冒険するにはまだ早い
(恋愛も冒険に行くのも私にもまだ早い気がするなあ……)
「ココちゃーん。準備できたー?お母さん出かけるわよー」
「今行くー」
朝の早い時期、ココの母は隣の家にココを預けて仕事に向かいました。
「いらっしゃいココちゃん。それにおはよう」
「おはようございますナツ君のお母さん。朝ごはん手伝いますね」
「本当?ありがとう。助かるわ」
隣の家に着くなり、ココは朝食の準備を手伝います。
(中学生一人じゃ危険だからって隣の家に預けたりするかなあ)
自分の母に疑問を持ちながらもココはテキパキと手伝いを終えました。
「ナツ君起こしてきますね」
「待った。それは俺が行こう」
ナツの父親がココを呼び止め、二階に向かいます。
「ココちゃん。そういうのは小学校で卒業してね」
ナツの母がココにそう伝えると、ナツが降りてきました。
一緒に朝ご飯を食べて、ココとナツは中学校に向かいます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「眠い……」
「ホント眠そうね。宿題やった?」
眠たそうに目を細めているナツと一緒に歩くココはナツに聞きました。
「やった」
「予習は?今日当たるよ」
「マジか」
「今日の先生前のことも聞いてくるし、復習しとくといいよ」
ココとナツが会話しながら歩いていると、公園が見えてきます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★
「ちょっと寄ってくわ」
「え?なんで?」
寄り道しようとするナツに、ココは質問しました。
「そろそろみんなと会うし。女子に噂されっぞ」
「うぐ」
「怖いんだろ。恋愛話」
「うぐぐ」
「安心しろって。俺は作文が怖いから」
言葉につまるココにナツは自分の怖いものを告げます。
「一緒にされてもなあ……」
「楽しかったとか面白かったでいいじゃん。ほかになんか書ける?」
「なにがどう楽しかったとかさあ。もっとこう情緒あふれる文章を書こうよ」
答えに困りながらココはナツに伝えました。
「まあ見てなって。俺の中に隠された力が目覚めれば作文のひとつやふたつ……」
「あらそう?なら来年からは読書感想文一人でやってね」
「ごめんなさい冗談ですお世話になりますまた見せてくださいお願いします」
「ったく。あと公園には私が行くから」
「ん?なんかあるの?」
公園に入ろうとするナツをココは呼び止めます。
「今ヨウフヨウの花が見ごろだから」
「ヨウフヨウ?……時間で色が変わる花だっけか?」
「そ。朝は白。日中で桃色に染まっていって夜は赤に近くなるの」
酔芙蓉の花は一日中見ていられると、今クラスで話題の花でした。
「まだ九月だしずっと見てたら熱中症だぞ」
「なっ!?」
「俺なら一輪もらって花瓶に刺して部屋で見るかな」
「一斉に咲いた花を見るのが楽しいんだよ!」
ロマンや風情、情緒をわかってほしいとココはナツに語ります。
「へーへー。だったら公園の散策は譲るよ」
上から目線を感じたココはグッと反論をこらえます。
(作文や感想文怖いって言ってたし強制はなあ……)
より道を譲ってくれただけマシか、とココは思うことにしました。
「なら行ってくる」
「行ってらっしゃい。待ってるからな、学校で」
「学校で待ってるからな、でしょ。なんで倒置法使うの?」
珍しく目を開けて語るナツにココは突っ込みを入れます。
そしてナツはまた目を細めて、学校に向かっていくのでした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★
「うわー、ほんとにスイフヨウが見ごろだー」
咲き乱れる白いスイフヨウにココうっとりして見とれています。
「これが徐々に桃色に染まって夜には赤に近くなるかあ……」
「おはよココちゃん。ココちゃんもスイフヨウ見に来たの?」
「あーちゃ……アサヒナ先輩、おはようございます」
一学年上のアサヒナがココに話しかけてきました。
「なんか中学になってから先輩とか校則とか厳しくなった気がする……」
「そういうものよ。今のうちに慣れとこうね」
昔通りに接したいココを、アサヒナは優しく諭します。
「あと今流行りのトレンド誌、ポストに入れといたからね」
「ああいう服って本から飛び出してきた感じがして……」
「最初は真似から始まるの。字も音楽もダンスもそうでしょ?」
小言が始まる予感がしてココは周囲を見渡す。
「あれ?あの子俯てる……スイフヨウ見ればいいのに」
俯いている女の子をココは目ざとく見つけ、理由を朝比奈に聞いてみました。
アサヒナは手帳を取り出し、パラパラとめくります。
「私の調べた情報によるとね、近所に気になるお兄さんがいたそうよ」
「いた?」
「そう。その人に恋人ができて好きって気づいてショックを受けてるの」
好きという言葉を聞いて、ココはビクッと体を震わせました。
「まだ怖いんだ恋愛。なにがそんなに怖いの?」
「私は今のままがいい。恋をすると変わっちゃいそうで怖いんです」
「ドラマや映画の見過ぎだって。ああいうのはワンシーン勝負なんだから」
気づいたら好きになってると、アサヒナは妙に悟ったことをココに伝えます。
