6章 時を越えて(2)
ソユア達は、急いでミユ達がいなくなってしまった《時の部屋》へ向かっていた。二人は部屋に飛び込むと、部屋の中に流れている《聖なる水》を手にすくい取り、話しかける。
「『我らは人の子。水の精達よ、我に伝えよ。我らの仲間の居場所を』
ソユアとメグは《聖なる水》に耳を近づけ、水の精の声を聞こうと必死になっている。
『我らは水の精。人の子よ、よく聞くが良い。そなたの仲間は魔王討伐の旅に出て間もない勇者一行について行き、宿屋で休んでいる。集落の名は、大地の国キセラン。人の子よ、この国を老魔術師ハクストから救いなさい。我らのためにも、地上の世界の人間達のためにも…』
やがて微かに《聖なる水》から聞こえていた声は小さくなり、途絶えてしまった。
「メグ様。どうやら、ミユ様達はミリア様達が旅に出て間もない頃の時空に飛ばされてしまったようですね。…この時空から未来に、飛びましょうか」
「そうね。あの二人が自力でこの時空に戻って来るのは難しそうだもの。さあ、行きましょう。あの子達の元へ!」
ソユアとメグは《時の宝玉》を見、頷き合った。二人は息を吐いて、示し合ってから同時に《時の宝玉》に触れた。その途端、二人は《時の宝玉》に引っ張られるような感覚を感じ、気が付いた時には大地の国キセランの門の前に立っていた。
「あら、こんなに早く着くものなのね!驚いたわ!」
「いえ、行く先が決まっている場合はこうなるのではないでしょうか。ミユ様達は相当迷ってこの国に着いたのでは…」
ソユアが考え込みながら言う。「そうかもしれないわね…」とメグも思ったが、ミユとメーデルが近くにいるという事が分かっている喜びが抑えきれなかったらしい。
「まあ、細かい事は置いておいて!二人を探しましょう。宿屋は…あっ!あそこだわ!」
メグが指した先には、お客で賑わう大きな建物が建っていた。どうやら、建物の前で芸でもしているらしく、宿に泊まる客や野次馬が次々にやって来て野次を飛ばしている。かなり質の悪い野次馬は芸の途中に乱入して文句を連ねたりとかなり騒がしい。
「あの人だかりは何よ?…あら、ミユとメーデルじゃない!」
「えっ、まさか!…本当ですね。ミユ様とメーデル様です」
ソユアとメグは二人共、目をこすったり、瞬いたりしている。過去に来て数歩で目的を見つけられるとは、思ってもみなかったからである。
「何であの二人が人に囲まれてるのかしら?そんなに目立つ事でもしているの?」
「いえ、何か魔法を使った見世物をしていらっしゃるのではないでしょうか。魔法での芸は、かなりの見ものですからね」
「芸だなんて、一体何してるのよ?あの二人、そんなに目立ちたがり屋だったかしら」
ソユアとメグは宿屋の前へ走り、野次馬をすり抜けて、やっとの事でミユ達に近づいた。やがて、ミユ達もソユアとメグが人だかりに紛れている事に気が付き、見世物を取り止めてソユア達に宿屋の中へ入って来るように会釈をした。ミユ達はほっとしたように息を吐き、観衆達に芸の終わりを告げた。四人がミユ達の部屋へ入ると、早速ミユが口を開く。
「ねえ、ソユア。何ですぐに来てくれなかったの?私達、一か月くらい待ってたっていうのに。魔法を使っただけの芸だって言ったってさ、凄い恥ずかしいんだよ?」
ミユが口を尖らせ、不満そうに言った。いつものように、「むー」と頬を膨らませ、ベッドの上に座っている。
「一か月ですか…。私達はお二人がいなくなってしまった翌日にこの時空へ飛んで来たのですが…」
ソユアが「申し訳ありません」、と少し頭を下げる。
「ミユ。冗談はやめろ。本当は一週間くらいしか、待っていなかったから。安心してくれて良いよ」
メーデルがミユを窘めた。ミユの拗ねたような視線がメーデルに向けられる。
「そう。なら、良かったわ」
メグは安心したようだったが、ミユの反応を見て逆に心配して損をしたような気になっているらしい。いつもよりも、態度が素っ気なかった。
