第四話 囮への拷問
さてと、一時間くらい経ったか?だいぶ魔力も回復してきた。時間稼ぎもだいぶ保ったが、そろそろ危ないかもしれない。オークを片づけに行くか。さっきみたいにアリムの幻覚が解けないように魔力の調節を心がけていかなきゃな。
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…一体なんなんだ?この状況は。私は確かアリムとハルタを連れて遠征に出掛けていた筈だ。そのあと何があったっけ?思い出せない…なぜオークどもに縛り上げられているんだ?
私は木に磔にされているのか?オークの数は…10…20…30匹ほどか。ひどく興奮しているな。訳の分からない鳴き声で呻き合っている。おそらく捕まえた人間…私の処分を話し合っているんだろう。
ゴミどもめ。家畜以下の知恵すら持てぬ害虫どもが図にのるなよ。こんなちゃちな縄などすぐに千切って…。
あれ?千切れない。というより…千切りたくない。なんでだ?オークなんて雑魚なのに、怖い!逆らえない!
呼吸が荒くなり、肌が粟立つ。落ち着け、私。落ち着け、私。相手は取るに足らぬ雑魚の軍団だ。私がその気になれば一呼吸のうちに全て屍にできる。
なのになんで…腕が動かない!
一番近くにいた、ひと回りデカいオークと目があった。醜悪な面だ。濁った目に豚のような鼻、たるんだ皮膚…気持ち悪い。怖い。今までの私は魔族へ憎しみ以外の感情を抱かなかったはずなのに。
オークどもが静まった。私への処置が決まったのか?あぁ、やめてくれ。近くに来ないでくれ!斧をかついだオークが息を荒げながらこっちにくる。
斧が高く振り上げられた。次の瞬間にでも、私の頭へ振り下ろされる。嫌だ!怖い怖い怖い怖い怖い!
痛い!頭に衝撃が走った。しかし砕けたのは斧の方だ。…そりゃそうだ。私は強い。
オークどもは驚いた様子で叫び、また何やら会議のようなものを始めた。
もういい。早く帰してくれ。私に物理的な攻撃はほぼ効かないから意味がないんだ。もうオークを視界に入れたくない。吐き気を催すような嫌悪感が湧き上がってくる。
さっき目があったデカいオークが何事か言いながら立ち上がった。すると周りのオークどもは何が面白いのか突然笑い出した。
なにかを説明するような感じで背負っていた矢を手に取り矢尻を研ぎ始めた。なにするつもりだ?嫌な予感しかしない。まあ何をされても私にダメージは入らないが。
研ぎ終わったようだ。ニヤニヤ笑いながらこちらへ歩んでくる。顔を背けたくなるような悪臭だ。
オークは私の目の前で立ち止まった。気持ち悪い…何をするにしても早く済ませてくれ。
するとオークは手に持った矢の先端を、ゆっくり私の目の前に突きつけた。それだけでコイツが何をしようとしているか分かり、全身に鳥肌がたった。
「おい!目はダメだろ!やめてくれ!」
そう叫ぶと、オークどもはいかにも嬉しそうに笑いはじめた。やばい。怖い。震えが止まらない。
後ろに回り込んでいたオークに数匹がかりで頭を掴まれて動かないように固定された。必死に目を瞑ったが、無理矢理こじ開けられる。
矢の切先が右目にゆっくり近づいてくる。見たくないのに、目を離せない。全身が震えて言うことをきかない。オークは私が恐怖しているのが飛び上がるほど嬉しいようで息を荒げながら私を見つめている。
「…お願いします…や、やめてください」
懇願。おそらく今の私は半泣きになりながらも笑顔で媚びているんだろう。…惨めだ。怖い。なぜこんなに怖いんだ。なぜ身体が動かないんだ。
次の瞬間、ぶちゅっ、という嫌な音が頭の中に鳴り響いた。右目、いや今まで右目があった場所に鋭い痛みが走った。
しかしそれで終わりでは無かった。オークは刺した矢を掻き回し、グチャグチャになった私の右目の残骸を私の顔から手で引き抜き、汚らしい舌で舐め回し、咀嚼し始めた。
私はそれを残った左目で見ていた。心にもはや恐怖は無く、敗北感と、これから左目も同じ目に合うという絶望に支配されていた。
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なかなか酷いことしてるなあのオーク達。仲間達が殺された報復としては妥当かもしれないけど。しかしライトは目が弱点なのか。目は守りようがないからか。
