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-34km 小さな命、小さな出会い

「ッ――ハッ!? ッ、ハァ……ハァ……」


――息を、吐く。

 それを認識する。

 認識している自分が存在していることに、気が付く。


「……ッ、ぅ……」


 大の字に仰向けになっている……らしい。ぐるり、と体を捻ってうつぶせになる。

 その行為に何の意味があるのかは、俺自身も分からなかったが、体が自由に動くという情報は有難い。

 パラパラ、と細かな砂が頭に降って来る。うつぶせになった恩恵だ。顔に砂がかからずに済んだ。


「…………俺、は……なんで」


 なんでここに転がっているのか。なんで生きているのか。何一つ情報が無い。何か、ナニカあったような気がしたけれど、ぼんやりする頭では何も思いだせない。

 ケホ、っと咳で砂埃を巻き上げながら、もう一度仰向けになった。


「…………なんだァ、こりゃ」


 鉄骨に引っかかってぶら下がった列車だった残骸たち。人間の過去形が複数。頭上にはいかにも“貫いて落ちてきました”って感じに穴が開いたり歪んでいるフェンスの数々。

 情報量が多いが、一先ずここは不安定で危ないと本能で理解した。いつあのぶら下がった列車の残骸が落ちてきても不思議ではない。


「ッ、立て……るな。骨も傷まない……あれ、手錠、無くなってる……? なんで無事に済んだんだ……?」


 上を見上げるが、果ての無い暗闇。あの高みから落っこちたんだ。生きておいて言える台詞じゃないが、生き残れる訳がない。

 途中にある鉄のフェンスがクッションになった? いや、だがそもそも俺は貨物列車の中に居たんだ。どうして貨物庫の外に出ている?


「……まぁ、いっかァ! ッ、けほっ! 状況は良くねぇな……移動、しなきゃ……」


 即決で貨物庫に放り込まれたもんだから、装備品を一つも取り上げられなかったのは大きい。腰に差していたブレードも健在だ。粉塵防止のマスクもある。

 少なくとも、サバイバルを始めることはできなくもない、って状況だ。


「……生きたところで、俺を生かしてくれる場所なんてねーけどな」


 死刑執行が決まった身分だ。仮に救助が来たところでもう一度列車に乗せられて死刑にされるだけだ。

 だからとにかく、今は生きなければ。世界の“法”はもう俺を守ってくれない。ならば、逆に俺が法を無視してしまえばいい。どんな下劣な手段を取ってでも、生存を優先させるのだ――が、


「……ハァ、ッ、ハァ……ァ」


 ……息が、熱い。

 まるで熱病にでも罹ってしまったみたいな体温の上昇。今、肌にナイフでも通そうものなら、中から高熱の水蒸気が噴き出すんじゃないかと錯覚するほどの熱。


(なんだ……急に……いや、今更気が付いた、のか……?)


 覚醒直後は身体の感覚が希薄だったから気が付かなかっただけで、この熱はずっと俺の体内に居座っている――気がする。

 ふらり、と岩肌に寄りかかって体を預ける。冷たい。心地いい。だが、すぐに体温が伝播して熱くなってしまった。


(耳鳴りが……する……意識も、霞む……)


 湯気でゴーグルが曇るみたいに、意識が少しずつ白くなっていく。

 この辺りの菌類が猛毒を持っていたのか、放射性物質が転がっていた場所だったのか。原因は分からない。ただ、俺の体はもう限界が近いという事は確かに分かった。


「…………ダッセェなぁ……結局、野垂れ死にかよ……」


 悔しさを噛みしめるように、俺は最期の言葉のつもりで熱を含んだ言葉を吐いて、意識を手放した――


 ■


――ずぅん、ずぅん。

 腹への圧迫感と全身の浮遊感。それが交互にくる。


「…………?」


 意識を取り戻した。だが、取り戻しただけだ。

 今自分の置かれている状況が分からないし、なにより体が動かせない。酷い疲労感? に似た感覚だ。


 俺は……俺は今、何に何をされているんだ?

 視界は霞んでて良く見えないが……地面? が近づいたり遠のいたりを繰り返している。耳に届く音は……足音?


(誰かに……運ばれているのか、俺は……?)


 救助にきた運営の関係者、だろうか。

 だったらこれは救助じゃない。良くて回収ってところ。回収して、もう一度最下層の処刑場に送り届けられてしまう。

 だから、隙を伺って脱出しなければ。四肢がマトモに動くという自信は無いが、抵抗しなくては流れ作業のように死ぬだけだ。


「――――」


 腰のブレードは、健在だ。ここまで来ると連中(運営)は無警戒すぎるんじゃないかとすら思える。

 とりあえず俺のやることは、隙を伺って鞘に収めたままブレードを使い、棒術の要領で相手を制圧する。対人の自己防衛も揉め事の絶えないスカベンジャーの必須科目だ。


(俺のできる棒術はタイマンが前提だ……他の仲間に合流されると、マズイ)


 今のうち、気を失ったふりをしたまま襲ってしまおうか。ブレードに手が届くなら、いつでもできる。

 視界は相変わらず不良だが、俺はブレードの鞘に手を伸ばし――


「……うン、しョっ……と」

(……? 女? それに、子供……?)


 伸ばした手が困惑でピタリと止まる。俺を背負いなおす動作で漏れ出て聞こえた声が、あまりにも幼くて、自分の中の前提条件が崩れた。


(この人――いや、この子、運営関係の人間じゃない……?)


 もふり、と後ろ髪と思わしき毛に顔面を覆われながら思考を回す。いくら運営が人手不足とはいえ、子供を回収作業に派遣するほど狂ってはいない筈だ。

 ならば誰だ? まさか、レジスタンスの連中か? それなら――いや、待て、今の俺は法から外れたはみ出し者だ。立場的にはレジスタンスに近いものである。敵の敵は味方とも師匠は言っていた。なら、この子は一応味方……?


「よっコい……ショ!」

(ッ……)


 そうこう迷っているうちに、子供は背負っていた俺を地面に降ろしてしまった。

 ガサガサ! と背中から藁のような音と、草のような香りを感じる。これは……何かの寝床のような感じ、か……?


「ミず……みず、は……あッタ。うツわは……エっと……」


 ぼそぼそと独り言が聞こえる。こちらに背を向けて何かの作業をしているらしい。

 その隙に、俺のことを背負い連れて来た人間の姿を、ようやく視た。


(――しっ、ぽ?)


 ふわりと揺れる灰色の毛の塊。俺を背負っていた人が小さな少女、だなんて情報が吹っ飛ぶインパクト。彼女の腰から生えているように見えるそれは、表現するならまさに尻尾そのものだ。


 少女は貧相なツギハギの布の衣服に身を包んでいるものの、露出している左腕と右足はまさに獣のそれだ。大きく、毛深く、爪が生え揃っている。

 それに、頭の上にピンと生えているものは、きっと獣の耳だ。こいつは間違いない、どっかの与太話で聞いたことがある。


「……獣人、族?」

「……? !」


 俺が呟くようにその名を口にすると、ピン! と耳を立てて反応される。

 どこか嬉しそう――何故? ――な表情を浮かべながら、獣人族の少女は俺の元へ駆け寄り――


「――――アっ」


 両手に持っていた器を、ものの見事ひっくり返して俺の脳天に、その緑色の液体をぶちまけてみせてくれた。

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