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-37km 分岐する二人

――ガタン、ゴトン。


 俺を運送するためだけの特別列車は軽快に走っている。その走る目的が、何も知らない青年一人を殺すためなど知らず、ただ列車は列車としての責務を果たしている。


「…………」


 (モニター)はもう、見えない。ここから先は永遠に冷たく寂れた洞窟だ。

 等間隔に並んだナトリウムランプの橙色が、俺を死に連れて行っていることを示している。


「……ぁぁ」


 さっき目に焼き付けた、あの空々を想う。

 もしも願いが叶うなら、もう一度。もう一度だけでいい。あの綺麗な空を見上げていたい――


「ッ、!? うおっ!?」


 ノイズのように響き渡る爆発音。それに伴う衝撃。

 体が数センチ浮き上がる衝撃で転倒するが、すぐに立ち上がって窓に張り付く。今のは、ただ事じゃない。看守達もなにか動きを見せるはずだ、と窓外を観察する。


「敵襲! レジスタンスの野郎どもだ!」

「機関砲、五時の方向! 撃て!」


 ギャリギャリギャリ、と俺の居る列車のすぐ後ろ――連結されていたはずの列車が轟音を立てながら置いてけぼりにされている。

 今の爆発は、何だ。何が起こった? それにレジスタンスだって?


「連中の狙いは積んでるエアボンベだ! どうする!?」

「どうするも何もない! 代わりに鉛弾をくれてやれ!」


 リップロールのように響く銃声。ここからじゃ見えないが、列車前方のガトリング砲が暴れているらしい。

 俺は……俺は何もできない。腕は拘束されているし、檻のような貨物庫に閉じ込められているままだ。事の成り行きを見届けるしか、俺にできることは無いだろう――と、そう悟った瞬間またしても爆発音を聞いた。


「ッ、なんだ……今の嫌な感じの爆発音……」


 さっきよりもうんと遠くから聞こえた爆発音。足元からビリビリ響く振動。

 何か、何か嫌な直感を覚える。身の危険を感じた時の、嫌な感覚だ。


「ッ! やられた! やられた! 前方の線路が爆破された!」


 まさに嫌な予感通りというべきか。

 聞こえて来た看守達の声は俺にとってひどく絶望的な内容だった。


「駄目だ! 減速間に合いません!」

「うわああああああああああ!?」


 窓の外、下方を見る。

 ……空間だ。線路の下に地面は無く、真っ暗闇が満ちていた。

 つまり、このままこの列車が脱輪してしまえば、このまま奈落の底に真っ逆さまという訳だ。


「ッ、あ――――」


 ガゴン、と列車にあってはならない強烈な衝撃と浮遊感。

 覆水が盆に返らないように、致命的なものがもう取り返しのつかないことになった確信。

 これから待ち受けている死刑なんかよりも早く、俺の命はここで潰えるのだと、真っ白になった脳みそで悟った――


 ■


――同刻、別所にて。


「ッ! 話になりません! 早くここの施設長を呼んでください!」


 ダン! と真っ白なテーブルを砕く勢いで拳が叩きつけられる。

 拳を強く握りしめてリスティアは力いっぱいに抗議の声を上げていた。


「で、ですから施設長は現在席を空けていて――」

「その言葉、四回も言えば私が納得するとでも思った!? そっちの対応マニュアルとかは知らないけど、そっちが平行線の会話を続けるなら、私にもやり方ってもんがあるわよ!」


 リスティアは混乱し、そして酷く激昂していた。

 待機室に行ったっきり、グレンの姿が無いこと。そして魔力測定の受付時間が終わった現在でも戻って来る様子が無いことを、リスティアはスタッフに問い詰めていたが、何を聞こうともなぁなぁとした態度で受け流され続けて、今に至るのである。


