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5章 水の女神(5)

 「はあ、はあ、はあ。ミユ様、メーデル様…」

ソユアは後ろを魔物に追われる中、一生懸命に走っていた。当然の事、足は魔物の方が早く、ソユアが魔物に捕まるのも時間の問題であった。だが、ソユアは急に上に飛び上がり、天井からぶら下がっていた紐のような物を引いた。その途端、「ガコン」と大きな音を立て、天井から隠し階段が降りて来た。彼女は階段を駆け上がり、目の前に立ちはだかる扉に《聖なる水》を垂らす。すると、扉が大きな音を立てながら開き始めた。ソユアは完全に開くのも待たずに急いで部屋へ入り、中を見回した。

(この部屋は時の塔と同じ役目を果たす場所。つまり、時の塔のように過去と現在、未来を行き来する事が出来ます。もし、ミユ様かメーデル様が誤って《時の宝玉》に触れてしまえば、時空の渦に巻き込まれる事になってしまう…)

しかし、ソユアの目はミユとメーデルの姿を捉えなかった。彼女の目に映ったのは、焦って《時の宝玉》を覗き込むミリアと、興味のないような目で屋敷の窓の外を見つめる シルクの姿だけだった―。

「ミユ様!メーデル様!ミリア様、お二人はどちらに…?」

ソユアはすがるかのようにミリアに問いかけた。ミリアは震える声で言葉を発した。

「ソユア…。二人は…二人は…時空の渦に巻き込まれてしまった…。きっと…未来に行ってしまったんだ…」

「そんな…。ミユ様…メーデル様…」

ソユアは少しの間呆然としていたが、だんだん彼女の目から涙が溢れだした。

「すまない、ソユア…。二人が慌てていて《時の宝玉》に触れてしまったのかもしれない…」

「うっ…。お二人には強い《回復魔法》が使える人がおられないのです…。メグ様はこの館にいらっしゃるのですから…。どの時空か、見当はおありですか…?」

「…そうだな、魔王討伐の旅をしている際にミユとメーデルのような二人組に会った事がある。もしかすると…、彼女達の名も、それぞれミユとメーデルだったはずだ」

ミリアがかつての旅の記憶を呼び覚まし、答えた。かなり最初の頃での出来事らしく、彼女の記憶も曖昧である。

「そうですか。では…メグ様と一緒にお二人がおられる時空へ行かなければなりません…ミリア様、ありがとうございました」

ソユアは言葉を言い終えると、急いで走り去ってしまった。ミリアは成長したソユアの姿を見て、ミリアは呟いた。

「あの子は、もう私を超えてしまった。驚く程の成長だ。いつか…あの子に幸運が訪れれば良いのだが」


ソユアは寝室の扉を開いた。メグは割と体も回復したようで、ベッドに座って本を読んでいた。メグはソユアが戻って来た事に気が付くと、ぱっと立ち上がり、微笑んだ。

「ソユア、ミユとメーデルは見つかって?ええ、二人共無事でしょうね!そう、きっと無事ですとも…」

メグは途中から自らに言い聞かせるかのように、言葉を発した。だが、ソユアの表情からミユとメーデルの身に何かが起こったという事を感じ取ったようで、メグの表情がこわばった。

「まさか…そんな…」

「ええ、まだお二人は無事だろうという事について、確信はありませんが、きっと…きっとまだご無事でしょう。ですが、お二人の前にとても強い魔物が現れれば、きっと負けてしまいます。…過去へ、行きましょう?」

