第二章 1
それから。私はばあちゃんに着いて、毎日、外出するようになった。夏の日差しが容赦なく肌を焼き、むあっとした空気が全身に汗を浮かばせた。
ばあちゃんは気まぐれだった。どこにも寄らず、ドライブだけする日もあれば、喫茶店に行って、お茶を楽しむ日もあった。コンビニでお昼を済ませる日もあれば、家でチャーハンを作ってくれる日もあった。どの日も、必ず、午後四時を過ぎると、コーヒーを飲む、お茶の時間があった。
朝、ばあちゃんがカーテンを開ける音で目が覚める。このごろ、決まって、六時には起きれるようになっていた。
「おはよう、ばあちゃん」
布団をたたんで、ばあちゃんに声をかける。
「あら、おはよう、莉央ちゃん」
ばあちゃんが老眼鏡をかけて、新聞を広げながら席に着く。私は一杯水を汲むと、ばあちゃんの隣りに腰かけてちびちび飲んだ。
毎朝、起きてすぐ朝刊を読むのが、ばあちゃんの日課だ。それが終わると、花に水をやって、朝ごはんになる。
ずらっと並んだ文字の羅列は、見ているだけで眠くなってきてしまう。私はばあちゃんと朝刊から目をそらした。しばらくすると、カサ、と新聞をめくる音がする。手に持ったコップが汗をかいて、手のひらを濡らす。
平和だな、と思う。ずっと、こんな日常が続けばいいのに、月日は容赦なく流れる。七月は、もう、最後の週に入っていた。
「莉央ちゃん、今日は、シソ取りに行くだよ!」
朝ごはんを食べ終えて、全然聞き取れないラジオ体操が終わると、ばあちゃんがそう言って私に麦わら帽子をかぶせた。
「シソ?」
「そう。シソシソ」
頭にクエスチョンマークを浮かべた私を無視して、ばあちゃんが楽しそうに私の手を引く。ばあちゃんは、なにをするときも、どこに行くときも、いつも楽しそうだ。
連れてこられたのは、マンションの真下にある植え込みだった。
「わああ、シソだ!」
思わず歓声をあげる。そこには立派な赤ジソが、これでもかとおいしげっていた。
「管理人さんが育てちょーだわ。住人なら誰でもとっていいんだよ」
そう言って、ばあちゃんからビニール袋を渡される。
ばあちゃんも、Tシャツに短パン、それから麦わら帽子、と夏休みの少年のようないで立ちで、ビニール袋をかかげていた。
おしゃれ好きなばあちゃんは出かける前に必ず品のいい洋服に着替えるのに、今日はシソを取るという責務に特化している。
ばあちゃんと隣に並んで、赤いシソをつみ取って行く。朝の日差しは柔らかくて、麦わら帽子で充分さえぎることができた。
「ばあちゃん、これ、とって、どうするの? こんなにいっぱい食べられるの?」
楽しくなって、ずいぶんな量をつみ取ってしまったが、シソ単体で、こんな量を食べられるだろうか。見ると、ばあちゃんのビニール袋にも、ずいぶんな量の赤ジソがはいっていた。
「ふふふ、とってからのお楽しみだが」
ばあちゃんが含みのある笑い方をして「帰ろうか」と、立ち上がった。
帰る、と言っても、マンション内でエレベーターを上がっただけだ。
家に入ると、ばあちゃんが窓を開けた。
ミーン、ミーン。
どこからかセミの鳴き声が聞こえる。
窓から風が吹いて、火照った身体をなでていく。
ばあちゃんは、ときどき、こうやって、クーラーをかけずに、窓を開ける。今年は猛暑と言われているけれど、島根県の風は柔らかくて、すこしひんやりしていた。
窓際で涼んでいると、机にパスタが置かれた。
「わ、ごめんばあちゃん。気づかなかった」
もうお昼の時間になっていた。
「気づかれないようにやっただわ」
手伝えなかったことを謝ると、ばあちゃんがいたずらっ子のように八重歯を見せて笑った。目の前に置かれたパスタに目をやる。
「わ、これ、赤ジソ?」
「そう」
パスタに、きざんだ赤ジソが絡まっていた。手を合わせて、フォークに巻き取る。
口に入れると、赤ジソの風味がいっぱいに広がった。
「おいしい。けど、こんなんじゃ、全然シソ、消費できないね?」
パスタに絡まった赤ジソは、ビニール袋に入れていた量のほんの一握りだった。
「これからこれから。莉央ちゃんにも手伝ってもらうけんね」
「手伝う?」
なにをだろうか。ばあちゃんは答えずにパスタをたいらげた。
ミーン、ミーン。
セミが、食事する後ろでずっと、鳴いていた。