7 フロアボス2
俺とミラージュはロックフェイスの動きを注視しつつ、作戦会議を続けていた。
「俺が攻撃するより、ミラージュの方が確実に仕留められるんじゃないか?」
「私が攻撃役をやる場合、主はフロアボスの攻撃を引きつける役目を担う。しくじれば死ぬ」
ミラージュが淡々と説明する。
「だが、私がフロアボスの攻撃を引きつければ、最悪でも私が消滅するだけだ。マスターの危険は大きく減る」
正直、俺はフロアボスが恐ろしい。
奴の前になんて立ちたくない。
だから、その役目をミラージュが引き受けてくれたことに、心から安堵したんだ。
「わ、分かった……」
うなずく俺の声はうわずっていた。
「心配するな。私が主を守る」
ミラージュは堂々とした態度だった。
俺と違い、フロアボスへの恐怖なんてないのか。
そもそもアンデッドモンスターだから恐怖なんて感情自体がないのか?
「君は、怖いのか?」
ミラージュは俺の心を見透かしたようにたずねた。
「っ……!」
そのとき、俺の脳裏にこの世界に来てからの出来事が思い浮かんだ。
『お前なぁ! 自分が足手まといだって自覚しろよ!』
『役立たずが!』
『弱い奴がいると、俺らの生存確率が減るんだよ!』
数名のクラスメイトに殴られ、蹴られる――。
俺は抵抗できなかった。
彼らのスキルは戦闘向きで、俺の【ネクロマンサー】じゃどうあがいても勝てない。
何よりも、彼らの振るう暴力が純粋に恐ろしかった。
俺がガタガタと震えていた。
そう、俺は臆病だ。
いや、誰だって怖いに決まっている。
暴力は――自分よりも強い力に対して、普通の人間は恐れ、おびえることしかできない。
恐怖に勇気でもって立ち向かえるのは、ほんの一部のヒーローみたいな人間だけだ。
「……当たり前だろ。死ぬかもしれないんだ。お前は怖くないのか?」
「自分が消滅するリスクは当然感じている。だが、私は勝利に向けて最善の選択をするだけだ。そこに感情の介在する余地はない」
ミラージュの答えはどこまでも冷静だった。
「だから君も最善を尽くしてくれ。怖くてもいい。そんな自分のままで、やれることをやるんだ」
「俺の、最善……」
「行こう、主よ」
ミラージュが剣を手に、フロアボスに向かっていく。
ジグザグした動きでフェイントをかけ、ロックフェイスの攻撃をまともに食らわないように立ち回っている。
ロックフェイスがときどき光線を放つものの、ミラージュの変幻自在の動きを捉えられない。
いいぞ、ミラージュ……もう少しがんばってくれ。
心の中で声援を送りつつ、俺はロックフェイスに気づかれないよう、奴の背後まで回り込むことができた。
奴の注意が逸れた瞬間を狙い、俺が一撃を叩きこむ――。
本来の俺の腕力じゃ、モンスターに対して有効な斬撃を浴びせるのは難しいだろう。
だけど、しもべの力の一部が上乗せされ、ステータスアップした今の俺なら――。
「くおおおおっ……」
突然ミラージュが苦鳴を上げた。
ロックフェイスの攻撃の余波で吹っ飛ばされたのだ。
それでも態勢を立て直しながら剣を振るう。
がきんっ、と岩の体表に跳ね返され、逆にロックフェイスが放った光線によって、ミラージュの両腕が消し飛ばされた。
「まずい!」
あれでは攻撃も防御もできない。
ミラージュにできるのは回避くらいか。
これ以上は、もう持たないだろう。
「ひ、ひいっ……」
俺は反射的に後ずさった。
怖い。
怖い――。
「同じだ、あのときと――」
そうだ。
以前、クラスの連中に殴られ、蹴られたときと同じなんだ……。
「……ミラージュが殺されれば、次は俺の番だ……ううう」
ガチガチと歯の根が鳴っていた。
もちろん、俺一人で勝てるわけがない。
「ぜ、絶対に殺される……」
俺は恐怖のあまり腰を抜かした。
情けないその姿勢のまま後ずさる。
怖い。
嫌だ。
死にたくない。
助けてくれ――。
「また俺は恐怖に屈して何もできないのか……」
ミラージュはロックフェイスが放つ光線によって、体のあちこちを貫かれていく。
「ぐっ……ううう……」
ミラージュが苦しげにうめく。
このままじゃ、なぶり殺しだ。
「ミラージュ……っ!」
――心配するな。私が主を守る。
ミラージュは作戦前にそう言ってくれた。
あいつは俺を守るためにロックフェイスにボロボロにされている。
俺はそれを見ているだけ。
いや、見捨てようとしているな。
「……嫌だ」
ぎりっと歯を噛みしめた。
「もう、こんなのは嫌だ」
敵の力におびえ、逃げ出すような弱い自分は嫌だ。
俺は――恐怖に立ち向かえる自分でいたい。
クラスの連中におびえ、何もできなかった――あのときの自分を払拭したい。
「生まれ変わりたいんだ、だから」
俺は立ち上がった。
「ミラージュを助けるために――俺が、今ここで決める!」
腹をくくった。
おおおおおおっ……!
内心で叫びながらロックフェイスの背後から突進する。
完全に死角からの攻撃――。
だけど、もし奴が気づいて振り返ったら。
そして、あの光線を撃ってきたら。
俺の体なんて跡形もなく消滅するだろう。
どくん、どくん、どくん。
心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。
文字通り命を懸けた突進だ。
人生で初めて、本当にギリギリの状況で命を懸けている――。
ざんっ!
俺の剣の先端が奴の中心部に突き刺さった。
いかにも堅そうな岩でできた前面と違い、どうやら背面はあまり丈夫じゃないらしい。
岩ではなく、もっとブヨブヨした素材でできているらしく、俺の剣でも通る。
「このっ……!」
力を籠め、柄まで通れとばかりに貫いた。
「ぐ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……っ」
ロックフェイスが絶叫した。
そして、
ず……んんっ!
地響きを立て、ついに奴は倒れた。
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