「――失礼、何かありましたか?」

「! 施設長!」

「ッ! 貴方が、ここの責任者、でいいのね」


 リスティアはヒートアップしていた感情を段階をつけて冷静にして尋ねる。

 一方、彼女の背後から現れた初老の男は、下層部では見慣れないスーツ姿をしていて、リスティアのことを穏やかな目で見ていた。


「おや、リスティア様ですか。何か魔力測定に不備でもございましたか?」

「ええ。私の連れが測定に行ったっきり帰ってこないの。これ、どういう訳?」

「――――」


 穏やかな目は、鋭く細められた。

 初老の男はふぅ、と一呼吸をしてリスティアに一歩近づいた。


「……確かに、貴女には知る権利と義務がある。ついてきてください。全て、あのお方から話していただきましょう」

「……あのお方?」


 初老の男はリスティアの問いに答えない。

 背を向けて、いつも通りの穏やかな足取りで施設を後にする。


「し、施設長……?」

「なるほどね……ついて来い、って訳ね」

「え、ええっと……?」

「騒いで悪かったわね。私も冷静じゃなかった。あの男、まだ腹の底に何か抱えてるみたいだけど、今は彼の冷静さを見習うことにする」


 リスティアはスタッフの女にそう謝罪の言葉を口にすると、それ以上は何も口にせず、無言で男の後を追いかけ始めた。

 距離は一定。歩く速度も同じ。ただ無言で施設の外を二人は歩く。歩き続ける。


「ごほっ、ごほっ……ん、ヴゥン!」


 初老の男は小さく咳をしたのちに、大きく咳払いをする。

 きっと彼は中層部住まいの男だ。だから下層部の空気に慣れていないのだろう、とリスティアは冷静に観察し、男について無言で探りを入れる。


「ふぅ……ここは空気が悪い。職場だからここに来るのは仕方ないですが、正直言ってあまり長居はしたくない」

「それ、下層住みの私の前で言うセリフ?」

「気を悪くしたのなら失礼しました。ただ、私の意見で言うなら、この下層部はとてもじゃないが、人が人として文化的に生きるのにはあまりに向いていない」

「…………」


 会話はリスティアの無言によって途絶えた。

 別に彼女は男の発言に気を悪くしたわけではない。それを否定する言葉を見つけ出せなかったからだ。

 男の言う通り、この世界はあまりに厳しすぎるとは、彼女も思っていたことだ。


「……着きました。ここの最奥の部屋でお待ちください。取り急ぎあのお方と連絡を取っていただくよう要請しますので」

「……わかりました」


 案内されたのは、何の変哲もない金属製のあばら家。隙間風の入るボロの建物。

 しかし、それは“偽装”なのだとリスティアは静かに見抜いた。

 なぜなら、配線が生きている。屋内に入り込む電気コードは全て丁重に整備された黒ゴム製。そのどれもが、断絶したり内線を露出したりしていない――つまり、見た目に反して整備のされ具合に関しては、あの魔力を測定する施設と同等だろうと彼女は分析する。


「…………」


 カツン、カツンとリスティアは静かな廊下の中で歩みを進める。

 彼女は、これが罠や敵意のある行動ではないと確信を持って行動している。なぜなら彼女はもう間もなく上層部に移り住む、いわば“人類種のエリート”であるからだ。

 下手に扱おうなら、ましてや彼女を殺害でもしようものならあっという間に世界運営が動いてくる。故に自身をぞんざいに扱わないだろうと、彼女は注意を払うことは止めて別のことに脳を使う。


 ここが何のために偽装された建物なのか。それについてはまるで推測が付かない。だが、答えは最奥にあると説明を受けた。だから彼女は、姿をくらました青年を探すために進み続ける。

 そうして歩き続けた果てに、一枚の戸に突き当たった。

――コンコンコン。

 ドアを三度叩き、返事を待つ。


「……失礼します」


 返事はない。なのでリスティアはドアノブに手を伸ばし、遠慮なく戸を開いた。

 軋む音一つ立てずに開く戸。

 リスティアは、やはりここは運営に関連する整備の整った施設なのだと確信する。


「モニター……? 電気の配線はコレのために……?」


 外で見た配線の本数のほとんどがこの部屋にある。偽装の理由は全て、このモニターにあるのか――そうリスティアは推測する。

 しかし、逆にわからない。モニター一枚のためだけに、あんな偽装をする理由が彼女にはわからない。別に電子モニターは希少品という訳でもないのだから。


「お待たせしました、リスティア様。ただいまビデオ通話が始まりますので、お待ちください」

「……ビデオ、通話? 誰と?」


 初老の男は答えず、頭を下げて部屋の角に控える。

 彼女への返答はなく、その代わり応えるようにモニターが点灯し、アリアドネ・ウェブのマークが映し出された。


「……まさか、運営者?」


 彼女には覚えがある。大体この手のマークを表記してくる手合いは、世界運営の関係者だと。

 故に身構える。これから一体どんな話をされるのか。慎重に立ち回ることを心掛けて、その上でリスティアは情報を抜き取ることに専念する。


『――お初にお目にかかる。君のことは最近よく聞いているよ、リスティア君。アリアドネ・ウェブ運営第一位、ベリアルだ』

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