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6章 時を越えて(9)

それは、月明かりの綺麗な夜だった。メーデルは貴族の屋敷の寝室に立っている。

『やめてちょうだい!この人殺し!』

華やかな紫色のドレスを着た女性が子供を抱きしめ、メーデルを睨み付けている。

『私の子に触らないで!』

メーデルの右手は短剣を持ち、真っ赤な血に染まっている。「ポタッ、ポタッ」と血の落ちる音が、重々しくメーデルの頭の中に響いていた。

(なぜ、私は…こんな事を…)

『どうして、私の夫を殺したの!?この子も殺すつもり!?』

女性が抱えている子供の背にも、血が滲んでいた。女性の袖は子供の背に触れ、月の光できらきらと輝く紫の布の中にも赤が広がってゆく。

『あなたは人なんかじゃない!この…魔物!』

女性の目からは涙が溢れ出していた。そして、女性は子供をメーデルから隠すかのように自分の腕の中に包み込んだ。

(私は人を…殺めたくなんか…)

そう思っていても、メーデルの右手は無情に、ゆっくりと上へ動いていく。

『二度と許さな…』

メーデルの腕が振り下ろされた。赤いものが飛び、メーデルの頬に付く。

女性の子供を抱えていた手が、床に滑り落ちた。力を失くして、動かない。血が、女性の腕を伝い、床に流れていく。それはだんだんと広がり、壁に、家具に触れる。月明かりが、女性の血を照らした。その光景が目に入り、メーデルは思わず血だまりの中に膝をついてしまう。メーデルは震える左手で、自分の頬に触れた。生温かいものを指が感じた。それは、赤く、そして黒い血だった。

『私は…人を…』

『何で…この手は…短剣を握っているの…』

メーデルが右手を開くと、短剣が床に広がる血の中に滑り落ちた。

『どうして…私は…人を殺してしまったの…』

メーデルはそう言って、泣き崩れた。夜はまだ、深まっていくばかりである。メーデルの泣き声は、屋敷の中に、寂しく響いていた。


だが、途中からその夢は消えてしまった。おそらく、ソユアがメーデルに《夢見の魔法》をかけたからだろう。その時から、メーデルはぐっすりと眠ったのだった。


「そう。じゃあ、メーデルは目を覚ましたのね?」

メグが食堂でもぐもぐと桃を食べながら言った。ソユアが食堂に来て、メーデルが目覚めた事を報告したのである。

「はい。大丈夫だと仰るのですが…何かが気になるような素振りをされまして…心配です」

「悪夢で気になる事でもあったのかな?」

ミユが思いきり、焼かれた肉にかじりつきながらも、はっきりとした言葉を話す。

「そうね…メーデルの心を覗けば分かるかもね」

メグが冗談交じりに言った。だが、ミユは「それだ!」と叫ぶ。

「メーデルの心を覗いてよ!それでさ、何か気がかりな事があるようだったら私達で解決してあげようよ!」

「何を言ってるのよ。勝手に人の心を覗けば、それこそ嫌われるわ」

メグは新しい桃の皮をむき始めた。ミユは「え~」と机に突っ伏す。

「あの…何でお二人はこんなに食べる物が違うのですか?」

ソユアが二人に訊いた。メグが桃の皮をむく手を止め、ナイフを机に置いて荷物の入った袋を示した。

「この中に入れていたのよ。持って来ておいて良かったわ。私が元々いたテントから、ありったけの食料を詰め込んできたの」

「どうやってお肉を焼いたんですか?」

ソユアが首を傾げた。メグは「ふふ」と笑って一冊の魔導書を指差す。

「この魔導書に載っている魔法でね、お肉を焼いたのよ。凄いでしょ?ここに書かれている魔法を使うだけで一食分が簡単に作れちゃうの!」

「凄いですね!鍋が無くても出来るんですか?」

ソユアの問いに、メグは得意そうに頷く。

「ええ、そうなの!でもね、鍋がある方がやっぱり美味しいのよね。手間をかけるのは魔法に勝ってしまうのよ」

「やっぱり、手間とは大事ですからね…。ですが、どこでこれを?」

「えっとね…ちょっと待って…」

メグが頭に人差し指を当てて考え込む。

「あっ!思い出した!メイア姉さんが渡してくれたのよ。調理器具が無くても食事が作れるようにって。私の出身の里は山奥にあるから、どうしても町へ下りるには一週間程かかってしまうのよね」

すると、突然食堂の扉が開いた。頭を抱えたメーデルが入って来る。

「あら、メーデル。やっと来たのね!何か食べたい物でもある?」

メグが袋の中を引っかき回しながら言った。メーデルは椅子に座り、メグを見る。

「あ…ああ、じゃあ、果物をもらおうかな…」

「はい、どうぞ。パイナップルよ」

メグが袋からかなり大きなパイナップルを出し、机にドンと置いた。

「ソユア、試しにその魔法でパイナップルを切ってちょうだい」

ソユアが魔導書を手に取り、パラパラとページをめくった。魔法が見つかったのか、手を止めて文字を読み始める。

「分かりました」

ソユアはパイナップルに手をかざした。パイナップルに線を作っていくように、鋭い光が見えたかと思うと、パイナップルが八つに分かれる。

「わあ~!綺麗に切れているね!」

「美味しそうだな」

メーデルはボーッとパイナップルを眺めていた。

「ソユアの魔法のおかげね。……やっぱり、魔法使いの方がよく切れるのかしら…」

メグは穴が開きそうな程パイナップルの断面を見つめている。

「どうしたの?桃をそんなに見つめて」

ミユが肉を食べ終え、唇をぺろりと舐めてメグに問う。

「私がこの魔法を使って切ると、大体何でも凸凹になるのよね。ほんと、不思議だわ」

「それってさ、魔力素の変換が上手く出来てないからじゃないの?」

ミユがじーっとメグを見つめながら言う。

「そうですね。魔力素の変換が不十分だと、魔力の濃さが変わってしまうんです。おそらく、切れ過ぎる所は使われた魔力が濃くて魔法が強く働き、あまり切れていない所は魔力が薄く通常の働きが出来なかったのでしょうね」

ソユアがミユの言葉に付け足すように言った。メグは肩をガクンと落とし、うなだれてしまう。

「はあ…やっぱり、私じゃ無理なのかしらね…」

「そんな事、思わなくても良いでしょ?ソユアみたいに魔法が飛び抜けて得意だとか、そんな感じじゃないとただの器用貧乏だよ?」

ミユがパイナップルに手を伸ばしながら言った。

「そうね、器用貧乏になっちゃうわね。じゃ、《回復魔法》だけを伸ばしていこうかしら」

「それでも良いと思いますよ。私だって、メグ様程《回復魔法》を扱う事は出来ませんし、メーデル様程素早くかつ正確に短剣を振るう事は出来ません。ミユ様も、とても魔法のコントロール、魔力の調整がお上手です。《闇の魔法》なんか、私じゃ遠く及びませんよ」

「ソユアって、褒め上手だね。そう言われると、嬉しくなっちゃうなあ」

ミユが伸びをした。

「じゃあ、《時の宝玉》について、話し合おうか」

サージュが「ガラッ」と扉を開けて、四人に笑いかけながら言った。

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