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宍道湖にとける  作者: 麻倉トコ
22/25

第五章 2


 給食に時間は智明の分は私が、私の分は智明が運んでくれるようになっていた。

 席にカレーライスが運ばれてきて、智明にお礼を言う。


「ありがと」


 ひゅー。今日もお熱いですね。

 通りすがりに男子たちが冷やかしてくる。

 軽くにらむと、ひるんだように、目をそらした。


「お前には相手がいないもんね。かわいそ」


 せせら笑うと、男子の顔がカッと赤く染まった。

 無視して席に座る。コロナ過にから、全員前をむいて、給食を食べるようになった。当番の子がいただきますの合掌をして、食事が始まる。

 このごろ、智明は私たちがからかわれても、謝らなくなった。代わりに、友だちらしく、厚意に甘えてくれるようになった。

 それでいいと思う。智明の大事なものはマンガの世界にしかないのだ。

 智明の、大事なものは。

 カレーライスが喉につかえて、お茶で飲み干した。喉が、ピリリと傷んだ。




 放課後、デメ太とデメ子に餌をやって、花の水を変えると、智明と席をくっつけて座る。いままで、誰もやりに来なかったらしい、いきものがかりは、すっかり私が専属になった。


「ねえ、このマンガ、最後はどうなるの?」

「ええ、描き終えるまで秘密だよ。面白くないでしょ?」


 智明が、マンガを描くの見ている時間が好きだ。没頭すると、彼は心の底から楽しそうな顔をする。ときどき質問をすると、こうやって、手を止めて答えてくれる。


「このいじめられっ子って、智明に似てるよね」


 そう言うと、智明は照れ臭そう鼻を描いた。いじめられている主人公の、給食は毎日、委員長が運んでくれる。委員長は誰にでも優しくて、なんでもできる、才色兼備な女の子だ。


「……ええと、僕、自分を主人公にしてマンガ描くんだ」

「そうなの?」

「うん、……これ、言ったら気持ち悪がられるかもしれないんだけど、…………いた!」


デコピンすると、彼が声をあげる。


「早く言え。遅い」

「ええと、その、」


 智明が額をおさえながら続ける。


「この、委員長は、莉央ちゃんが、モデル……」

「へ?」


 すっとんきょうな声が出た。


「……私、こんなに才色兼備でも、優しくもないけど……」

「僕には、そう、見えるから」


 智明が嬉しそうに頬を染める。

 途端に、不穏な感情が、うずまいた。こんなに、私はきれいじゃない。私は。


「莉央ちゃん?」


 唇をかみしめると、智明が、心配したように顔をのぞきこんだ。


「私、私のことを、智明は特別に思ってくれてるのかもしれないけど、そんなことない」


 不穏な感情が口から出ようとしている。


「私、普通の人間なの。特別なこと、ひとつもないの」


 あなたが、マンガっていう世界を持っているあなたが。


「私は智明が羨ましい」


 出してしまった。不穏のかたまり。


「世界ってくだらないって思う。でも、私には私の世界なんてないの。作れ、ないの」


 吐き出すように言うと、智明が「ううん」とうなった。


「でも、僕にとって、莉央ちゃんは、特別だよ」


 顔をあげる。智明が小さな目を細めて笑った。


「だって、莉央ちゃん、最初から、僕の目を見て、話してくれた。はじめてだった。そんな女の子」


 智明が続ける。


「僕にとって、莉央ちゃんは、最高に格好良くて、きれいで、まっすぐで。僕の世界のヒーローだよ」


 ああ。

 吐き出してしまった不穏な感場が消えていく。そうか、私には世界がない。作れない。

 私は決して特別な人間じゃない。

 でも。

 この子の世界で私は特別なんだ。

 それだけで、救われた気がした。それだけで、前をむける気がした。

 胸を張っていい。智明にとって私は特別なのだから。

 クツクツと笑うと、智明は焦ったように手を振った。


「な、なに? 僕なんか変なこと言った?」

「……いや、ヒロインじゃないんだなって思って」

「あ、そうか! そうだよね!」


 智明が「ううん」と再びうなる。


「……でも、やっぱり、莉央ちゃんは、ヒーローだなあ」


 言い切ってしまった智明に、あははと笑う。智明を笑いだして、ふたりきりの教室に笑い声がとける。


「内緒だけど、最後はね……」


 智明が耳打ちした。

 

委員長と主人公は仲直りするんだよ。


     *


 そうだ。

 たしかに、智明はそう言った。

 鉄腕アトムから次のおもちゃに視線を移す。

 委員長と、主人公は、仲直りする。

 じゃあ、智明と、私は……?

 心に迷いが差しこんだ。

 八月は四週目。もうすぐ、夏休みが終わろうとしていた。


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