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宍道湖にとける  作者: 麻倉トコ
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第二章 4

 

 智明の家は赤い屋根の一軒家だった。私が帰る方向とは反対方向に進んだ先にあった。

 智明がインターホンをならす。

 ガチャ、と玄関が開くと、品のよさそうなお母さんが顔を出した。それから、私をみとめて、目を見開いた。


「はじめまして。智明くんのクラスメイトの葛西です」


 頭を下げると智明のお母さんは「まあまあ!」とはしゃいだ声をあげた。


「智明が友だち連れてくるなんて、いつぶりかしら! それも、女の子なんて!」


 「入って入って!」と促されて、家の中に入る。

 玄関には花柄のマットが敷いてあり、すぐにもこもこしたうすピンクのスリッパを差し出された。


「母さん、莉央ちゃんはすぐ帰るから……」

「りおちゃんて言うのね!」


 はしゃいだ智明のお母さんは嬉しそうに顔をほころばせた。

 スリッパを履いて、リビングにとおされる。

 白を基調とした家具に花柄模様の小物たち。まるで、お姫様の部屋みたいだった。

 白いテーブルに座ってよくわからないハーブティーを出される。


 正面に座った智明が口パクで「ごめん」と手を合わせる。別にこれくらい、たいしたことじゃない。かるく首を振る。

 ハーブティーとクッキーを乗せたお盆を持って席に着いた智明のお母さんが笑顔で私に尋ねる。


「りおちゃんは、学校の成績はどのくらい?」

「母さん!」


 智明が慌てたようにお母さんを制する。


「あら、だって、大事なことじゃない。いつも言っているでしょう? 馬鹿な子と遊んじゃダメよ」


 落とされた爆弾に張り付けた笑顔が引きつる。


「えっと、成績はいい方です」

「あらまあ、そうなの?」


 智明のお母さんが嬉しそうに手を合わせる。


「この子、ほら、気が弱いでしょう? だから、頭の悪い子に馬鹿にされることがあるみたいで……。でも、りおちゃんみたいな友だちができたなら安心だわ」

「……ありがとうございます」


 とりあえず、お礼を言ってハーブティーに口をつけた。よくわからない味がする。


「なんだか、この子も馬鹿な子に影響されたときもあって」


 智明のお母さんが声をひそめる。


「マンガ家になりたいだなんて言い出したのよ。もう、びっくりしちゃって」


 お母さんは悲劇のヒロインみたいに悲しい表情を浮かべる。その、隣に座る智明はなにも言わない。


「マンガ家なんて、下品な職業だし、マンガで売れるなんて、夢物語じゃない?」


 下品な職業。


 放たれたワードにびっくりする。どんな職業でも、それがあるから世の中は回っているわけで。それを批判する人に地球で生きる資格はないと思う。なんて、そんなことは言えないので笑ってあいまいにごまかす。智明はうつむいていて、表情が見えない。


「でも、この子、絵を描くこと、なかなかやめなくて。大変だったわあ。もちろん、遊びで描くならいいけど、そんな時間があるなら、勉強した方が有意義でしょう?」


 かわいらしく小首をかしげた智明のお母さんにムカムカしてくる。有意義かどうかなんて、智明が決めることで、絵を描くことが彼にとって一番の時間じゃないのか。ハーブティーに口をつける。複雑な風味が広がる。


「マンガとか、アニメが好きだなんて、オタクって言うのかしら。ちょっと、なんていうか、残念よね」


 ハーブティーを飲み干す。それは、智明や、マンガやアニメを楽しんでいる人全員に、あまりにも失礼じゃないのか。ムカムカが逆流してくる。


「ほんと、頭が悪い人たちって、嫌だわあ」

「それは、」


 ガタン。


 一言、もの申そうとしたところで、智明が立ち上がった。


「……母さん、莉央ちゃんは、連絡先交換しに家に来たんだ。僕の部屋に行くよ」

「あら、そう?」


 智明のお母さんは少女のように小首をかしげて残念そうに眉を下げる。


「行こう、莉央ちゃん」


 手を引かれて立ち上がる。


「りおちゃんまた話しましょうね」


 智明のお母さんが花が咲いたように笑った。




 智明の部屋は二階に上がってすぐの部屋だった。

 ブルーを基調とした一見、普通の男の子の部屋だが、手前に大きく置かれた学習机が、部屋を窮屈なものにさせていた。

 うまく隠しているのだろう。当たり前だけど、マンガに関するものはなかった。

 智明が私を振り返って口を開く。


「ごめんね、やっぱり嫌な気持ちになったでしょう?」

「……いや、大丈夫。智明が手を引いてくれてよかった。掴みかかるところだった」


 わざと、おどけて大げさに言うと、智明が目じりを下げて笑った。


「なにあれ。いつもあんな感じなの?」

「えっと、まあ、だいたいは」

「それ、大丈夫?」

「うんと、母さんはバラエティー番組とかも好きじゃないし、そういうエンターテインメントを馬鹿にしてるっていうか……、まあ、うん」


 私が言ったのは、智明が大丈夫のなのか、という意味だったけれど、智明はあいまいに笑ってにごした。


「スマホあった。QRもう一回出せる?」


 スマホを取り出して、智明の連絡先を追加する。白に、黒ぶちの猫のアイコンだった。


「猫飼ってるの?」

「ううん、これ、よく行く空き地の猫。かわいいよね」

「うん、かわいい」


 まじまじと大きく伸びをしている猫を見る。確かに、背景は空き地のものだった。


「ねえ、今度から、私のメモを共有する代わりに、この猫撮ったら、送ってよ」

「え、いいけど、それか、こんど、空き地に一緒に行く?」


 目を瞬かせる。


「あ、いや、なんでもな、いた!」


 慌ててなかったことにしようとした智明にデコピンする。


「行くよ。楽しみ」


 笑顔を見せると、智明は安心したように目じりを下げた。



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