9 豪羅
「ちっ、帰ってたのか、時雨」
一人の男子生徒が肩を怒らせて歩いてきた。
スキンヘッドのいかつい顔に、岩のようにごつい印象を与える筋肉質な肉体。
まさに『コワモテ』という言葉がぴったりの彼は豪羅一心。
俺をいじめていた中心グループの一人だ。
勇者としての戦闘能力でもランや剣咲に匹敵する力を持っているだろう。
こいつはスキルを明かしていないから、どんな能力を持っているのか分からない。
不機嫌そうに俺をにらんでるけど、さすがにいきなり襲いかかってきたりはしないだろう。
「最近、調子に乗ってねーか、お前? ああ?」
豪羅が舌打ちした。
襲い掛かってきたり……しないよな?
豪羅はクラス一の乱暴者だけに、俺としても最初から警戒心マックスだった。
「なんだ、その目は? ああ? お前、もしかして調子乗ってる? 俺にケンカ売ってる?」
豪羅は不機嫌そうに俺をにらんだ。
「むしろケンカを売ってるのは、お前の方じゃないのか?」
「ああ? 殺すぞ!」
豪羅が叫んだ。
ストレートな恫喝だ。
以前の俺なら恐怖ですくんでいただろう。
だけど、今は何も感じない。
恐怖はもちろん、怒りや不快感すらも。
なんというか――まるで少し遠い場所を羽虫が飛び回っているような感覚。
潰せるなら潰すかもしれないけど、別に放っておいてもいいかな……という絶妙な無関心具合。
「……てめぇ」
豪羅が近づいてきた。
「言っておくが、クラスで一番強いのは俺だ。ランでも剣咲でもねぇ!」
「一番争いに興味はないよ」
俺は豪羅を見つめた。
「好きに競えばいい」
「その態度がムカつくんだよ! おお!」
怒鳴りながら、いきなり豪羅が殴りかかってきた。
なんだこれ――遅い。
「本気で殴りかかってるのか……?」
思わずたずねてしまったほどだ。
実際、奴の拳は俺にはスローモーション映像のように見える。
奴の視線や重心のかけかた、モーション……それらの情報から攻撃の軌道も何かもが読める。
俺は豪羅の側面に回り込み、簡単にパンチをかわしてみせた。
「なっ!?」
豪羅は驚いた様子だ。
「俺のパンチを避けた……?」
いや、だって遅すぎるし。
内心でつぶやいたところで、俺はふと気づく。
もしかして――俺のステータスが上がったことで、ここまで差がついてしまったのか。
想像をはるかに超えるほど、俺と豪羅の戦闘能力に開きが出ている……?
「くそっ、時雨のくせに!」
豪羅がさらにパンチの連打を見舞った。
けれど、遅い。
あまりにも遅すぎる。
俺はその連打をやすやすとかいくぐった。
反撃は、あえてしない。
ここは力の差を分からせ、これ以上俺にちょっかいをかけてこなくなるようにするつもりだった。
俺は、クラスメイトと争いたいわけじゃないからな。
戦意を削いでやるだけでいい。
「てめぇっ!」
次はキックも織り交ぜ、すさまじいコンビネーションで襲い掛かってきた。
これはなんらかのスキルが加わっているんだろうか?
どんどん拳と蹴りの速度が上がっていく。
すでに人間の限界速度を超えている気がする。
もっとも、それは俺も同じだけど。
ああ、こんな下らない喧嘩からは早く解放されたい――。
「はあ、はあ、はあ……」
十五分後、豪羅は荒い息をついていた。
俺に対する攻撃はことごとく空を切り、さすがに疲れ果てたんだろう。
「そろそろ終わりにしよう、豪羅」
「く、くそがぁ……」
恨みがましくつぶやく豪羅だけど、さすがに歯向かってくる気力はなさそうだった。
「俺、そろそろ行くよ」
と、豪羅に背を迎える。
「てめぇ! まだ終わってねーぞ……ううっ!?」
「――動くな」
俺に飛び掛かろうとしたところで、奴の動きが止まった。
その喉元と胸元に死神の鎌とミラージュの剣が、頭上にはレッドメイジの火炎とソードマンの魔力剣が浮かび、奴の背後にはブラッドクロウとアサルトライノが立っている。
奴が少しでも妙な動きを見せれば、こっちは一斉包囲攻撃が可能な体勢だ。
「ぐぐぐぐぐ……」
豪羅は悔しげに歯ぎしりしていた。
「負けを認めろ、豪羅」
俺は奴を見据えた。
あまりこういうことはしたくないけど、今後のことを考えると、ここで『序列』を付けておく方がいい。
俺だけじゃなく、俺の周囲の人間に危害が及ぶパターンもあるからな。
『時雨に逆らうのはまずい』と刷り込ませる――。
「次は警告では済まない。済ませない」
「っ……!}
豪羅が息を飲んだ。
「わ、分かった、俺の負けだ。だ、だから、こいつを引っ込めてくれ……」
うなだれる豪羅。
「理解してもらえてうれしいよ」
俺はすべてのしもべを引っ込めた。
全員、俺の影の中に――そこに展開されている異空間に収納される。
「じゃあ、今度こそ俺は行くよ」
「……なんなんだよ、お前は」
去り際、背後から奴の声が聞こえた。
「お前、本当に時雨か……」
俺は答えず、その場を後にした。
豪羅が相手でも圧勝だった。
圧倒的な力で、俺は奴を打ちのめした。
だけど――。
なんだろう、この嫌な感じは。
ランや剣咲、あるいは豪羅にしても『力で他人を従わせる』ことに快感や優越感を得ているんだと思う。
でも、俺は今さっき同じことをしたし、これまでにも何度かそういう局面があった。
ただ、快感や優越感なんてものはない。
残ったのは後味の悪さだけだ。
と、
「時雨くん!」
那由香が駆け寄ってきた。
「遺跡に行くって聞いたけど、戻ってきてたんだね」
「ああ。遺跡内のモンスターを倒して、しもべを増強できたからな。それに――」
剣咲のことが頭に浮かぶ。
どうする?
那由香に打ち明けるか?
衝動的にそんな考えが頭をちらついた。
那由香なら、俺が剣咲を殺したことを知っても、俺を拒絶しない。
そんな気がした。
でも、それは俺の都合のいい思い込みで、実際は那由香にも拒絶されるかもしれない。
他の人間ならともかく、那由香から遠ざけられたら、さすがにショックを受けると思う。
だから――言えない。
少なくとも今は言えない。
「ん、どうしたの?」
「いや……なんでもないんだ」
俺は首を左右に振った。
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