-30km 小さな護衛
上へ行く。言葉にすればとても簡単だが、実際やってみると、それはとても体力の要る行動である。
梯子を使って真上へ移動するのも一苦労だが、ここは整備が整っている場所ではない。故に、回り道――洞窟内を歩き回って斜め上へ動き続ける、より重労働をする必要があるのだ。
「はぁ……はぁ……み、水、貰っといて助かった……」
革袋の水袋に口をつけて水分補給を済ませる。
微生物がウヨウヨいるような腹を下す水ではなく、煮沸消毒済みの安心して飲める水だ。何の心配もなくグビグビと――でも、必要以上には飲まず溢さず補給して、水筒のキャップをきつく絞めた。
「ふぅ……なぁ、オイ」
……そこでいい加減、声に出して指摘する。
「お前さん、なんでついてきてるんだよ……一人で行くって言ったの、聞こえてなかったのか? 確かに言ったよなぁ? えぇ!?」
後方からテトテトと足音でも聞こえてきそうな足取りで、警戒心の『け』の字も無さそうな雰囲気でついて来る獣人族の少女に向けて、俺はそう力強く尋ねる。
「はぁ……こコ、きけんイっぱい……ケいご、すル」
「…………そうかい、ああ、そりゃ心強いぜ」
「……ドやっ」
「何そのどや顔。どこ向けてしてんのさ」
……絶妙に会話の歯車が噛み合わない。皮肉ってもんを知らんのかこの子は。
それに、さっきから俺の視界に入って絶妙に集中力を散らしてくれる物が目に映る。それについても指をさして、尋ねることにした。
「それにその……その、何さ。背中に背負ってるゴッツい感じの荷物、なんだよそれ。あそこにあったキャンプ用具を全部まとめて持ってきましたって大きさじゃないか」
少女の背中には、とても大きな――俺の身長より一回り程度小さいぐらいの――荷物が背負われていた。それが何なのか気になるし、それを背負っておいてテトテトなんて足音で済ませているのも気になる。重量バグってるのか?
「じエいようノ、ぶき」
「武器? 丸々それ一つが?」
「うん」
……まあ、そう言うのなら、そうなんだろうな。謎は深まるばかりである。
俺は仕切り直しにため息を一つ吐いてから、獣人族の少女に背を向けながら一言分だけ口を開く。
「……とりあえず、ついて来るなら一応は心配しておく。疲れたり、休憩が必要ならすぐに言えよ。じゃないと置いてっちまうからな」
「! ウん! あリがとウ!」
「…………」
……ああ、本当に調子が狂う。
こっちは軽い意地悪のつもりで告げた忠告だったが、そんな満面の笑みで返されれば、俺はもう何もできない。完敗ってやつである。
負けた奴にアレコレする権利はない。俺は大人しく彼女に警護されるのだった。
■
ザリザリとした感触を足裏で感じる。落下の衝撃でガラスにヒビが入ってしまった電気ランタンを掲げて、洞窟の周囲を見渡す。
「水晶だらけだな……ここは……」
この辺り一帯、小さな結晶が生成されていた。道理で靴裏には常に氷を踏むような感触がある訳だ。
……いや、待て。と言うことは……だ。
「……なあオイ、お前さんの右足、裸足じゃなかったか?」
相変わらずテトテトと――足元の結晶を警戒しながら――歩いている獣人族の少女に向けてそう問いかける。
俺の心配通り、彼女の人間の形をした左足にはブーツが履かれているが、右足の獣の足は何も履いていない。足を持ち上げるたびに肉球――素足が見える。
「やっぱりそうだよな。いや、正確には獣の足って感じだが……とにかく、ここは裸足で歩くのは危険だ。君はもう引き返した方が良い」
「………………タしかに」
少女は右足の下ろしどころに気をつけながら、俺の忠告に耳を傾けている。
……少し驚いた。あの子、意地とかよく分からない考えで俺についてきているものだと思っていたが、自分の身の安全を考える理性がちゃんと備わっているとは……正直、今まで怪しくすら思っていた。
「ちョっと、マって!」
「?」
そう言うと、彼女はスカートの端を左腕の獣の爪で切り裂く。ザクバリバリ、とスカートの丈を犠牲に、包帯のような長方形っぽい布切れが完成する。
そしてそれを、少女は自分の露出していた足にぐるぐる巻きに巻き付ける。確かにあそこまで重ねて巻けば直接刺さるよりかはマシになったとは思うが――
「ッ……っと、こレで、いけル」
待たせた、もう大丈夫。と表情で訴えかけてくれる獣人族の少女に、俺は……俺は、どう反応すりゃ良いんだ?
「……何が君をそこまでさせる? 俺にはわかんないよ」
俺は、何も分からないという意見を取り繕うことなく、そのまま少女にぶちまけた。
ここまで来ると、正直に言って不気味だった。善意でここまで来たと答えようものなら、あの少女は狂っていると認定する。
「わタしには、いぎ、ガある。あナたをぶじに、ユメのもくテきちにまで、オくりトどける」
「は、ハハ……ハ……狂ってる。ここまで全部自分の使命だと? 善意だと? そんなの――」
嘘だ。嘘に決まっている。
ここはくそったれた世界。そんなあからさまな餌に迂闊にも食いつこうものなら、あっという間に骨以外の身包み全部剥がされて土の下でおねんね、ってやつだ。
そんな世界で、彼女は、あまりにも、純真、すぎる――
「――ッ! 伏せろ! 静かにこっちに来い!」
「……! ん!」
誰のものでもない地響き。大きな振動。ゴーレムの予兆を感じ取って、俺は大きな岩の影に少女を誘い込む。
獣人族の少女も得意の耳で感じ取ったのか、状況の把握は早い。素早く俺のそばに身を隠してくれた。
「ツイてないな……こんなところでゴーレムか……!」
腰のブレードを引き抜く。
後退は、考えていない。今は前進しないと、こんな所で足止めを食らっていると、師匠に追いつけなくなる。間に合わなくなる。もう二度と、会えなくなる――
だから戦う。スカベンジで得た知識技能全てを活用して此処を突破する……!
そう誓い、岩陰から敵の姿を覗き見た――瞬間、熱意がフッ、と吹き消されたような感覚を覚えた。
「ォィ…オイオイオイオイオイオイッ…! 嘘だろ! ふざけんな!?」
ガン! とブレードの柄を地面に叩きつけて悔しさを露骨に表す。獣人族の少女が少しびっくりしていたが、構ってられない。
「まさか……結晶製のゴーレム、だって!?」