6章 時を越えて(1)
ミユ達は、辺り一面には何も無い草原の中を歩いていた。
「はあ…。どうしよう。間違えて、違う時空の世界へ来ちゃったようだね。ソユア達は今、どこにいるのかな」
ミユが不安そうに言った。メーデルはそれに返事をせず、時空の渦に巻き込まれる直前に何が起こったのか、思い出そうとしていた。
(やっぱりだめだ。どうしても思い出せない。あの時、気を失ってしまったんだな…)
「ねえ、メーデル。聞いてる?ほら、ずっと言ってるよね、あそこに人がいるって。ずっと返事もしてくれないし…」
「…すまない。違う事を考えていた。…人がいると言ったか?」
メーデルは辺りを見回した。遠くに、話しながら歩いている四人組が見えた。
「ね、そうでしょ?何でそんな驚いてるの。ここは魔物が弱そうだし、数も少ない。冒険の初心者には、持って来いの地なんだよ。ほら、行くよ」
ミユはそう言って急にメーデルの腕を掴んだ。そして、急に走り出す。メーデルも急いでミユの後を追いかけて行った。二人はあっという間に四人組に追いつき、話しかける。
「すみません。あの、この近くに村とか町とかはありますか?」
「いいえ。私達も存じ上げませんの。この地方に来たのは、初めてなものですから…」
ミユの一番近くにいた女性が答えた。栗のような茶色の美しい髪を垂らし、《回復魔法》に向いた杖を持っている。
「もしや、あなたは…僧侶メイア様!」
ミユは驚いて、大きな声で叫んだ。
「ええ、そうですけれども…。なぜ私の事をご存じなのですか?」
「え、だって、凄く有名な方ですから…」
ミユがうっかり、口を滑らせてしまう。
「有名?それはどういう事でしょうか?私達は、まだ旅を始めたばかりですのに…」
もちろん、僧侶メイアは訳が分からない。混乱しているようで、隣にいる魔法使いミリアらしき人物に話しかけようとしていた。
「いえいえ、あなた達は、魔王を倒した事で凄くゆうめ…ぶぐふっ!」
口を滑らせた事に気付かなかったミユは話を続けようとした。が、その声が途中で途切れてしまう。
「え?今、何と?」
メーデルが、急いでミユの口を塞いだのであった。僧侶メイアはあまりよく聞こえていなかったようで、ミユに聞き返す。メーデルは困ってしまったが、瞬間的に思い付いた言い訳が口を突いて出て来た。
「あっ、その…。私達の村は、とても情報が伝わるのが早くて…。それで、あなた達の事も知っているのです」
かなりしどろもどろになってしまった言い訳だが、何でも信じるタイプなのか僧侶メイアは納得してくれたようだった。
「まあ、そうなのですね!よく分かりましたわ。…ならば、少しの間だけでも、ご一緒しませんか?村や町を探していらっしゃるのでしょう?私達もそれが今の目的ですから」
「よろしいのですか?」
メーデルが驚いたように僧侶メイアを見つめる。メーデルに口を塞がれると共に、足をかけられてこけてしまったミユの目がキラキラと輝いた。もちろん、地面に尻もちをつきながら、である。
「ええ、出来れば、あなた方のこれまでの旅の冒険談も聞かせていただきたいものですわ!そんなにお耳が早い村だなんて、とても気になりますもの」
「えっと、それは…」
ミユとメーデルは言葉に詰まる。違う時空―しかも、過去の人間に、未来の事を教えるわけにはいかない。
「無理ですか?残念ですわ。ですが、仕方がありませんわね」
「い、いえ。もし、宿屋で魔法使いミリア様と二人きりで来てくださるというのなら…。少しばかりは…」
しかし、メーデルは話をする事を承諾してしまった。ミユはばっと振り返り、メーデルを見つめる。
「あら、そうですか?ならば、行かせていただきますわ。ふふ、楽しみにしていますわね」
僧侶メイアは二人が未来から来た人間だとは露程も思わず、とても嬉しそうだった。どうやら、僧侶メイアはミユのように自分から話すのではなく、人の話を聞くのが好きらしい。
「…良いの?勝手に違う時空の人に未来の事を話してしまっても…」
ミユが心配そうにメーデルに訊いた。メーデルは気が重そうに頷く。やはり、未来の事を話すのにはまだ抵抗があるようである。
