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-31km 空は荒れ模様

 音を立てず、静かにアルコールと水の混合物を口に含む。

 アルコールが舌を焼く感覚に耐えかねて、呑み込むと今度は喉を焼く感覚がしばらくこびりつく。私は正直、下層部の酒というのは苦手だ。

 酒と名乗っているものの、医療用アルコールを水で割っただけの代物だ。医療用という名目でなければ純粋なアルコールが手に入らない下層部特有の飲み物だろう。


「…………はぁ」


 栄光のある前進を控えている身でありながら、私はこんな安酒に身を任せてカウンター席でうなだれていた。

 無色透明の酒の水面に浮かぶ、自身の情けない顔を見てハハ、と乾いた笑みをこぼす。口はそれらしい形をしているが、目が笑えていない。


「なっさけないなぁ……私」


 酒のアルコールが脳に回って来たのか、不意にそう言葉を漏らす。

 ……無意識の言葉は心の真実――これ、グレンにも言った気がするな――だ。だが、何を情けなく思っているかまでは分からなかった。

 グレンを助けられなかったこと? 諦めてこんな安酒で身を慰めていること? それとも、とっくの昔に心がもう折れてしまっていること……?


「…………」


 はぁ、とため息をこぼす。余計なことまで考えてしまった。

 だから私は正直、下層部の酒というのは苦手だ。こんな自分で自分の首を絞めるようなことばかり脳裏に浮かんでしまうから――


「よ! ねーちゃん、一人かい?」

「女一人で、何寂しそうにカウンター席で飲んでるんだい」


 …………。


「ほら、こんな野郎とだけで飲んでるとイマイチ華がなくてさぁ、よかったらこっちで飲まねぇか?」

「別にいいだろ野郎同士でも。でもまあ、華が欲しいのは俺も。にしても、珍しい服着てんなぁ……もしかして、魔法使いってやつ?」


 ……五月蠅いなぁ。


「ああ大丈夫だって、俺が奢るからさ。楽しくお話ししようや。酒代はそれで良い」


 ……ねえ、だから五月蠅いんだって。


「……オイオイ、無視はちょいと冷たすぎやしねぇかい? ほら、こっち向いてさぁ――」


 ………………はぁ。


「――ッ!? ぐぎゃああああああああああ!?」


 パァン、と乾いた一つの騒音。

 ギョロ、と集まる有象無象の視線。


「え!? お、おい! 何されたんだよオイ――!?」


 突然ブッ倒れた男を介護するように、もう一人の取り巻きの男はオドオドと男の体を支えたり、流れ出る血を抑えようとしていた。


 肩を掴もうとしてきた男の手のひら目掛けて、私は無言で素早く腰に差していたリボルバーを引き抜いて撃ち抜いた。

 対人用の小型弾を使用するタイプが故に、弾は貫通せず男の手のひらの中で花開くように潰れて残留しているだろう。肉に命中すれば店に穴をあけるような損害を与えることは無い。だから迷わず私は引き金を引いた。


「け、拳銃!? お、お前は一体……!?」


 銃の使用――正確には、ガンパウダーの使用は厳禁とされていて、無資格に使えば厳重に罰せられる。逆に資格さえあれば、特定の条件下で使用が許可される。

 1、下層部であれば使用を許可。許可のない殺害でない限り免罪される。

 2、中層、上層は基本使用は厳禁だが、正当防衛の場合は許可。


――などの条件がある。もっとも、下層部で銃を持つだなんて特殊部隊の武装や違法銃を除けば、現状私だけのようなものだが。


「一人で飲んでるのは別に仲間外れになったからじゃない。一人で飲んでるのはそういう気分だからってだけ。次から他の女に声かけるときは気を付けておきなさい」

「イデッ――イデデデデデ!?」

「……これで消毒にはなったでしょ。役所から三件隣に医療施設があるわ。そこで残った弾丸を摘出してもらいなさい」


 リスティアは男の穴空いた手のひらに残っていた安酒を浴びせ、懐から紙幣を取り出して男の目の前に投げ置いた。

 腕のリングによる電子決済が主流の世界だが、一応紙幣でも支払いは可能だ。非常時での金銭のやり取りの為に持ち歩いている人は珍しくない。


「迷惑かけたわね。ごちそうさま、はいこれお愛想」

「は、はい……お釣りは――」

「要らない。迷惑料としてもらっといて」

「は、はぁ……」


 どよめく店内を通り過ぎ、店員と無愛想な会話をして私は店を出た。

 ……私は正直、下層部の酒というのは苦手だ。綺麗に纏っていた自分の外面にヒビが入り、中身の醜い本性の自分が露呈してしまうから――


「おい聞いたか!? 緊急の招集だってよ!」

「役所が血眼になって人掻き集めてるってな。軽く聞いたが事故だとよ」

「……?」


 宛てもなく大通りを歩いていると、不意に耳に入った会話に興味を持った。

 理由はきっとない。人前で発砲した罪悪感とか、酒で正常な情報整理ができていないとか、きっとそんな色々な些細な理由の積み重ねだ。


「事故ォ? なんのだよ」

「最下層の途中で線路がぶっ壊されたらしい。なんでも罪人を運んでる最中だったとかナントカで――」

「――!」


 酔いは、消し飛んだ。

 脊髄反射で役所に向かって走り出す。息切れとか汗とか構わず、全力疾走で駆け抜け――到着した。


「り、リスティアさん……!?」


 扉を力任せに開けた直後、迎えてくるのは四方八方から集まる困惑の視線。その視線の海を構わず私は横断し、カウンターの役員に詰め寄った。


「今、緊急の招集しているんですって?」

「え……あ、は、はい。最下層行きの線路事故です。レジスタンスによる破壊工作によるものと推測されていまして――」

「参加する。私もその招集に参加するわ」

「え、ええっ!?」


 説明をぶった切るように私は身を乗り出して店員に向けて告げた。

 正直、役員からすれば私の行為は意味が分からないだろう。私はもう何も仕事をせずに上層部への迎えを待つだけの身分だ。そんな中、わざわざ意味もなく危険な労働に赴くなど、普通なら考えられない。


「……できない? なら――」

「い、いえ! 大丈夫です! ……特別な待遇はできませんが、よろしいですか?」

「構わないわ」

「わ、わかりました……こちらの無線機を装備して、奥の部屋でお待ちください」


 私はホッと肩を下ろし――腰の拳銃に伸ばそうとしていた腕を下ろし――役員に渡された無線機を胸に取り付けながら指示に従い奥の部屋へと向かった。


(グレン……必ず、見つけ出してみせるから)


――彼女は“盲目”になっていた。

 事故でグレンが死んだ――なんて思考を彼女は一切持っていなかった。ただ、まるで酔ったかのように一つの思考だけを。何が何でも、彼を救出することだけを考えていた――


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