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-38km 赤い火種

「――――赤、色……?」


 二階の人々がざわついている中で、俺はラミネートされた紙へ再び視線を落とす。

 赤、赤、赤……赤。

 上から指でなぞりながら一覧を流し見て――最後の項目で、指を止めた。


「――“鑑識エラー”……? 赤は、鑑定失敗。要再検査……?」


 簡素に書かれた内容を拍子抜けと感じて、俺はラミネートされた紙をテーブルの上に投げ置き、目の前のスタッフに視線を移す。


「何か知らないけど、駄目だったんですよね? その、こうなったら俺はどうすればいいんですか?」

「ああっと……ごめんなさい! 測定器の不具合だと思いますので、グレン様に問題がある訳じゃないと思います」


 ……なる、ほど。

 自分に非がある訳じゃないなら、まあ一安心か。ザワザワとした二階からの喧騒が少々不快だが、致し方ない。


「装置を再調整しますので、しばらくお待ちください。あちらの部屋が待機室です」

「……わかりました。あの部屋で待てばいいんですね?」

「はい。お手数かけてすみません」


 いいんです、気にしないでください。

 そう言い残しながら席を立って案内された部屋を目指す。二階からは奇怪なものを見るような、困惑の喧騒。


「グレン……? 何があったの?」


 その耳障りの悪い喧騒の中で、一つ綺麗な声が耳に届いた。

 彼女は珍しく、心配そうな表情を浮かべて俺にそう尋ねた。いや、ホントに珍しいな。普段は万能感のある自信家っぽい気質で立ち振る舞っている彼女にしてはとても珍しい。


「機械が不調らしい。再調整するまであの部屋で待ってろってさ」

「大丈夫? 何か体調が悪いとか?」

「んや、悪いのはアイツ(測定器)だけさ。じゃあ仕切り直して来るよ」

「……わかった。移転の日までフリーだから、いつまでも待ってる」

「調整に丸々一日使うとでも? きっとすぐだよ」


 軽口を交えながら軽く手首をブラブラと振って“また後で”と伝える。

 ……せっかく彼女の前で晴れ姿を見せるつもりが、少し泥をつけられた気分だが、まあいい。さっきのは心構えが不十分だったし、もっと覚悟完了して挑めるのは良いかもしれない。でもまた採血するのやだなぁ。


 呑気に思考をぐるぐる回しながら、俺は指定された待機室の戸を開いて入った――


「――――え?」


 思わず出た間の抜けた声が反響する。視界が暗転したのかと錯覚した。

 白い大理石から一転して、剥き出しのコンクリートと打ち付けられた木材の室内。まるで物置の中に放り込まれたような感覚。


――カチャン。


 背後で一人でに戸が閉まる。触れてもいないのに、今すぐにでも引き返して戸を開けようと思ったのに。

 まるで罠にでもかかったみたいだな。なんて未だ呑気な思考は的確な感想を述べている。


「さて、と」

「は――――ぐ!? うっ!?」


 突如、首が強く引き締められる。体が僅かに後退し、吊り上げられる。

 まるで、背後から大男に首を吊るし上げられてるかのように、首に巻きついた何かは容赦なく引き締めて来る。さっきの採血のゴムチューブとは比較にならない、万力のような絞め方。


