第三話 催眠魔法
俺はライトにボコボコにされ、縛り上げられていた。当然といえばまあ当然だ。人類きっての女騎士に、田舎で育った催眠魔法オタクが正面から勝てるはずない。
にしてもめちゃくちゃ強かった。まず魔法で脚の腱を切ろうとしたが薄皮ひとつ切れなかった。俺の風魔法も中の上くらいの攻撃力はあるはずだ。ライトには相当な魔法耐性がある事が分かった。
「黙ってちゃ何も分からんぞ、ハルタ。そう睨みつけてないでさっさと話せ」
で、黙秘しまくって今に至る。正直殴られた顎や腹が痛くて意識が飛びそうだ。
「アリムはぐっすり眠ってるようだが…このツノはなんなんだ?コスプレでは無いようだが」
アリムのツノに触ろうと手を伸ばすライト。
「やめろ!!」
アリムには絶対に触らせない。
「…んー、まぁなんだ。私は頭が良くないからよくわからないのだが」
頭を掻きながらライトは腰をおろした。
「アリムは私の一番の友達なんだ。なにがあっても別にどうこうしたりはしないよ」
嘘だな。直感的に分かった。いや、ライトは確かに本心を述べているのだろう。しかし困惑している現在時点での本心だ。彼女の魔族への憎しみは深すぎる。冷静になったら確実にアリムを殺す方に心が傾く。
だから重要なのは今だ。ライトが冷静になる前に片付ける必要がある。俺がすべき事は…
「…ゥ…ウゥ……申し訳ない…!」
ここで泣く!
「おい急にどうしたハルタ!お前が泣くなんて!」
よし、いい具合に混乱している。適当な事でも言って混乱させよう。
「…俺たちの親父は色狂いのクソ野郎だった…あっちこっちの女に手を出して、街中から恨みを買われていた。だから俺とアリムもみんなから虐められていた…そんなある日、親父が言ったんだ…「魔物を犯した」と…もちろん、俺は冗談だと思ったさ!でもあれは本当だったんだ。親父はタブーを犯した。数日もしないうちに親父は苦しんで死んだ…魔物の姿になって。きっとあれは呪いだったんだ。そしてその呪いは…親父を殺すだけでは、終わらなかったんだ…」
ここがヤマだから一拍置く!いい感じだ、ライトは聞き入ってる。
「恐るべき魔物の呪いは…親父が最も大切にしていた、アリムにまで及んだんだ。アリムは高熱を出して寝込んだ。そして頭からはツノが生えた!アリムの姿が完全なる魔物へ変身する時、アリムは死ぬ。俺は親父の経験から分かっていた。そして俺はアリムを救うため、村一番の長生きの婆やに相談し、伝説の聖水を求める旅に…」
そろそろいいだろうか?
「それで?どうなったんだハルタ!続きを話せ!」
思ったよりライトは話に聞き入っていた。意志の強さに誤魔化されるが彼女の精神性は思ったより幼いのかもしれない。
「まぁそれで…今の話は全部嘘で、アリムは魔族とのハーフだ」
「は?ふざけてるのか?」
剣先が喉に突きつけられた。平静を装っているが、ライトの精神はかなり揺さぶられているはずだ。今なら俺の魔法が効く!
「なあライト隊長。俺の親父の職業知ってるか?」
「…?確か医者だったと聞いた!それがどうした!」
「そう医者だ。そして親父の治癒魔法は当然俺も使える。死体を生ける死体として蘇らせたりもな。なぜ俺がここまで長話をしたか分かるか?距離があると魔法の効果が遅くなるからだ!後ろを見てみろ!さっきお前が斃したオーク達の死体の山を!」
「──ッ!」
ここだ!催眠!
「クソ!やってくれたなハルタ!…なに?コイツら、斬撃が効かない!?」
当然だ。それは自分の脳が生み出した虚像だ。もちろん俺には死体を蘇らせることなんて出来ない。
催眠魔法の肝は被術者の精神の動揺だ。揺れた心には幾つもつけ込むスキマがある。
「クソオオオ!なんなんだコイツらは!」
一人であらぬ方向に剣を振り回しているライトから、とりあえずアリムを離す。ケガするかもしれないからな。
さてと…殺す…のはやめておくか。ライトは地図すら読めないバカだが、レジスタンスの心の支えだ。コイツがいなくなったらレジスタンスの崩壊まで秒読みだろう。
となると打つ手は一つ、催眠魔法の超上級技術、記憶改竄だ。現在の認識を誤らせる催眠魔法を過去へ向かって行使する!
