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宍道湖にとける  作者: 麻倉トコ
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第一章 2


 そうか。いつまでも、いて、いいのか。不安の影がとけていく。

 そげそげ。ばあちゃんの言葉を心の中で復唱していると、いつの間にか瞼が重くなって、眠りについていた。


 翌朝、差しこんだ光がまぶしくて、目が覚めた。

 起き上がって目をこする。

 そうか、ばあちゃんちに来たんだった。

 

 タオルケットと布団をたたんで、リビングに入る。ばあちゃんはベランダで、花に水をやっていた。


「あら、莉央ちゃんおはよう。よく寝むれたかね?」

「うん、ばあちゃんおはよう」

 

 ばあちゃんに毒気のない顔でにこにこと笑われる。外は晴天だ。ばあちゃんが持ったホースの先から出る水が日の光を反射してキラキラ輝いている。

 まぶしくて、目を細める。

 時計を見ると、時刻は午前六時だった。このごろ、お昼に起きる生活を続けていたから、こんなに早起きしたのはひさしぶりだ。


「なにか手伝う?」

 

 ばあちゃんに問うと、にこにこ笑ってホースを手渡された。


「上の段には水をやったけん、下の段お願いすーわ」

 

 色とりどりの植木鉢は二段にわかれている。

 言われた通り、下の段の花に、慎重に水をやっていく。おそるおそる、手を伸ばすと、ばあちゃんに笑われた。


「そげに、緊張することでもないが」

 

 色とりどりの花が、水を受けて、太陽に向かって真っすぐのびる。

 水やりを終えると、水を含んだ葉が、太陽を映しこんで、キラキラ輝いた。


「……きれい」

「だが~? ばあちゃんの育ててるお花よ」

 

 ばあちゃんは目じりにしわを寄せてやっぱり毒気のない顔で笑った。


 


 ベランダを閉めると、ばあちゃんと一緒に朝食を食べた。須賀家の朝食は朝からたっぷりとでる。

 

 トーストにサラダ。スクランブルエッグに昨日の残りのマカロニポテトサラダ。シジミの味噌汁。ハムにベーコン。バナナときなこをかけたヨーグルト。ばあちゃんはよく食べるのに、なぜ太らないのだろう。不思議に思いながら、同じ量を胃に詰め込む。満腹になって食器を片づけると、ばあちゃんが、どこからか、ラジカセを出してきた。


 音楽でも聴くのかと思って見ていると、聞きなれたメロディときつい出雲弁が流れてきた。ばあちゃんがそれに合わせて、見慣れた動きで手を広げる。


「ば、ばあちゃん、これなに?」

「なにって、ラジオ体操だが? 莉央ちゃんもいっしょにやるだわ!」

 

 にこにこ笑ったばあちゃんが楽しそうに私の手を引いて立ち上がらせる。

 両手をよこつにつーあげー、ぬなーとーすっか、ふらす。ゆびさきまでちがながれーよにね

 

 ラジカセがラジオ体操の動きの説明であろうことを話している。

 ばあちゃんの出雲弁でもたまにわからないときがあるのに、ここまでなまりがひどいと聞き取れない。

 小学校で六年間やってきたラジオ体操なのだ。説明がなくても、流れはなんとなくわかる。ばあちゃんの隣りで両手を広げる。


 でーてで、からだをおさえーよーにまげ、よこばーをすっかーなばすよ

 

 体操しながら、あまりにも聞き取れなくて、笑えてきた。


「あはは、ばあちゃん、これ、なに言ってるか全然わかんない」

 

 笑いながらからだを動かすと、お腹がぽかぽか温かくなった。


「莉央ちゃん、やっと笑ったわ」


 ばあちゃんににっこり微笑まれて、は、と気づく。もう、ずっと、笑っていなかった。


「辛いことがあってもね、笑ってたら勝手に楽しくなるけん。不思議とね」

 

 ばあちゃんに、優しく頭をなでられる。

 会わなかった四年で、私の背丈はばあちゃんに追いついていた。


「ばあちゃんも、コロナで外に出られんかったが? それで、ラジオ体操を習慣にしたんだわ」

 

 ばあちゃんの目じりのしわが濃くなる。


「朝、起きて、食べて、身体を動かす。難しいけど、大事なことだわ」




 ラジオ体操が終わると、ベランダに出て、洗濯ものを干した。

 風で、干したタオルがはためく。


「莉央ちゃん、ばあちゃんでかけてくるけど、一緒に来るかね?」

 

 少し思案して、青空を見た。こんなどこまでも青い空の下を歩くのに、今の自分では見合わない気がした。


「ううん、いいや。待ってる」

「そうかね」

 

 ばあちゃんは一つも嫌な顔せずにうなずいてくれた。

 ばあちゃんが出かけてから、暇になったので、スマホを取り出して、ネットフリックスで映画をいくつか見た。二つ目に見た映画がとてもよかったので、感想とタイトルをスマホのメモに入力したところで、もう、感想を共有する友人はいないのだと思いだした。

 

 心に影が差す。

 窓の外を見る。

 こんな晴天なんて、私の気持ちに一つも寄り添ってくれなくて腹が立つ。

 

 ――あの、橘くんって子、よさそうな子なのに。

 

 また、母さんの言葉を思い出して、ため息を吐いた。



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