ソユアはメグを見つめた。メグは少し躊躇っているようである。

「どうなさったのですか?」

ソユアが心配そうに尋ねた。また、メグがすぐに頷かなかった事に何か違和感を感じたようでもある。

「会いたくない人がいるの。ミユ達を助けに行けば、絶対に顔を合わせる事になってしまう」

「どなたですか?勇者一行の方々のお一人ですよね?」

こういう事に関してはかなり鋭いソユアである。メグは少し驚いたようだったが、「そうよ」と頷いた。

「よく分かったわね、違う人かもしれないのに。そう、勇者一行の一人、僧侶メイアに、会いたくないのよ」

そう言って、メグはベッドに飛び込み、布団の中に顔をうずめてしまった。

「ソユアは知らなかったでしょうね。あなたには昔の事を話させておいて、私は自分の事なんか、何も言わなかったもの。ごめんなさい。…私は僧侶メイアの妹よ。詳しく言えば…双子だわ。私の方が、妹なのだけれど。でも、姉さんよりも力は大きかった。師匠も私達二人の面倒も見てくれたし。…でも、力が大きかったからこそ、里の人達に恐れられたのね。それに…私と姉さんは、ある役目を担っていた。命を懸けて、あるものを守るのよ。…今は言えないけれどね。それで…何年も前、私は里の人々に捕らわれていたの。その当時はまだ十一歳。僧侶としての才能もずば抜けていて、これ程力を持った聖職者はいないと、よく村の長老に言われたわ。でも、まだその才能は全て開花していないって。でもね、そして、封印された。その間、人よりもゆっくりと時が過ぎていったの…ううん、違うわ。時が止まっていたのね。十一歳のままだったのよ。でも、流行り病が蔓延して里の人達が追われていたある日、里が老魔術師ハクストの刺客に襲われて…。これは全て聞いた話だけれど、きっと本当よ。認めたくはないけれど。私、封印されていた時は頭も働いていなくて。九年後、私を封じ込めた壺を操る人もいなくなり、姉さんが私を解き放ってくれた。私が目覚めたとき、姉さんの姿はとても変わっていた。…成長していたの。大きくなったら、二人で一緒に旅をしようって、決めていたのに…。私を置いて、一人で成長してしまった。でも、仕方がなかったのね。姉さんは私に、里から逃げろと伝えた後、病人の手当てと戦いに必要な物を補充して…。きっと亡くなってしまったのだと思うわ。僧侶は魔法使いとは違って強い《防御魔法》を張る事は出来ない。もっと、魔法使いとか、戦士とか、武闘家とか…強い人がいたら良かったのにね。あの里は、里の者以外入れたがらなかったの。考え方が古かったのよ。外の穢れを持つ者は、聖なる力を持つ賢者に害を及ぼすって…勇者は別だったらしいけれどね。それに、もうあの里には戻りたくはない。封印されていた壺が、まだ残っていると思うもの…。もしかすると、姉さんの形見とかだって…」

布団にうつ伏せになったままのメグが話しているので、声がかなりくぐもって聞こえる。

「…そうですか。では、もう…ミユ様とメーデル様の居場所は分からないという事ですか…」

ソユアは明らかに落ち込んでしまった。メグは布団から飛び上がり、ソユアを見つめた。そしてベッドのそばに置かれた靴を履く。

「ねえ、ソユア。少し散歩をしましょうよ。きっと、気分が晴れるわ。」

「分かりました。では、ほんの少しだけ…」

ソユア達は沈んでしまった気持ちを奮い立たせ、外へ出て来た。二人はしばらくの間、草原の中を歩いていたが、きらきらと輝く湖の前に来た時、ふと立ち止まった。

「メグ様。この湖はきっと、私達の悲しみを知らないのでしょうね。いつまでも、いつまでも、美しく輝いて、喜びを育んでいるのでしょうか」

「さあ…。どうでしょうね。私には…よく分からない。…ソユア、何してるのよ!」

ソユアは靴を脱ぎ、湖の水に足を浸していた。すると、急に水を手にすくい取って眺め始めた。

「どうしたの?何か気になる事でも?」

メグはギリギリ靴が水に浸らない場所に立って、ソユアの手を覗き込む。

「いえ、ただ…。この水達はミユ様とメーデル様の居場所を知っているのではないだろうか、と思っただけです。いえ、きっと…この水達は知っています。メグ様、水はさまざまな時の記憶と共に在るんですよ。さあ、水達に話を聞きましょう!」

「えっ、ちょっと、どういう事?な、何するのよ!」

ソユアはぱっとメグの手を掴むと、湖に潜り込んだ。メグも巻き込まれて水に潜り込み、水の中でも息が出来るよう、結界を張った。

「『我らは人の子。水の精達よ、我らに伝えよ。我らの仲間の居場所を』」

『我らは水の精。人の子よ、我らは知らない。そなたの仲間の事、またその居場所をも。我らは時の塔の記憶を知らぬ。知りたければ、問うてみよ。仲間が消えてしまったその場所に、潜み隠れる水達に。我らは湖に住まう水の精。我らは知らぬ。…人の子よ。時は過ぎていく。我らも消えねばならぬ。人の子よ、自分の世界へ戻るが良い…』

ソユア達の耳に響いてきた不思議と揺れていた、水のように透き通った声は、だんだんと小さくなっていき、消えてしまった。

「分からなかったわね、ミユ達の居場所。一応、手掛かりは掴めたけれど。…やっぱり、私の責任だわ。二人と一緒にいれば、時空を飛んでしまうのも防げたかもしれないのに。私が、一番年上だったのに…」

ソユアは相変わらず微笑んだままである。特別、危機感があるわけでも無さそうだ。

「気になさらなくとも、大丈夫ですよ。現に、ミリア様がミユ様達のような二人組に会ったと仰ったではないですか、ね?きっと、分かります。急がば回れとも言いますし。あまりに急ぎ過ぎると、逆にさらに時間がかかる事の方が多いんですよ。ミユ様達がどこにいらっしゃるのか、あの部屋はきっと…知っているはずなのです」

メグは決心したように頷いた。

「…そうね。いなくなってしまった二人を、必ず、見つけ出してみせる」

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