1 藤堂蘭
藤堂蘭の実家は、日本でも有数の資産家だ。
子どものころから、いわゆる英才教育を受けてきた。
両親からは運動でも勉強でも常に一番になることを求められ、実際に彼はその期待に応えてきた。
ランは常に勝利者だった。
彼が学校の内外で優れた結果を残すたび、両親は嬉しそうにしてくれた。
ランもそんな両親の顔を見るのが嬉しくて、自分を磨くことを怠らなかった。
日本人の父と外国人の母の間に生まれたランは、美しい容姿をしていた。
周囲から天使と呼ばれ、誰からも愛され、かわいがられた。
彼の人生は愛と幸せに彩られていた。
そんなランの運命が大きく狂ったのは、彼が小学三年生のときだった。
きっかけは、母の突然の失踪だった。
当時は理由も何も分からなかったが、後から知ったところによると母は数年前から屋敷の使用人の男とひそかに関係を持っていたのだという。
父に比べれば、まるで冴えない男で、しかも母より十歳も年下。
そんな彼のどこに母は惹かれたのだろうか?
だが母は書き置きを残し、彼とともに屋敷から去った。
約束された資産家夫人としての一生の安泰や幸せをすべて捨て去ったのだ。
そして、最愛の息子であるはずのランのことも。
それから二年、父の会社は突然倒産した。
いや、実際には倒産の兆候はもっと前からあり、それが限界に達して会社が終わったのかもしれないが、ランの目には本当に突然の倒産にしか思えなかった。
同時に、父は姿を消した。
そして二日後、自宅の敷地内の森の中で遺体が発見された。
――首つり自殺だった。
母に去られた心労だったようだ。
そもそも会社が傾いたのも、母が他の男とともに自分の元から去ったことが大きな精神的ショックを引き起こし、経営も何もかもが投げやりになって行ったからだという
父も母も、こうしてランの元から去っていった。
何も言わず、ランのことなど放ったらかしにして。
それに対し、彼は悲しみや怒りは感じなかった。
ただ強烈な『失望感』があったことを、今でもよく覚えている。
父も母も、しょせん自分のことなどなんとも思っていなかったのだという失望。
自分は父や母に愛され、気にされるような存在ではなかったし、そうなれなかったのだという失望。
そんな失望を抱えたまま、ランは遠縁の親戚に引き取られ、そこの養子となった。
苗字も生家のものから、引き取られた先の『藤堂』へと変わった。
藤堂蘭となったランは、名前だけでなく自分の本質が変わってしまったことを自覚した。
心の中が空っぽになっている。
何をしても喜びを感じない。
何があっても悲しみを感じない。
自分の中に在った『感情』が非常に空虚なものになっていることを自覚した。
感情そのものが消失してしまったかのように……ランは無感動な人間になった。
そのトリガーは、父が死んだときに感じた失望なのだろう。
あのとき――ランは自分を信じられなくなった。
自分の価値を信じられなくなった。
勉強でもスポーツでもその他の分野でも類まれな能力を持っている彼だが、それがなんだというのだろう?
どれだけ能力が高かろうと、自分は親の愛情を得ることすらできなかった。
父と母の中に、自分はいない。
それがたまらなく寂しい。
だから――。
他人の中に自分という存在を刻み付けたい。
ランの中でそんな衝動が膨れ上がっていく――。
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