第三章 1
ばあちゃんと、額に汗を浮かべながら作ったシソジュースはしばらく、私たちを楽しませてくれた。
ばあちゃんが大量にストックしているバニラアイスにかけて食べたり、朝のヨーグルトにかけたり。お茶の時間にシソジュースと若草が出てきたときは心が躍った。若草と、シソジュースをでお腹を満たして、夕方の島根をばあちゃんとドライブした。
クーラーはつけずに、助手席の窓を開けて、宍道湖をぐるっとまわった。宍道湖は海ともつながっているので、磯の匂いがする。生ぬるい風が頬をなでて潮の匂いを肺いっぱいに吸いこむと、心が満たされた気がした。そして、うだるような暑さとともに、八月に入った。
「ばあちゃん、なんか、外で音がなってる」
夕食を食べ終えて食器を片づけていると、窓の外で、バン、バン、とはじけるような音が聞こえた。この音は、聞き覚えがある。大阪でも、夏の暑い日の夜になるからだ。
「花火?」
「そげそげ。今日と明日は水郷祭だがね」
ばあちゃんが、キッチンで食器を洗いながらにこにこ笑う。
「明日は、直接見に行くだわ」
水郷祭には四年前も行ったことがある。たしか、露店がいっぱい出る、大きな花火大会だったはずだ。
「え、ばあちゃん、水郷祭連れて行ってくれるの?」
「もちろんだが。明日は贅沢ディだから、楽しみにしちょくだよ」
「ほんと? 楽しみ!」
にこにこ笑うばあちゃんに顔がほころぶ。
お祭りなんて、それこそ、四年前の水郷祭ぶりだ。花火大会なんて、コロナ過では開かれなかった。
バン、バン。
耳を澄ます。
花火があがる音はしばらく、松江のまちを揺らしていた。
翌日、お茶の時間が終わると、ばあちゃんがスマホで電話をかけた。ばあちゃんのスマホは去年買い替えたばかりのらくらくフォンだ。もう、固定電話がいらない時代になっただわ。とばあちゃんは大口を開けて笑っていた。
「五時ごろにタクシーをお願いできますか」
電話の内容を聞いて、目を瞬かせる。てっきり、水郷祭には車か、歩いていくのかと思っていた。
「はい、はい、お願いします。失礼します」
めったに聞けないばあちゃんのよそ行きの声が終わったところで問いかける。
「ばあちゃん、タクシー使うの? 夜ごはんは? 屋台で食べるの?」
「言ったがね。今日は贅沢ディだよ」
私の問いに応えずにばあちゃんは楽しそうにウインクを投げた。
五時ごろになって、マンションの外に出ると、すでにタクシーが来ていた。夕方の、重くてぬるい風が身体をなでる。
タクシーに乗り込んでばあちゃんが言った。
「庭園茶寮みな美までお願いします」
ぎょっとして、ばあちゃんを見るとばあちゃんが含みを持った笑顔を見せた。『みな美』はこの辺りじゃ有名な料亭だ。値段もそこそこ張るはずだ。
「ばあちゃん、夜ごはん、みな美で食べるの?」
「そげだわね。今日は二人しかいないんだけん、贅沢女子会だわ」
かわいらしく舌を出したばあちゃんに、笑みがこぼれる。
毎日二人でいるのに、今日を女子会と名づけてしまう彼女は幼い少女みたいだと思った。
タクシーに揺られて宍道湖を通りすぎると、すでに人ごみができていた。浴衣を着た人を見ると、やっと夏が来たことを実感する。
「おふたりで、みな美ですか。その後は、花火を見て帰るんで?」
運転手さんの問いにばあちゃんと顔を見合わせる。それから笑って答えた。
「女子会なんです」