(一歳年上なだけなのに、あーちゃんずいぶん変わっちゃったなあ)
アサヒナが小学校の頃と変わっていたことにココはショックを受けました。
このままでいようか変わろうか、ココは考え始めます。
「うん。だからさっき一緒に歩いてきた男の子と一緒にいたら好きになるって」
「家が隣なだけです!」
「ならその男の子の隣を女の子が仲良く歩いてたらどうする?」
「ナツ君が決めることならまあいいかなって」
「だったらココちゃんが仲良く男の子が歩いていたらナツ君はどう思う?」
先ほどの俯いていた女の子の姿がココの脳裏をよぎりました。
「それはあの女の子みたいに……ってだから!そういう色恋沙汰は!」
「うん。だから気になる子って言っていっときな」
アサヒナは真剣なまなざしでココの目を見て語ります。
「そうしたらこのアサヒナお姉ちゃんが一肌脱いでおくから」
「わかりました」
「よーし。ならそろそろ学校行こうか。遅刻しちゃうからね」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★
瞬く間に時間は過ぎ、ココが家に帰ると母が夕ご飯を作っていました。
それを見て、ココはエプロンをして母を手伝います。
「ねーお母さん、朝家にいる時間増やしてよ」
夕食後の後片付けを手伝うココは、母にお願いしてみました。
「仕事があるからねえ……」
「お父さんは?」
「新聞記者で全国に出張中。週末はいつも一緒でしょ?」
「なら朝ご飯は一人で食べるよ」
「ご飯は誰かと一緒に食べるからおいしいのよ」
ココの母はここにやさしい目をしてゆっくりと話しかけます。
「年頃の娘を預ける親ってどうかと思う……」
「あら?ナツ君の家は快諾してくれたわよ?」
「それよ!向こうはなんで快諾したの?」
「あれ?忘れちゃったの?こども園の話」
「なにそれ?」
ココが聞き返すとココの母は懐かしそうに当時を語り始めました。
「わたしなーくんとけっこんするーとか言い出したり」
「え?言ったの?」
「風邪で寝込んだナツ君をこうすれば治るって」
ココの母は土鍋とスプーンをキッチンの棚から取り出します。
「こうフーフーしてあーんって食べさせたりね」
「な……な……な……」
「あれを両家族の目の前でやられるとねー、今に至っちゃうわけよ」
「忘れてたしセーフ!」
「ナツ君は覚えてるかもよ?」
ぐぬぬ顔でココは土鍋とスプーンを見つめていました。
「ところでどうしたの?ナツ君となにかあったの?」
「国語の作文怖いのを私の恋愛怖いと一緒にされてさ」
「あらあら。男の子はそういうものだから大目に見ようね」
土鍋とスプーン、そして吹き終えた食器を棚に片付けながら母は言います。
「そういうもの?」
「成長がゆっくりってこと。私たちが早いだけ」
「あーちゃんが変わっちゃったのもみんなが色づき始めたのも?」
「そうね、恋愛に目覚めかけてるってことかな?」
「私今のままがいい!なんでみんな恋愛に目覚めるの?」
ココの心からの叫びに、母はココの目を見て答えました。
「愛を知りたいからよ」
ぽかんとしているココの肩に手を置き、母は言葉を続けてこう言ったのです。
「恋が先、愛は後。だから恋愛。順番があるの。何事もね」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★
「そうかなあ……」
「今は感覚でいいから知っておくの。理解は後から追いついてくるものだから」
その言葉からココは朝のナツの言葉を思い出します。
『俺の中に隠された力が〜〜』
「小学七年生じゃん!男子って!」
「そうね。そこから一気に成長してくるから怖いのよね」
母の話を聞いているうちに、ココにはウサギとカメの話を思い出しました。
「追いつかれたらどうすればいいの?」
「張り合ってもいいし、見送っても出方を伺ってもいいのよ」
託すのも育てるのもすべてはココ次第と、ココの母は優しく答えます。
「これだけは覚えておいてね」
「なに?」
「張り合ったり見送ったりしていると大切なものを逃すってこと」
ココは首を傾げ、話題を変えようとしました。
「そういえばお母さんはどうしてお父さんを選んだの?」
「お父さんはね、合わせてくれたから」
ココの母は懐かしそうに答えます。
「追い越していけばいいのに、わざわざ足並みを合わせてくれた人だから、かな」
少し照れてココの母はココに話しました。
その話を聞き、ココはナツの言葉を思い出します。
『待ってるからな』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★
片付けが終わり、ココは自分の部屋で、トレンド誌を読むことにしました。
「本に載ってる誰かの服の真似してもなあ……私の個性はどこに行くんだろ」
片肘をついてパラパラと本をめくりながら、ココは想像します。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「どう?似合う?」
「似合ってると思うならそれでいいじゃん。どうして俺に聞くの?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