「あっ、そうだ。何でさ、メグは自分の過去を私らに教えてくれなかったわけ?初めて聞いたものだから、驚いたんだけど」
「えっ、えっと…。それは誰から聞いたのかしら?」
唐突にミユが話を切り出した事でメグはかなり動揺していたが、何とか心を落ち着かせてミユに問い返した。
「メグ様はやっぱり、いつか私達に教えてくださるおつもりだったと思いますが…」
「ソユアも、こういう事に口を出さなくても良いから!ソユアだって黙ってたんでしょ!」
ミユがイライラとした声で叫んだ。メグの過去について、ソユアだけがメグから聞かされていたのだと、勘違いしているらしい。
「違うわよ!別に、ソユアも一緒に秘密にしていたんじゃないわ。私がずっと、黙っていたのよ。だから、ソユアを責めるのだけはやめて」
メグが座っていた椅子から立ち上がり、必死になって説明する。
「いつか、皆にも話そうとは思っていたわ。でも、今はまだ早いかしらと思って…。メーデルになら、真実を話しても良かったのだけれど。もちろん、ソユアにもね。ソユアは十分大人よ。ミユは、少し鈍感な所もあるし、全くの大嘘だと思ってしまうかもしれないもの…。それはどうしても困るのよ。真実を知ってもらって、信じてもらいたかったの」
ソユアがちらりとミユを見ると、頬をぷっくり膨らませ、壁と睨めっこをしている。
「…ミユ様、拗ねないでください。子供っぽいでしょう」
「…子供っぽくても良いよ!ふん!きっと誰も、私の気持ちを分かってくれやしないんだから!」
ミユは完全に拗ねてしまっており、このままでは二時間程は動きそうにも無い。
「もう!さあ、立ちなさい!全く、手のかかる子ね!この中で一番の年下だから、甘やかして欲しいのかしら?」
メグがミユを引っ張り起こしながら言った。ミユはぎくりと体をこわばらせ、しゅんとしてしまった。
「あら、図星ね?ふふ、当たったわ。このメグ様には、何でもお見通しなのよ!」
メグは嬉しそうに叫んだ。ミユはメグを睨み付けた後、メグの言葉を無視して昼食を食べに部屋を出て下の階へ降りて行ってしまった。
「あっ、ミユ様とメーデル様は、なぜ宿屋の前で見世物をしていらっしゃったのですか?」
ソユアが聞きたいと思っていた事を尋ねる。
「あ…それは、宿屋代が足りなくなったからさ。ずっと勇者様達に払ってもらうっていうのも気が引けたし…。ミユが見世物をしてみようっていうからさ…」
メーデルが「仕方が無かったんだよ」と首を振りながら、訳を説明した。
「そうですか。お金はたくさんあったんですけどね…」
ソユアは少し目を細め、苦笑いをした。
「えっ、そうだったのか…驚いたな。じゃあ、なぜ持っていないんだ?あっ、そうか。銀行に預けられる!」
メーデルは元々お金というものを管理した事が無かったので、銀行に関してはあまり知らない。
「ええ、そうですね。確かに、銀行に預けています」
メグが、延々続きそうなソユアとメーデルの話を遮った。
「もう、お金の話はいいの!それよりも、昼食を食べに行かないと!私達、何も食べずにこの時空へ飛んで来たっていうのに!そういえば、最初はお腹が空いていなかったのに、何で急に空いたんでしょうね?」
「この時空に飛んで来る時に体に負担がかかって、お腹が空くんです。メーデル様達もそうだったでしょう?」
ソユアがメーデルに尋ねた。
「うん。そういえば、凄くお腹が空いて、勇者一行にパンを分けてもらったよ。…ミユなんか、それでも足りなかったようだけどさ」
メーデルの言葉を聞いて、メグは少しほっとした様子である。
「そうなの。なら、仕方ないわね。…急に、私が食いしん坊になったわけじゃなくて良かったわ。とにかく、たくさん料理を食べなくっちゃ!」
「そうですね。たくさん食べないと!」
ソユアとメグは顔を見合わせて、にっこりと笑い合った。そして手を出して、「えいえいおー!」と叫ぶのであった。




