10 激戦の予兆
「大変大変~!」
一人の女子生徒が廊下を走ってきた。
名前は橋本。
地味で目立たない系の生徒で、実は俺もほとんど会話したことがない。
橋本は俺と那由香に真っすぐ向かってきた。
「どうしたんだ?」
「さっき、あたしたちにも情報が入ってきたんだけど――」
橋本は息を切らしながら、
「中規模や大規模の都市が三つくらいまとめて滅びた、って……」
「えっ?」
その報告に、俺と那由香は立ち尽くした。
「滅びた、って? 自然災害か何かか? それとも――」
魔王軍か?
今までの魔王軍は主に下級魔族を放ち、各国を散発的に襲っていた。
だから大規模や中規模都市を滅ぼすほどの戦力が
「魔王軍が本格的に攻めてきた、って言ってる。つまり、その――」
彼女の顔は真っ青だった。
「戦争が始まる、って……」
「魔王軍との――戦争」
俺はゴクリと息を飲んだ。
魔王。
その名の通り、魔族を統べる王。
そして、俺たち『異世界から召喚された勇者』にとって倒すべき敵――つまりはラスボスだ。
その魔王がついに腰を上げた。
人間界を征服するために、魔族の軍を率いて、攻め入ってきたのだ。
「本当の戦いが始まる、ってことか」
俺はゴクリと息を飲んだ。
勇者だの魔王だのといったRPG風の単語が使われているけど、これはゲームの話じゃない。
現実の、戦争なんだ。
魔族の進軍によって、きっと大勢の人が死ぬ。
それこそ現実世界の戦争のように。
あるいは、それ以上の死者が出るかもしれない。
「――俺、王様のところに行ってくる」
客観的に見て、このクラスの最強の戦力は今や俺になった……と思う。
ランは投獄されたし、剣咲は俺が殺した。
そして彼らに匹敵するであろう豪羅も、俺の前では形無しだった。
なら、今後の対魔王軍戦は、俺を中心に戦略を立てるべきだ。
だから、まずは情報が欲しい。
謁見の間――。
人払いを済ませ、俺と王様は二人だけで向かい合っていた。
「情報が欲しい、と?」
「はい」
王様の問いにうなずく俺。
「今後、俺たちと魔王軍の戦いは本格化するでしょう。それに備えて、現在王国が持っている情報を最大限教えていただきたい」
魔王軍の正確な戦力。
強敵たちの詳細。
現在位置。
彼らの狙い。
などなど――。
「ふむ。それは私の方からも提案しようとしていたことだが、君から訪ねてくれたなら手っ取り早い」
王様が微笑んだ。
「情報はまず君に渡せばいいのか? それとも勇者全員を集めるか?」
「……まず、俺一人に聞かせていただいてもよろしいですか?」
俺は王様を見つめた。
「勇者といっても個々人で戦闘能力にかなりの開きがあります。中には魔族との戦いに不安を覚えている者も」
「なるほど……いたずらにすべての情報を与えることで、その者の戦意を削ぐかもしれないと危惧しているのか」
「はい。情報は整理してクラスのみんなに渡します。俺を――信じていただけませんか?」
俺は身を乗り出した。
「無論、私は君を信じているよ、時雨くん」
王様がにっこりと笑った。
「暴走した闇の勇者ランを抑え、同じく闇の勇者に堕ちかけていた――いや、すでに堕ちていたのか――剣咲を討ち倒した君を」
「っ……!」
俺は思わず絶句した。
俺が剣咲を殺したことに感づいているのか……!?
「そう警戒心をあらわにしないでくれ。このことは誰にも言っておらん」
王様が両手を上げた。
「剣咲は暴走状態でした。止められるなら止めたかったのですが、それも難しく……やむなく俺が」
俺は状況を説明した。
「――殺しました」
「無論、責めているわけではない。君のやったことは正当防衛だ。いや、彼がさらに暴走して周囲に被害を及ぼしていた可能性もある。その危険性を事前に摘み取ってくれた、とも言える」
王様が言った。
「王として告げよう。この件、君に非はない、と。もちろん君を罪に問うこともない」
「……ありがとうございます」
俺は礼を言った。
正直ホッとした。
やはり、剣咲とのことで王国から糾弾されたり、投獄される……なんて未来もあり得たからな。
ここで王様が明言してくれたなら、その危険性は随分と減った。
ゼロになったわけじゃないけど……。
「その……【闇】の勇者とはなんですか?」
俺は王様にたずねた。
「以前にたずねたとき、王様は『知らない』と仰っていましたね。でも、今の口ぶりだと、ある程度ご存じのように思えるので――」
「……ふむ。やはり君にだけは話しておくか」
王様が俺を見つめる。
「まず君たちは【光】の勇者と呼ばれる存在だ。光――すなわち善なる神によって力を与えられたということだな」
「じゃあ、闇は……」
「その対極となる魔王から力を得た者。歴代魔王は勇者によって討ち滅ぼされてきた。それを阻止すべく、魔王側が放った呪詛――」
王様の声に力がこもる。
「勇者は、負の心に囚われると属性が反転し、闇の勇者へと変貌する。すべての勇者は光と闇の狭間で揺らいでいるのだ」
「俺たち全員が、光にも闇にもなり得る――と?」
「そうだ。無論、君もな」
王様が身を乗り出す。
「その兆候はないか、光の勇者時雨?」
「……!」
俺は一瞬、返答が遅れた。
光の勇者――。
俺はそう呼ばれる存在なんだろうか?
それとも、すでに……。
ランや剣咲と同じく、闇に堕ち始めているんだろうか?
俺が、闇に堕ちる兆候――。
そう言われても、俺には分からない。
俺は、俺のはずだ。
スキルを得て、徐々に力を増しているとはいえ、俺の本質は変わらない。
「――いえ、俺は自分自身が特に変わったとは感じていません」
「そうか。ならば、安心だ」
王様がにっこりと笑った。
「実は……魔王軍の一部隊が我が国に向かっている。これを迎撃してほしい」
王様の言葉に俺は表情を引き締めた。
「今後、我が国を守るのは……その中心は君だ」
と、明言する。
「世界と魔王軍との戦争の……その戦火から我が国を守ってほしい」
「戦争……」
今までのように散発的な襲撃じゃない。
魔王軍の部隊との戦い――そして、その先にあるのは紛れもない『戦争』だ。
「我が国の騎士団や魔法師団も出すが、戦力の中核はあくまでも勇者たちだ。人員の選抜や編成などは君に一任したいが……どうだ?」
「俺の好きにメンバーを選んでいいんですか?」
「そうだ。騎士や魔術師についても、希望があれば聞こう」
「いえ、そちらは王国側にお任せします。俺は参加する勇者の選定だけを」
「分かった。ではメンバーが決まったら知らせてくれ。そうだな……明後日までに頼めるか」
「出立はいつになりますか?」
俺は王様にたずねた。
「出立は――」
王様が告げる。
「三日後だ」
そして。
いよいよ、真の戦いが始まる。
勇者と、魔王軍との。
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