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1章 小さな魔法使い、ソユア(2)

 ソユアは孤独の魔術師ディザイアの城の前に立った。厳重な警備が施されているのかと思っていたが、どうやらかなり手薄のようだ。

「すみません、シルク様のお使いで参りました。魔法使いソユアと申します」

ソユアが呼び掛けると、目の前の扉がギギギ…と開き、鋭い声が聞こえてきた。

『待ち兼ねた。早く、入って来い』

「あ、ありがとうございます…」

(もっと厳格な方かと思っていたのですが…どうやら違ったようですね)

ソユアはそう思いながら城の中に入って行く。相手の魔力を感じ取ろうと魔力素の反応を確認する事に集中した。そして、孤独の魔術師ディザイアのいる部屋を探す。案内役の魔物もおらず、完全に何の気配も感じられなかったからである。かなり長い間歩き回ると、目の前に魔法で封じられた扉が現れた。

「ここが、孤独の魔術師ディザイアがいる部屋…」

ソユアは扉の解析を始める。原理を理解すると、魔法を解き始める。

「《封印魔法解除》」

魔力の風で彼女の髪がなびく。ソユアは唇をぎゅっと結び、扉を見つめていた。やがて、扉が大きな音を立てて開いた。ソユアは覚悟を決め、中に入る。その部屋の奥には椅子が置かれ、そこに男性が座っていた。

(魔力が放出される魔法を使っていない今でも感じられるこの魔力の量。あまりにも強大過ぎる…。もしこれでも魔力を制限しているのだとすれば?)

『怖いか?魔法使いソユアよ。俺の事が怖いか。そうだな。まだ十四のお前が来るべき所ではないからな』

奥から聞こえてくる声は若い。真っ暗で判断がつかないが、椅子に座る人影も、老人には見えなかった。

(まさか…これ程若くして闇の三大魔術師にまで登り詰めた人なのでしょうか?)

ソユアの顔を冷や汗が伝う。足を組んで肘を付いていた人影は立ち上がり、ソユアに近づいて来る。

(逃げますか?いや、追い付かれてしまいます。その前に、きっと殺されるでしょう)

『剣は口よりも物を言うと聞いた事がある。ならば、我らの生業である魔法を交わせば、互いの事も分かるかもしれないな。魔法使いソユア、俺と戦ってみるか?』

青年はそう言って杖を取り出す。

(断れば、殺されるだけ。ここは承諾しなければ…)

ソユアはコク、と頷いた。青年はソユアの顎をくいっと持ち上げる。

(殺される…!)

ソユアは自身の死を覚悟した。暗がりの中、なぜか青年の瞳がくっきりと見える。その瞳には、表だけの哀れみがあった。

『可哀そうにな。実戦でも使えない魔法を教え込まれるとは』

青年はソユアの顎から手を離し、杖を構えた。

『立て。魔法をかけてみろ』

ソユアはゆっくりと立ち上がり、杖を構えた。しかし、体がなぜかふらついてしまう。

(体が、言う事を聞かない…)

次第に、頭も重くなってくる。原因は、辺りに漂う香りからだと予想出来たが、確信は無い。

(仕方がありません。とにかく、今出来る事を…)

「《惑わしの香の魔法解除》」

ソユアは天井に手を伸ばし、魔法を唱えた。ゆっくりとだが魔法の香りが晴れていく。すると、体のしびれや頭の重さも消えていった。

「これなら、公平に戦えますね。《稲妻の魔法》!」

ソユアは鋭い目つきを青年に向けた。と同時に、青年の頭上から大量の激しい稲妻が降って来る。油断をしていたのだろう、その稲妻は青年に当たっていった。しかし、稲妻によって出来た傷もズズズ…と再生してしまう。彼はチッ、と舌打ちをし、ソユアの額に触れる。

『《滅びの呪いよ、少女の命を喰らえ》』

突然、ソユアの体にある全ての感覚が無くなった。何も感じられない。見えるのは、幼い頃の自分と母親の幻覚だけだった。

「よくお眠りなさいね、私の可愛い子…」

緑色の髪の赤子が眠るベッドの隣に女性が座り、赤子を寝かしつけている。

(お母様…)

その時、ふっとソユアの意識が途切れた。


ソユアの体に鋭い痛みが走った。目を開けると、元いた部屋の中が見える。うっすらながらも、感覚が戻ったのだった。痛みが走ったのは左腕。動かして傷を見ようとしても、腕は動かない。彼女の髪、顔に、生温かいものが触れた。

(血が、流れている。…私の血?)

ソユアの目から、涙が伝う。

(私、こんな所で死んでしまうのでしょうか?)

『そろそろ目を覚ませ、魔法使いソユア。お前は世界を救う者だ。いつかは闇の三大魔術師の一人にしてその頂点に立つ老魔術師ハクストを倒すだろう。お前は、女神様の加護を受けている。そんなお前の血を飲めば、俺は不老不死になれるだろうな?』

声のした方に目を向けると、青年が真っ赤に染まった手をぺろりと舐めているのが見える。

(だから、私の血を…)

『お前に用は無くなった。帰れ』

青年はそう言って立ち上がる。マントを翻し、奥の椅子まで歩いて行った。彼が離れた途端、ソユアの体が軽くなった。ソユアはゆっくりと身を起こす。左腕を見てみると、思った通り、深くえぐられていた。傷から見て、短剣だろう。どうやら魔力の籠った短剣で傷を付けたらしく、とても《回復魔法》では治りそうにない。

「…最後に一つだけ、お聞きしても良いですか?」

ソユアは自分のローブで傷を隠しながら青年に向かって言う。

『何だ?』

「なぜ私の血を飲めば不老不死になれるとお思いになったのですか?」

青年は相変わらず冷酷な声で答える。

『お前が女神の加護を受けし者だからだ。それ以外の理由は無い』

「そうですか。ありがとうございます」

ソユアも冷酷な声で答え、部屋を出て行った。

『お前と戦える日が楽しみだな、魔法使いソユアよ。あのお方がおられぬ今、お前を守る存在も無いだろう』


 シルクの屋敷へ移動魔法で戻ったソユアは、シルクの部屋へ向かった。

「入れ」

シルクの声が響いてくる。ソユアはシルクの座る椅子へ歩いて行った。

「…私の血を飲んだ彼は、不老不死となる、そう言っていました。…どうやら私はもうミリア様の所へ帰った方が良さそうですね」

「鈍いようにも見えるが、察しは良いのか。私はお前を気に入っていない。しかも、大怪我をして帰って来た。これしきの事で怪我をするなど、これから世界を救おうとする者の名が廃るだろうに。今の私は機嫌が悪い。お前のような偽善者で、弱者が世界を救うなどと。当の本人のお前は、事の重みすら理解していない。覚悟の出来ていない者が世界を救えるはずが無い。…もう一人の偽善者も、世界を救う事は出来なかった。早くこの部屋を出て行って、私の目の前から消えてくれ。私は時機に訪ねる。さあ、行け」

「ありがとうございます。…では」

ソユアはシルクの屋敷から去った。


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