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-36km “火”属性

「運営、第一位……!?」


 身構えてはいたものの、予想以上の大物だと理解し、彼女の思考は一瞬固まった。

 世界運営に大きく関与する中層部以上の人間には順位というランクが割り振られている……と、リスティアは耳に挟んだことがあった。

 何故その第一位が、地下世界を運営するトップが、この下層部に直接通話を繋いでいるのか。

 分からない。彼女は何も分からない。故に恐怖すら感じていた。


『要件は大体把握している。そう身構えないで、楽にすると良い。その部屋には……そうか、椅子は無かったか。気が利かなくてすまないね』

「いえ……大丈夫、です。急かすようで申し訳ありませんが、本題に移っていただけますか」


 リスティアは直感的な思考をするタイプではないが、今回に関して彼女は“あまり猶予はない”と感じ取っていた。

 早くしなければ、グレンの身に取り返しのつかない事態が迫ってしまう――そんな予感がして、失礼承知でそう頼み込んだ。


『そうだな、すまないがこちらも予定があるので、ある程度手短に話させていただくよ』

「……はい、お願いします」

『情報の齟齬を防ぐために順に話していこう。まず君は魔法属性が何種類あるか知っているかい?』

「……? 風属性、土属性、水属性、雷属性。あとは希少属性と呼ばれるのが数件……でしょうか」

『すばらしい。だが、実はもう一つある。君は知っているかい?』

「…………?」


 もう一つ。毒属性か氷属性のことだろうか? いや、アレは希少属性に分類されたはずだ――そうリスティアは頭の中の知識を掘り起こす。

 しかし、答えは出ない。もう一つの属性など、彼女は聞いたことが無い――


『この世にあるもう一つの属性――火属性。それが答えだ』

「ひ、属性……?」


 リスティアは困惑した。“ひ”が何を指しているのか、どういったものなのか。全くイメージが組み立てられない。


『君がまだ知らないのは当然だ。今まで存在を抹消され続けている属性。そして、君の連れというグレン君の測定結果の属性でもある』

「今、彼は!?」

『……処刑場送りだ。彼も他の火属性と同じく、まもなく存在を抹消されるだろう』

「ッ……!」


 キレた。抑えていた彼女の怒りの感情が、プツリと音を立てて決壊した。

 感情をぶつける相手を一瞥し――角でたたずんでいる初老の男の胸倉をリスティアは両手で握りしめた。


「どういう、こと……コレが貴方たちの仕事って訳……!?」

「……はい。火属性の人間(イレギュラー)を穏便に排除する。それが魔力鑑定所のもう一つの仕事です」

「ッ……! ッ!」


 初老の男は胸倉を掴まれながらも冷静に答える。

 リスティアは、ワナワナと震えながら、ゆっくりと腕を下ろした。初老の男から視線を外したものの、視線は定まっておらず、怒りを抑えるのに必死な形相。

 彼女は宛先の無い感情をどうすればいいのかわからず、激昂した自身に恥を感じてうつむいていた。


『――君は、“腸チフスのメアリー”をどう思う』

「……は?」


 突然、画面越しにベリアルからかけられた声にリスティアは呆気を取られたような声を漏らす。


『そもそも聞いたことはなかったかい?』

「……臨床医学の歴史で、一応は。チフス菌の健康保菌者だった程度の知識ですが……」

『なるほど、十分な知識だ。勤勉なのだな、君は』


 突拍子の無い問いかけだったが、おかげで彼女の頭は冷えた。

 健康保菌者――菌を保有しながらも自身は抗体や免疫を獲得しているため、本人には病気の症状が現れないが、感染源として周囲に菌をばらまくことになる――そういう特殊な感染例が過去にあったのだと、リスティアは過去に読んだ書物の情報を思い出す。


『確か1900年代だったかな。彼女は料理の才能もあり、人柄も良く善良で優れた家事使用人だったそうだ。富豪層の住み込み料理人でもあったとか』

「…………」

『当時は健康保菌者、だなんて概念は存在しなかった。当時の公衆衛生や彼女自身の人権などの複雑な背景もある。だが、結果として彼女は自覚なく、病原菌をばらまき続けた。結果として47人の感染者と、3人の死者を出した……その彼女を、病気を振りまいた悪人と見るか、奇妙な症例に人生を振り回された被害者だと見るか――君はどう思う?』


 ……沈黙。

 正直、何を関係ない語りを始めているのか、と彼女は叫びたかった。しかし、この相手が――世界運営の第一位であるほどの者が与太話を呑気に始めるだろうか? とリスティアは推測し、唇を噛んで堪えた。


『私の意見を言おう。彼女は“悪”であると、私は断言する。世紀の大悪人、とまで言うつもりは無いが、自分が悪人という自覚を持たないタチの悪い悪人だと、私は結論付ける』

「……その話が、今何と関係が?」

『グレン君、だったか。彼はまさにそれなのだよ。自身が悪だという自覚を持たない、この世界の秩序を乱す悪人である、まさに“腸チフスのメアリー”であると、私は言いたいのだ……彼の火属性はこの地下世界の貴重な空気を消費する。空気汚染を急激に加速させる。故に危険因子なのだ』

「……魔力の属性は病原菌とはわけが違います。コントロールできる代物です」

『だが人間はコントロールできない。だから断つ。それが私の出した結論であり、この世界の延命方法だ』

「ッ、結論を急ぎすぎていると、私には思えます」


 彼女と相手との会話は平行線だ。お互いに退くことは考えていない。

 そして、リスティアはもう相手が格上の存在などという考えや恐れは捨てている。今はただ、グレンを取り戻すことだけを考えて彼女は意見を唱えている。


「それに、あなたの結論は結果論です。“腸チフスのメアリー”が悪人かどうかなんて、当事では何が正しいのかすら分からなかったはずです。今が未来だから、情報が出揃っているから彼女の善悪がわかる。それを、現在の事情と同じ扱いにするのは――過去の出来事を評価するのと、現在の出来事を評価することを同一視することには、同意しかねます」

『……なるほど、確かにその通りだな。やはり第三者の指摘は有難い。客観的に自分の誤りが良くわかる』


 ベリアルは素直に答える。彼女の意見を受け流しているのではなく、発言通り自分の誤りを認識して自身の改善に努めている――素直すぎる反応を見て、リスティアはそう悟った。


『君の言う通りだ。未来から見れば私の意見など、くだらない阿呆の考えかもしれない。杞憂で人の命を奪った独裁者になるのかもしれない』

「…………」

『だが、そんなこと覚悟はしている。私は、私のやり方を信じ、未来へ繋いでみせる。故に、彼を殺す。私は、私を“無価値”だと卑下する子孫たちの未来のために、この決断を続けてみせる』


 素直さの次に見せたベリアルの芯の通った情熱を受けて、リスティアは悟る。悟ってしまう。

 ここでの討論で、グレンの運命を変えることは不可能だ、と。


『……すまない、時間だ。最後に何か私に言い伝えたいことはあるかい』


 話し合いはここまで。彼女が得られたものは、どうしようもないという絶望感。


「……彼に墓を。弔うための墓を、お願いします」

『……ああ、承ったよ』


 ピピ、と音を立てて白く塗りつぶされ、次いで電源が落ちるモニター。それとほぼ同時にリスティアの体は床に崩れ落ちた。


「…………ごめんなさい、グレン……ッ!」


 彼をこの場で救えなかったことか、それとも、そもそも魔力測定の場に連れてしまったことに対してか。

 ぐちゃぐちゃに絡まった後悔の感情に押しつぶされた彼女には、自分が何に後悔しているのかが、もう分からなくなっていた。


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