わざわざ俺がライトの拷問を見物していたのは、俺にそういう性癖があるから…ではない。催眠が成功しているか、ひいてはオークがトラウマになっているか、確かめたかったんだ。結果としてはやり過ぎなくらい効いていた。
おっと、うかうかしてるとライトが全盲になってしまう。助けに行かないとな。
「はい、ラスト一体」
薙ぎ払われた斧を避け、オークの額に触れる。それと同時に魔力を流し、脳みそをシェイクする。瓶の中の水を回転させるイメージだ。相手に近づくリスクはあるが、これが一番魔力を節約しながら生き物を殺せる。
「殲滅しましたよ、リーダー」
ライトは体育座りで顔を膝に埋め、啜り泣いていた。
「大丈夫ですよ。全部殺しましたから」
「そうか…ごくろう」
消え入りそうな声だった。なんて声をかけたらいいのか分からないな…。
「すまんなハルタ…情けないところを見せて」
「いやそんな…ドンマイです」
「いつのまにかアイツらに縛られていて…あんな拘束ならすぐにでも抜け出せたはずなんだが、なぜか恐怖で身体が動かなかったんだ」
「それは不思議ですね…疲れているんじゃないですか?いずれにせよすぐに基地に戻りましょう。目の手当てをしなきゃですよ」
「待ってくれ!」
「はい?」
なんだというんだ。1人で帰したアリムが心配だから早く基地に戻りたいのに。
「いや…その…情け無いんだが、震えが止まらないんだ。手を繋いでくれないか?」
「分かりました。さあ出発しましょう」
「なあハルタ…私には失望しただろう?あんな雑魚どもに良いようにやられて…その上私は…心の中で、敗北まで認めてしまった…」
残った左目から涙を滲ませながらライトはつぶやいた。よっぽど悔しかったんだろう。
「拷問にあったことなんて一度や二度じゃない。右目が潰されたことなんて、死んでいった仲間を思えばかすり傷だ。私が私を許せないのは…魔族に対して、屈してしまった…」
嗚咽が込み上げてきたのか、そこでライトの言葉は途切れた。繋いだ手は痛いほど握られていた。
これはまずいな…思ったより精神的にダメージを受けている。もっと早めに助けるべきだった。
「なぜリーダーが覚えていないのかは分かりませんが、俺たちは遠征の途中でオークの軍勢に遭遇しました。ワイバーンを飼い慣らしている知能の高いコミュニティで、俺たちには危険と判断したリーダーが囮となり俺たちを逃がしてくれました。そのあとでアリムを森まで帰した俺は心配になって戻ってきたんです」
実際は俺がライトに催眠をかけてオークの方へ行き囮になるように仕向けただけだが。まあコイツは覚えて無いんだし適当な事言っても平気だ。
「そうか…すると私はやはり負けたのか…」
「いや、リーダーは負けていません!もしリーダーがいなければ、俺もアリムも殺されていたし、真正面から戦ったならリーダーがオークに負けるはずもありません!アイツら、きっと汚い手を使いやがったんだ…」
どうせライトの記憶は曖昧なのだから適当に調子の良いことでもいって慰める。
「ハルタ…私はどうしたらいい?私は魔族に負けるほど貧弱で、心で屈するほど脆弱だ。散っていった英霊に顔向けできない。私は…もう戦えない…」
それは困る!リーダーであるライトが折れたらレジスタンスはやっていけない。
「…有志以来、魔族に対する人類の歴史は敗北の歴史でした。常に劣勢で、負け戦に次ぐ負け戦をやり続けました。そしてついには、人類の9割以上が滅ぼされました。しかし、何度負けても、蹂躙されようとも、人類は再び立ち上がり、戦い続けました」
ライトは血の出るほど下唇を噛んでいた。彼女の目を見つめる。
「一回負けたのがなんだというんですか?人類にとって、敗北は日常です。それを経験した上でみんな戦っているんです。リーダーにそれができないはずがありません。あなたはまだ戦えます。戦い続けた先人のためにも、あなたは戦わなければいけないんです」
「…そうだよな。みんな殺されたんだ。部下も家族も友人もみんな魔族に殺されたんだ。戦いを辞めたとあっては彼らに怒られるよな」
静かな声だったが、深い憎しみがこもっていた。彼女の左目は以前のように闘志に燃えていた。
「ありがとう、ハルタ」
こちらを振り向くライト。その目にはやはり闘志の炎が…うん?なんだその、変に潤んだ目は?
「まさかお前に励まされるなんてな」
そう言いながら彼女は突然俺に抱きついた。
…まあいいか。ライトが俺を気にいるのは少し嫌だが、再び彼女が戦えるようになったならなんでも良い。さっさと基地へ帰ろう。