だが記憶改竄の成功率は極端に低い。アリムにツノが生えていたという強烈な印象は深くライトの深層意識まで刻まれただろう。それを塗り替えるにはそれ以上の強烈な印象、そしてそれから起こった一連の現象(今起こっていること)を忘れたくなる深層意識が必要になる。つまり心的外傷、絶対に思い出したくない心の傷をライトに与え、そこにつけ込み記憶改竄魔法!ライトの記憶改竄をライトの脳に手伝ってもらう。やはり、女騎士はオークに負けなければならない!催眠強化!
「なんだッ!?急にパワーが上がった!まずい!おいハルタ助けてくれ!クソ!やめろ!オークめ!やめてくれ!」
傍目には一人で暴れているように見えるが、今ライトの脳内ではありえないほど強いオークに蹂躙されているだろう。もっとプライドをへし折られた頃合いになったら記憶改竄の魔法をかけるか。
…ライトはあのほら話を信じていた。ここまでする必要があったのか?とも思うが、やはりアリムの正体は絶対の秘密だ。「誰にも言うな」と約束してもばかのライトが言わずにおくだろうか?と考えるとやはりリスクが高い。
「…っくそ…もうやめてくれぇ…私の負けでいいから…殺して…」
よし!充分だろう。そろそろアリムも目覚めてしまう。こんなところは見せたくない。早めに終わらせよう。
しかし俺の懸念はまだある。それは記憶改竄には大量の魔力を使用することだ。術後の俺の魔力はいつもの1/10程度になる。ライトも再び戦えるようになるまでしばらくかかるだろう。つまり戦闘要員がいなくなる。魔物に出くわしたら詰みだ。まあその時は俺とライトが囮になってアリムを逃すしかないか。
「始めるか…記憶改竄!」
「ハァ…ハァ…成功…してるのかこれは?」
術をかけ終わるとライトは寝込んでしまった。記憶改竄なんてするのは久しぶりだから本当に効いたのか分からない。この状況では自分の腕を信じるしかないか。
「おいアリム!すぐに帰るぞ!」
アリムは目覚めたようだが、ぼんやりと空を眺めている。意識の朦朧は催眠後の特徴の一つだ。
「大丈夫か?一人で歩けるな?」
声をかけるとアリムはこくんと頷き歩き始めた。夢遊病のような感覚に近いのだろう。意識の無いライトは…俺がおぶっていくしかないか。にしても疲れた。立っているだけでしんどい。これから10キロ程度ライトをおぶったまま歩かなきゃならんのか。
「ハァ…ハァ…やっと…加護の森が見えてきた…」
まさに足が棒のようになって、一歩踏みだすだけで膝が軋んだ。ライトが痩せ型だったのが救いだ。アリムもまだ意識がはっきりしていない。
すると、うっすらと遠くから叫び声が聞こえたような気がした。途端に最悪の想像が頭をよぎった。耳をすます…やはり聞こえる。オークの唸り声だ…。
最悪だ。ライトが皆殺しにしたオークは社会性をもつコミュニティだったんだ。おそらく仲間のオークのグループがあの死体の山を発見したんだろう。オークどもはすぐにでも俺たちの匂いを嗅ぎつけ追ってくる。
一番最悪な事はアリムを連れたままオークに追いつかれることだ。オークに勝てるかどうかはさておき、アリムを守り切れないかもしれない。ここから加護の森まで10分はかかる。それまでオークどもに追いつかれないという保証は無い。それに森が焼き討ちでもされたら正真正銘の詰みだ。この場で誰かがオークを足止めするのが最善手だろう。
「おいライト。起きろ」
うっすらと目を開けるライト。
「アリム、よく聞けよ」
意識が朦朧としている2人は限りなく催眠にかかりやすい状態だ。魔力の尽きかけている俺でも操れる。
「いいか?急いでレジスタンス本拠地まで向かえ。なるべく急げよ。後ろは振り返るな。あと、転ばないように気をつけろ。行け!あと、ライトは…」
催眠は成功した。よろよろと歩きだす2人を見届けながら、残った魔力でアリムに幻覚魔法をかけ、見た目を普通の人間に戻した。そして俺はとりあえず腰を下ろした。オークの叫び声はさっきより近くなっている。奴らと戦うまでに魔力を回復させなければいけない。
にしても…これは俺が悪いのか?俺はただアリムを守りたいだけなのに、初めてアリムに出会った日からずっと戦い続けて、今も面倒くさい戦いを1人でやらなきゃいけない。オークの軍勢vs疲れた1人の男とかやってられない。
「まあ俺は勝つけどな」
だって俺が負けたらアリムを守るやつがいなくなる。
アリムに初めて出会った日から、俺の存在理由はアリムだけだ。




