6章 時を越えて(4)
ソユア達は、大地の国キセランを出発し、時の塔を目指していた。
「良かったの?魔法使いミリア様にお別れの言葉とかも言わなくてさ」
草原を歩きながら、ミユがソユアの顔を覗き込む。
「良いのですよ…これ以上この時空のメイア様やミリア様に関われば、未来が変わってしまいます」
ソユアは溢れてくる悲しみと罪悪感を堪えながら歩いていた。
「過去の人に未来の事を話すのもどうかと思うんだけど?」
メグが少し責めるようにミユ達に言った。
「ごめん。ミリア様とメイア様が凄く悲しそうに見えたから。世界が平和になって、勇者一行も無事に帰って来たという事を、伝えたかった」
「まあ……勇者レオン以外はね。あの人、行方知れずだっけ?」
ミユがメグに尋ねる。「そうよ」とメグは頷いた。
「勇者レオンがどこにいるかっていう噂は勇者一行が魔王を倒した一年程後から聞いた事が無いわね。生死も不明とされているけれど、きっと生きていると思うわ、この世界のどこかで」
「そうですね。とても優しい方だったと…ミリア様が仰っていらっしゃいました」
ミユが「う~ん」と伸びをする。
「もう時空の旅はしたくないなあ…。もう懲り懲り」
「お二人共、過去でも頑張ってくださいましたね。路銀すらも少なかったのに…」
ソユアが「ふふっ」と微笑みながらミユ、メーデルを見つめる。
「ま、ね。私からしてみればそんなに苦じゃなかったけどな」
メーデルが呟いた。ミユは頭の後ろで組んでいた腕をほどき、メーデルの肩に手を置いて尋ねる。
「メーデルはこれまでにどんな苦労をしてきたの?」
「そうだなあ…」とメーデルは考え込んだ。が、何も思いつかなかったように言った。
「分からないな。私自身、そんなに苦労をしてきたのか…もっと辛い思いをしてきた人だっているんだし」
メーデルの顔が陰る。
「そうね…」
皆、黙り込んでしまった。
「まあ、皆苦労してるって事だよ!ね?」
ミユが景気付けようと、明るく言った。「そうね」とメグも頷く。
「私達四人は苦労をしてきた末に、出会う事が出来たのよ。今一緒にここにいられる事を喜びましょうよ。これも、女神様のお導きよ」
「メグってさ、変な所で信心深くなるよね。時の塔へ行く道のりでも、よく女神様に祈ってたよね、例えばさ、戦闘中とかに」
ミユがじーっとメグを睨む。
「確かに、あれは大変でしたね。回復役のメグ様が《回復魔法》を使ってくださらなかったので」
ソユアが思い出しながらくすくすと笑う。
「一回、私も死にそうになったんだけど」
メーデルはそう言って肩を指差した。そこには、魔物との戦闘で出来た傷の痕が残っている。魔物の攻撃が直撃したのだが、メグが祈っていて回復が遅れたのである。
「あの時は、本当にごめんなさい!負けるかもしれないと思って…」
「怪我人がいたらその回復が最優先だよね?いくら何でもさ、強いソユアがいるからって、任せちゃ駄目でしょ」
メグが急いで謝ったものの、ミユに注意されている。まるで、いつもの立場が逆になったようである。
「でも、これで分かったね。絶対に負けるような戦闘をしてはならないって事。唯一の回復役が活躍してくれないから」
メーデルが笑いながら話をまとめた。ソユアも手を口に当てて微笑しながら頷いている。そろそろ、昼下がりに差し掛かる頃だろうか。
夕方、ソユアは歩きながら仲間に伝えた。
「私達が元の時空へ戻るには、時の塔へ向かわなければなりません。気の向くままに旅を進めましょう。焦っていては、いつまで経っても時の塔にたどり着けませんからね」
やがて夜になり、ソユア達は池の近くで野営をする事に決めた。
「池の周りには、あまり一人では近づかないようにしてくださいね。魔物が出るといけませんから」
ソユアは地面にテントを張りながら話した。