言いそうで困る、とココは机に突っ伏しました。
気を取り直して、ココはトレンド誌と向かい合います。
自分の性格に合う服を選んでそこから個性を出そうと、ココは決めたようです。
気になる服のページにココは付箋を貼って行いきました。
「ってなんでなーくん基準で考えちゃうの!」
ココは自分にツッコミを入れ理由を探します。
幼少の頃からかと、ココは思いつきました。
すっかり忘れてることにふしぎに感じていると、あることに気づきます。
「そうだ!箱!」
机の隣に積んである大量の空き箱を見てココは思い出ました。
「空き箱に記憶を封印できるジンクスって知ってる?」
「なにそれ?どうやるの?」
「まず、記憶を入れるイメージで両手を頭に添え、空き箱に押し込むの」
優しい女の子の声をココの記憶を駆け巡ります。
「次に箱に蓋をして、テープでぐるぐるまきにするの」
「それでそれで?」
「最後にリボンを巻いてカードを添えると、記憶が封印できちゃうのよ」
と、こども園時代にアサヒナが教えてくれたことをココは思い出しました。
封印した箱をどこに置いたか、ココは部屋を探し始めます。
箱はクローゼットの中にありました。
ココは喜び勇んで、箱を開けます。
☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「あああああ言ってたやってたフーフーアーンもあーちゃんのジンクスだー」
恥ずかしさのあまり、ココは床をのたうちまわりました。
「昔は昔!大切なのは今!そう!今なのよ!」
記憶を封印しなおし、ココは友人から借りた漫画を読み始めます。
そこには高校生の恋愛話や王子様とお姫様の冒険話がありました。
(いつか私もこういう恋愛するのかな……変わっちゃうのかなあ)
今のままを望むココに対し、周囲はどんどん変わっていきます。
(あーちゃんに分かったって言っちゃったし……うかつに分かったは危険かも)
少しだけ焦りを感じ、ココはパタンと漫画を閉じました。
『待ってるからな』
ゴロンとベットに横になるココにナツの言葉が蘇ります。
(そういやなんで倒置法?作文や感想文怖いって言ってたくせに)
ココはベッドから起き上がり、カーテンを少し開け隣を見ます。
隣のナツの部屋にはカーテンが閉められ、明かりが漏れていました。
(勉強、してるのかな)
カーテンから手を離しココは机に向かいます。
「私も宿題と予習と復習、あと日記終わらせて寝よう」
☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「あれ?待ってるの意味ってひょっとして……」
日記に今日の出来事をまとめているココに、ある考えが浮かびました。
☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「実は作文の苦手はもうとっくに克服していたんだぜ!」
「ならなんで怖いって言ったのよ!」
「ココちゃんが恋愛怖いって言うから合わせたのさ」
自分を指さして、ココはナツに問いかけます。
「そうだよ。恋愛怖いを克服するまで作文怖いふりをしようと思ったからね」
「どうしてそんな」
「ココちゃんが好きだからさ。そのためなら道化にでもなんにでもなるさ」
ナツはココの顎に手を伸ばし、クイッとわずかに持ち上げます。
ココは涙を流し、目を閉じるのでした。
☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
我に帰ったココは頭を支配してきた考えを振り切ろうとベットに向かいます。
そして枕を何度もベットに叩きつけるのでした。
「国語が!作文が苦手な子が!」
ココは叫びながら、空箱を手に取手に取ります。
「そんなロマンや情緒あふれるセリフはまだ早い!」
頭の横にココは両手をそえました。
「きっとなに泣いてんの?とか聞いてくる!」
この気持ちも箱の中に封印しようと、ココは決めて箱に蓋をします。
「だから私にもこの気持ちはまだ早い!」
そのあとココは箱と蓋との間をテープでぐるぐる巻きにしました。
「恋愛や!冒険は!」
リボンでラッピングしてココはメッセージカードを挟みます。
「高校生に!なってから!」
クローゼットに箱を押し込むと、お風呂が沸いたと母がココを呼びました。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「夢に出てきた……」
ココは目覚まし時計のアラームを止めます。
「どうして結婚式あげてるのさ」
夢の内容を呟いて、ココは箱のジンクスをまた執り行います。
封印した箱を手にクローゼットを開けました。
そこには、ふたつの箱がすでにおいてあります。
(このままじゃクローゼットが箱まみれになっちゃう……そうだ!)
ココは大きめの箱を手に取り、封印した3つの箱を入れます。
空き箱も入れて箱いっぱいにして改めてクローゼットに置きました。
「これで良しっと……箱はまだたくさんあるし」
ココは半袖の制服に着替えて髪をとき、身だしなみを整えます。
鏡の前で笑顔の練習をしていると、ココを呼ぶ母の声が聞こてきました。