「ッ、ッ――――、ッ……!」


 抵抗する。

――空振る。

 抵抗する。足掻く。

――空振る。無駄に終わる。


 意識が徐々に薄まる。点に収束するように細くなる。

 せめてもの抵抗で、組み付いた腕と思われる物体に爪を立てて、精いっぱい抉るように、抵抗して、抵抗して――


「――火は、小さなうちに消すに限る」


 意識が断絶する直前、そんな言葉が聞こえた、のかもしれない――


 ■


「――――」


 頭痛。頭の中で何かがぐるぐる回っている。

 平衡感覚がイカれている。自分が倒れているのか、座っているのかも分からない。


「ハ、ァ――ア、ぁあ……ッ」


 思考がぐるぐる空回りして、しばらくしてようやく自身の命が残存していることを理解する。

 膝を折りたたんで、正座の姿勢になっていることを把握する。

 背中の後ろで、俺の腕が縛られていることを痛みで自覚した。


「目覚めたか。運営者様がお待ちだ」

「ァ、え…………え……?」


 真っ暗な部屋の中。何処からともなく突然そんな声を投げかけられて困惑する。

 俺の困惑など構わず、目の前でモニターが点灯した。


『――お初にお目にかかる。きっと声を聞くのもこれが初めてだろう』


 重く、でも好意的な印象の声がモニターのスピーカーから聞こえて来る。

 未だにモニターに動きは無く。ここ、アリアドネ・ウェブを示すマークが映し出されているだけだった。


『アリアドネ・ウェブ運営第一位、ベリアルだ』

「……ベリ、アル……?」


 ……聞いたこともない。運営に一位とか順位があることすらも今初めて知った。

 ぽかんとよだれを垂らしながら口を開けてる俺に構わず、モニター越しにその人物は続ける。


『まず、唐突なこの対応を詫びさせてもらう。だが理解してほしい。この世界を、秩序を守るために必要なことだったんだ』

「世界の……秩序……? 俺を、この、縛り上げることが、必要なこと……?」

『そうだ。君はこれから削除される。予定では下層部の最下層処刑所、コキュートスで君の処刑を行う予定だ』

「………………!?」


 てっきりビデオの再生だと思っていたので、会話が成り立ったことへの驚きと、相手から直々に告げられた宣告に俺はひどく驚いた。

 思わず身をよじる。ガチャガチャ。拘束は腕だけじゃなくて腰のベルトとか至る所に金属チェーンでされていることを今更理解する。


『このまま君は最下層直行の列車で運送し、処刑を行う……何も知らされずに殺されるのはあんまりだからな。こうして君の命を奪うことを事前に説明させてもらった。このような独りよがりな騎士道精神で申し訳ない』

「待て……待って、くれ! なんで、なんで俺は殺されるんだ!? 俺は悪いことはしていない! 戸籍も世界運営に正式登録だってされている! 犯罪経歴は(ナシ)だ! なのに! なのにどうして!?」


 ガチャガチャ、と金属チェーンに締め上げられながらも抗議を唱える。

 意味が、意味が分からない。何故俺はこんなところに居る? なぜこの世界の一位と名乗る男と会話している? そして、なんで、俺は殺される……?


『…………君は“火種”だ。この世界を焼く、秩序を燃やすかもしれない小さな一つの火種。もしそれが大きくなり、全てを焼き払われた後には何も残らない……だから、火が小さいうちにこの世から消すようにして私たちは世界を運営し、秩序を守っている』

「…………火種?」

『そうだ。正直に打ち明けよう。恐れているのだよ、私は、君のような存在を』


 そう言いながらも恐れている気配は、まるでない。

 ……当然か。頑丈な鋼鉄の檻に閉じ込められた猛獣を恐れる子供がいるかってモンだ。俺は今完全に管理されている。そんな存在をこの相手は恐れる必要が無い。


『だから私は火種を消す。私には世界を守る義務がある。一方、君も恨み、憎しみをいくら私にぶつけてくれても構わない。君にはその権利がある』

「………………」

『何か、無いのかい?』


 冷徹なくせに、男はやさしく語りかけて来る。いや、感じられるこのやさしさは“錯覚”だ。そんな有情がある訳が無い。俺にはわかる。わかってきた。こいつは、俺のような人間をきっと、何度も、何度も処刑してきたのだ。

 この会話もそうだ。ただの流れ作業。業務のルーティーン。人の心の所在など、どこにもない――


「どうだっていい……意味なんて、無いでしょう」

『……初めて聞いたな、その言葉は』

「だってそうでしょう。俺が今ここで遺言を言ってもきっとどこにも残らない。貴方の頭の中に少しだけ残って、いずれ消える。なら、どうでもいい」


 ため息のように言葉を吐き出す。生きる渇望を失ったわけではない。

 ただ、コイツの傲慢さに期待も希望も俺は持てなかった。だからもう、この会話はどうでもいい。


『……処刑の時間だ。どうか、悔い無き最期を』


 ガチャリ、と横から光が差し込む。

 二人の兵士が迫って来る。俺を縛るチェーンだけ開錠して、俺を無理やり立ち上げて、連行する。


 ……何もわからない。ただ、俺はこれから死刑にされること。そして、この場はヤツの傲慢な独りよがりで終わったことだけは嫌というほど理解できた。


 ■

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