「水中で生きる魔物は、水から出ると死んでしまう事が多いのです。でも、体を伸び縮みさせる事が出来るために、逃げても追いかけて来ます。また、賢い魔物は決して水から出ようとしません。たとえどんな手を使っても…。だから、気を付けてください。あと、水の魔物は、どの魔法にでも耐性がありますから、遭遇したら逃げて、仲間を呼んでくださいね」
「分かったよ」
三人は、ソユアの心配性にうんざりとしながら、渋々と答えた。
夜、メグは夕食を食べた後、皆の食器を洗おうとしていた(手伝おうとするソユアは三人に風呂場へ押し込まれた)。しかし、洗おうとした時にちょうど水が無くなってしまったのである(ミユが「こんな夏は冷たいのが良いよね!」と言って氷を作りに作った)。
「ちょっとー!ミユー!あなた氷を作ったでしょ、水に戻して!」
メグはかなり遠くでソユアが残していったニンフと遊んでいるミユに声を掛けた。
「何でー?」
「食器を洗う水が足りないのよ!あなたが水を使い過ぎたせいで!」
メグはじれったくなって右足をトントンと床に叩き付けながら叫ぶ。
「無理ー!今ニンフとメーデルと一緒に冷えてるんだもん!」
ミユは片手にもふもふのおもちゃを持ちながらもう片方の手をヒラヒラと振った。
「あら、そう!じゃあ、あなたが水を出しなさいよ!」
「えーっ!ソユアに頼めば?」
メグは少しの間考え込んだが、仕方なさそうに溜め息を吐いた。
「もう、仕方ないわね。じゃ、水を取りに行って来るわよ!」
メグは両手に大きな入れ物を持ち、防御魔法の張られた外に出た。
「良い夜ね…。星が美しいわ。あれが勇者レオン…その周りが魔法使いミリア様、戦士シリン様、姉さんね。あと二つ、輝く星…あれは誰かしら?」
メグは、占い師として働いていただけはあって星を読んで予知をする事が出来る。彼女達がいる時空はちょうど勇者レオンが旅をしている時期なので、星空の中で最も輝いているのは勇者レオン達の星であった。
「星の数が、違う…一体どういう事?どうなっているのよ?勇者レオンが倒すはずの魔王リバルの他にも、星があるし…」
メグは目を見張り、何度も勇者レオン達の星を見つめる。しかし、星を見間違えていたわけでは無い。最初に見たものと、全く変わりは無いのである。
「悩み始めたら、きりが無いわね。さっさとテントに戻ろう…」
そう言ってメグは池の水をくみ上げる。二つの容器に水をいっぱいに入れ、テントへ戻ろうとすると、池の奥の方に人影が見えた。
「一体、誰かしら?…ソユアに似ているわね、後ろ向きだから分からないけれど…。ソユアかしら?でも、いつの間にお風呂から上がったのかしら…」
その人影は、ゆっくりとメグの方へ振り向いた。その姿はソユアにそっくりの髪や身長であったが、目が赤くギラリと光り、殺意を醸し出していた。
「ソユアじゃない…。魔物だわ…」
すると、ソユアに似た魔物が口を開いた。
『人の子か。久しぶりだな、夜にこの池の前を歩いていた愚か者は』
魔物の言葉が切れたと思うと、緑色の髪は美しい金色に染まり始めた。だんだんと、魔物は僧侶メイアの姿になりつつあった。
『我の体は、話す相手が怖いと感じるものの姿になる。…お前が怖いと感じるのは、自分の双子の姉か』
魔物の言葉が続くうちにも、魔物の姿は僧侶メイアのようになっていった。
『弱き心だな、最も近い者を恐れるなど。情けないとは、思わないのか?』
「情けない…。そう思った事なんて、無いわ」
メグは歯を食いしばり、後退りしていく。
『ならば、今事実を知る事が出来たな。…無論の事、知ったとしてももう遅いのだが』
メグの体が反射的に、後ろを向いてテントの方へ走り出した。
(まずい、このままだと喰われてしまうわ。《聖結界》で封じ込めるしか…)
メグは杖を取り出し、飛び上がった。杖を天に掲げ、叫ぶ。
「女神よ、我らに祝福を。《聖結界》!」
メグの杖の水晶から金色の光が溢れ出す。それはまるで纏いつくように、魔物の体を包んでいった。まるで硝子のように光り、魔物を囲う。