「…良いだろう。彼女達なら、きっと分かってくれるはずだ。それに、事情を分かってもらえれば、時空を渡る方法だって分かるかもしれない。もしかしたら、知っているかもしれないからね」
ミユ達と勇者一行は、苦労をして村、町を探し回り、ようやく小さな町にたどり着いた。
「ああ、もうくたくた。早く、宿屋で休みたいな」
ミユが呟く。僧侶メイアは、疲れているようにも見えたが町を散策したいと思っているらしく、早く次の日になるのを待ちわびていた。
夜、ミユ達もそろそろ寝ようかと準備をしているところに、魔法使いミリアを連れた僧侶メイアが部屋に入って来た。
「ミユ様、メーデル様、あなた方の冒険談を聞かせてくださいな」
ミユとメーデルは顔を見合わせた。僧侶メイアと魔法使いミリアはそれぞれ近くに置いてあったソファなどに座り込み、冒険談が始まるのを今か今かと待ち構えている。
「えっと…あなたが魔法使いミリア様ですか?」
「ああ、そうだが…」
魔法使いミリアは身長も高く、綺麗な黒髪をしていた。長い髪が邪魔にならないように、高い所で髪を束ねている。
「では、お話は私が仲間に入れてもらう前から始めましょうか。この事については、ミユの方がよく知っていますよ」
「ミユ様、どうか、お話しくださいませ」
僧侶メイアは高まる気持ちを抑えようと、胸に手を当ててゆっくりと深呼吸をしている。その仕草が、メグとそっくりだった。
「…私達は、この時空の住人ではありません。未来の時空から来た者なのです。魔法使いミリア様、あなたは将来、弟子を取ります。その子の名はソユア、そしてあなた達の仲間の女戦士シリン様の姪です。その子の力はとても強く、《女神の魔法》を操る事が出来ます。よろしいですか?」
「いや、私は弟子を取らないと決めている」
魔法使いミリアは真っ向から否定した。ミユは首を振り、続ける。
「いいえ、たとえそうでも、あなたはソユアを弟子に取る事になる」
「どうか、先を続けて」―
ミユ達は淡々とこれまでの旅の事を語り続けた。そして、ミユがメグを仲間に加える事になった部分を語り始めた時、僧侶メイアが突然口を挟んだ。
「待ってください。今、メグと…メグとおっしゃいましたね?その子は、綺麗な茶色の髪で、輝く水晶がはめられた、木で作られた杖を持っていますか?」
「はい、その通りですが…」
ミユが頷く。僧侶メイアは目を見開いたが、覚悟したようにじっとミユとメーデルを見つめた。
「ならば、その子は私の双子の妹です。私よりも大いなる力を持った、選ばれし賢者」
当然、メグ自身の話を聞かなかったミユとメーデルは僧侶メイアの言う事が理解出来ない。
「えっ、でも…彼女は僧侶ですし、そもそもあなたよりもかなりの年下ですよ?」
「それは、あの子がまだ自分の《攻撃魔法》の才能に気付いていないだけです。…本当は、私でだって賢者になる事は可能でした。でも、賢者の《攻撃魔法》の分だけ、僧侶の《回復魔法》の能力を高めたいと思ったのです。…私は、未来を見る事が出来るのです。だからこそ、将来に魔王討伐の旅に出る事を知り、《回復魔法》の鍛錬に徹したのです。でも、メグの未来は、あえて見ないようにしていました。あの子が里で封印されたまま亡くなってしまうのがたまらなく恐ろしかったからなのです。でも、あの子が無事だというのなら、安心しました。…あの子は、封印されている時の間、成長が止まっているのです。だからこそ、未だに十歳の子供のまま。なのに、私は…あの子が封印されていた間にこんなにも成長してしまった。あの子との約束は結局、守る事が出来なかった…。すみません。先をお続けになって…」
僧侶メイアの目から涙が溢れた。長い間会えず、話す事も出来なかったメグを思い出したのだろう。
「いや、でも…」
「すまないが、話の続きはまた今度にしてくれないか。メイアの気分が悪そうだ」
魔法使いミリアが僧侶メイアを支えながら、ミユ達に告げた。しかし、僧侶メイアはしゃくり上げながら首を振る。
「いいえ、私の事はお気になさらずに。どうか、早く。話の続きを…」
