この周辺は仲間たちが物品を漁っているから、探索場所が被らないように奥地に足を踏み入れる必要があるだろう。


「……ゴーレムに合わなきゃいいんだけどなぁ」


 奥深くに単独で乗り込めば乗り込むほど、生物やゴーレムによって命の危険に晒される。だがどれも自己責任で、自分の命を保証してくれる存在は自身の判断力の他にない。

 それが俺達が生業としている、スカベンジという仕事だ。


 ■


――地下世界、アリアドネ・ウェブ。

 数百年前に何か大きな出来事が起こったらしく、地上に住むことができなくなってしまった人々は現在、地下世界に生活の場を移して生活している。


 なんでも、蜘蛛の巣状に展開して張り巡らされたこの地下世界は上層、中層、下層に分けられていて、今居るここは下層の特に下の方だった筈。


 下層に下れば下るほど空気が悪くなっていくこの世界は、上層に住める人と下層にしか住めない人で格差ってものを生まれさせている。

 そんな格差社会の中、俺みたいな無判定者(ノービス)や実績を持たない者は下層でせっせと稼ぎを見つけて生き残ることに忙しいのだ。ああ、なんて苦しいことか――


「ちょっと、グレン! 何をぼーっとしてんの!?」


 うう、勘弁してくれ。俺はバカな方なんだから、考えるのと手を動かすのを同時にこなすのは苦手なんだよ。


 ……? でもなんで考え事なんてしていたんだっけ、俺。

 いや、考えているんじゃなくて、この世の不条理さを感じてこの世界を見つめなおしているんだった。

 つまるところ、ぼーっとしていたのである。


「おーい、体調でも悪いの? ベースキャンプに戻る?」


 後方から声をかけられて振り返ると、見慣れた明るい茶色のロングヘアが視界に入った。

 鋼鉄製のプロテクターを身に着け、ズボンの上に前部分が空いたロングスカートを履いている、この辺りじゃちょっと珍しい恰好。

 魔法使いが魔法を行使しやすくするための特殊加工を施された代物で、これを着ているのはパーティの中で“彼女”しかいない。


「師匠! 問題ないっス。今んところ漁りも内職も好調好調って感じでさァ」

「師匠じゃない、リスティア。いい加減あんたは固有名詞を覚えなさい。んで、私との距離をもう少し詰めなさい。いつまでも師匠呼びはなんか距離を感じるのよ」

「う、うっす。えっと、リ、リスティア……ぱいせん……」

「ぱいせんは……まあ、よし。妥協点にしといてあげる」


 腰に両腕を当てて、フゥ、と仕方なさげに息を吐く女性――リスティアは俺の近くにまで歩いて肩をポン、と軽く叩いてきた。彼女なりのよくあるコミュニケーションだ。


「あーあ、こっちの調子はビミョーかなぁ。危ないけど、今度はもっと深くに潜らないと良いものは見つからなそうね」


 そう言いながら彼女は拾ったらしい保存飲料の缶の口を手でキレイに磨いて、プルタブを勢いよく開けて口を付けた。

 この匂いは缶の中の液体によるものだろうか、甘酸っぱい香りが微かに漂う。


 元々、アリアドネ・ウェブは試験的なゴミの埋め立て施設だった名残で、文明の利器が隠れていることもあれば食料品が眠っていることもある。まあ、ほとんどが腐敗しているのだが……


「師――リスティアぱいせん、それ大丈夫なんですかい? 腐ってないの?」

「大丈夫大丈夫、穴でも開いてない限り缶詰は腐らないから。問題なく美味しいよコレ、“100%グレープフルーツ”って名前らしい」

「……前にも聞いたけど、その腐らないって話、本当かなぁ。実は蓋の中で腐ってないンすか?」

「でも美味しい食料なんて、私たちの身分じゃこういう方法でしか手に入らないでしょ。食事ってのは本来娯楽なのよ」

「それも前に聞きやしたけどさぁ……」


 まあ、俺も美味しいものを求めてキノコとか肉の缶詰とか食べたりしてるけども。

 それでももう少しこう、おなか壊すんじゃないかな……的な警戒心を持つべきなんじゃないだろうか。


「……ぷは。グレン、この仕事は今後も続けて行けそう?」

「はい! そりゃもう、ばっちりです!」

「そっかそっか。なら心配はなさそうだね」

「わっとっと」


 そう言いながら俺に中身がまだ入った缶ジュースを手渡した。

 このゴミを捨てろって意味ではないらしい。つまりこれは――


「ほら、残りはあげるから飲んでみなさい。美味しいわよ」

「え? いいんですか!? いやっほぉい! ぱいせんが毒見済みのご飯おごってくれた~! やっぴ~!」

「……いや、その」


 ゴクゴクと甘酸っぱく、少し苦い液体を飲んでいると彼女が少しだけ頬を赤らめて俺の様子を見ていた。

 その意図が掴めないので、俺はジュースを飲み干しながら首をかしげて“どうしたのか”と尋ねる。


「? なんですかぱいせん」

「いや……間接キス、とか、気にしなさいよ……ちょっとぐらいは」

「??? べつにぱいせんは汚くないですよ?」

「ッ、あんたひたすらに失礼だねぇ!? ……でもま、そんぐらい逞しいなら本当に心配はいらない、かな」


 そう先輩顔をする彼女の表情には、ほんの少しだけ寂しさのような感情が見えた。

 ……数日前からこんな調子だ。でもまあ、それも仕方ない。

 だって彼女は――


「うわああああああ!! ご、ゴーレムだァ!!」

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