「メイア、大丈夫か?」
魔法使いミリアが僧侶メイアの顔を覗き込む。ハンカチを取り出し、頬を伝う涙をぬぐってやった。
「ソユアはきっと、近いうちにこの時空へ来るはずです。でも、どうか、未来を変えないでください。私達が話した事を、誰にも話してはならないのです。では、お話の続きをします―」
ミユ達は、話の続きを魔法使いミリアに聞かせた。魔法使いミリアは、ソユアに興味を持ったらしく、しょっちゅう話に口を挟んだ。
「―さあ、これでお話は終わりです。今、私達はソユア達と離れ離れになっているんです。元の時空に帰る方法を、ご存じではないですか」
「…そうか。時空を超える、か。確かに、時の塔は存在すると言われている。《時の宝玉》もだ。…ソユアは、《水の精なる民》か。ならば、ここに来る事も容易いのだろうな。つまり、お前達が時空を超える冒険が出来たっていうのも、全てソユアのおかげだな。そして、私達も心配していたメイアの双子の妹、メグや私の弟子について知る事が出来た。礼を言うよ。ありがとう。だが、私は時を渡る方法は知らない。少なくとも、師匠であるシルクは時を渡る事について、何も口にしなかった」
ミユ達は少しがっかりしたようだったが、その素振りを見せないように、頑張って振る舞った。
「い、いえ…。ご存じでなければ、いいんです」
魔法使いミリアが、思い付いたように言う。
「そうだ。もう、私達の旅にはついて来なくても良いからな」
勇者一行の旅について行って、元の時空に戻る方法を見つけようと思っていた二人は首を傾げた。
「え…?なぜですか?」
「ソユアとメグがお前達を見つけるときに、お前達が動き回っていたら困るだろう?ソユア達はてんてこ舞いになるじゃないか」
「あっ!」
当然の事を言われて、ミユ達ははっと気が付く。確かに、時空を渡った場所から離れれば離れる程、ミユ達の居場所を特定するのは難しくなるというものだ。
「まあ、別に良いさ。じゃあ、私達は部屋に戻るよ」
魔法使いミリアは、僧侶メイアを連れて部屋を出て行った。僧侶メイアは赤くなった目で二人を見つめ、二言程お礼を言ってから立ち去る。魔法使いミリア達が出て行き、扉が閉まった時にミユが口を開いた。
「驚いたな、メグが僧侶メイアの双子の妹だっただなんて。うん?待てよ、僧侶メイアは私らよりも年上だから、つまり…。メグは私らよりも年上なんだ!うう…自分よりちょっと上だと思って、気軽に接してたのに!」
「仕方がないだろう。メグだって許してくれるさ。あいつは良い奴だし…」
メーデルが、自分の髪をくしで整えながら言った。元々容姿には無頓着だったメーデルだが、ちゃんと髪、服などを綺麗にしているソユア、メグを見て多少は気にしようと思い立ったのである。
「それを言うあんたこそ、そんな言葉づかいにしても良いわけ?」
ミユが睨んでいるかのような視線をメーデルに向けた。
「いや…。別に良いわけじゃ無いが…」
「ほら!やっぱりそうでしょっ!…全く!メーデル、あんたもちゃっかりしてるよね」
ミユは腕を組んで、「もーっ!」と言いながら右を向いてしまった。
「ふふ、ミユ、お前もいつか分かるさ。自分の事をよく理解してくれる人がいてくれるのがどれ程嬉しいのかって事をね。メグも、私の事を分かってくれていたのさ。それに、ソユアだってそうだな…。メグは、お前の事を鈍感だとも言っていたけれどね」
「ふん!何とでも言ったら良いもん!…まあ、確かに、昔はよく鈍感だとも言われたけれど…」
ミユは拗ねてしまったようで、体ごとぷいと後ろへ向いてしまった。メーデルは耳飾りを外し、大切に箱の中へしまい込むと、ベッドに横になった。
「なあ、ミユ。ソユア達は、ここまで来てくれると思うか?」
頭の所で腕を組み、ちらとミユを見ながらメーデルは呟く。
「…ソユアをそんなに信用していないの?ソユアはきっと来てくれるはずだよ?」
ミユは拗ねながらも、ソユアの話にだけは答えた。
「いや、そうじゃない。ただ、心配になっただけだ。でも、来てくれたら良いと思う…」
メーデルはじっと、天井を見つめている。




