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5章 水の女神(4)

 「そうか。この世界では、矛盾が起きておる。わらわの仲間の女神が滅びてしまってからな。水以外の《精なる民》の集落が無くなっていっておるのだ。急がねば、この世界が滅びてしまうぞ。水の都エマール以外に今現存しておるのは火の都フレイムと、大地の都、キセラン国くらいじゃ。空の都ヴォルケと、風の都ウィンドミルはすでに、滅んでおる。それに、火の都フレイムも《火の精なる民》達が次々と命を落とすようになったときた。これでは、全ての《精なる民》らの集落が滅び、《精なる民》が死に絶えるのも時間の問題だろう」

「空の女神様は、いらっしゃらないのですか?」

ソユアが問う。水、火、風、大地、空の女神の中で最も位が高いとされ、他の四人の女神をまとめる役を担うのが空の女神であるというのは《精なる民》達の常識である。

「空の女神はもはや存在せぬ。火の女神、水の女神、大地の女神、風の女神が揃ってこその女神だからじゃ。もしこの四人の女神のうち一人でも欠ければ、彼女は存在できなくなる」

「そんな!世界は滅びるのですか?女神様を蘇らせる事は?空の女神様がいらっしゃらなければ、どの女神様だって…。水の女神様も、滅んでしまうかもしれない!」

ソユアは完全に取り乱し、いつもの冷静さを忘れていた。頭を抱えて部屋の中を歩き回っている。ついには力の抜けたように座り込み、呆然と床を見つめていた。

「ソユアよ、女神という存在は、人が考え出したものなのだ。だから、人が新しく女神を考え出せば、女神達は蘇るであろう。しかし、そうすれば世界は変わるのじゃ。今の姿ではなくなる。つまり、今とは全く違う世界になる事もあり得るのじゃ、人の想像次第ではの。さて、この世界にはもう一人、神が存在する。だが、その者は恐ろしい性格でな。それもまた人の力で生み出された者なのじゃ。しかも、その者は少し我らとは違っての。人の邪心から作り出されたのじゃ。しかも、その者は人を意のままにする事が出来た。だからこそ、昔に封印されていた魔王リバルは蘇る事となったのだ。ソユアよ、そなたの母親は幼き頃に彼にそそのかされたのじゃ。そして、夜な夜な封印された魔王リバルの城に行き、破壊神の力を注ぎ込んだ。そして、魔王リバルの封印は解け、魔王リバルは動き始めたのじゃ。しかし、そなたの母親のしてしまった事を知っている者が家族に一人だけ存在していた。姉のシリンじゃ。シリンは妹のした事について、自分が妹の代わりに償いをしなければならないと感じていた。そして、わらわを訪ねてきたのだ。彼女は、妹の記憶を消して欲しいとわらわに頼んだ。魔王リバル、そして破壊神についての記憶じゃ。仕方なく、わらわはその願いを引き受けた。だが、もし引き受けなければそなたは生まれなかったのかもしれぬ。そなたの母親は魔王リバル、破壊神についての全てを忘れ、元のように暮らしていた。そしてそなたの父親と出会い、結婚してそなたを産んだ。シリンは旅に出て、仲間と共に魔王リバルを倒した。その後も、シリンは償いはまだ終わってはいないと考え、結婚もせず、一人で暮らしておるのじゃ。よいか、あの者は一生を懸けてでも妹の罪の償いをしようとしておる。そして、ソユアよ、そなたは選ばれし者なのだ。偶然な事に、そなたには五人の女神の《精なる民》の血が流れておる。しかも、《精なる民》の魔法を使う事の出来る条件が揃っていた。だからこそ、我らはそなたに力を与えたのじゃ。そなたの魔法、武術の強さは我らが授けた力と、そなたの努力によって成り立っておる。分かったかの?」

「母が…魔王リバルを蘇らせたのですか…。そんな…そんな…」

ソユアの目から涙が溢れてきた。彼女の声は震えている。しかし水の女神の言葉は厳しく、それがまたソユアをどん底に落とした。

「そうじゃ。悲しくとも、これは事実じゃ。知っておかねばならぬ。良いか、そなたは母親の償いはしなくとも良い。シリンがやってのけてくれたからの。だが、そなたは老魔術師ハクストを倒すのじゃ。これは、そなたが生まれてくる前から授けられた使命なのだから。過酷に感じてしまうやもしれぬ。たとえそうでも、わらわは出来る限りそなたの手助けをしよう。さあ、これで話は終わりじゃな。これ以上泣かれてはサージュに叱られるであろうからの。部屋へ戻り食事をするが良い。皆もそろそろ食事の時間じゃろうからの」

「はい。ありがとうございました」

ソユアは扉を開き、部屋を後にした。女神はソユアの後ろ姿を見て、呟いた。

「ソユアも、また大きくなったものじゃ。…あの子は、この旅で命を落とすやもしれぬ。そのような事が起こらぬよう願うものだが、もしもの事があれば、その時は…わらわは見守るしかないのか?」


ソユアが寝室に入ると、サージュが薬と食事を持ってやって来た。

「ソユア、やっと起きたんだね。ずっと魔法使いミリアが心配していたよ。本当に、君は幸せ者だ。羨ましいくらいだよ。こっちは毎日女神様をベットから絞り出すのに苦労してたっていうのに…」

「サージュ様、尋ねてもよろしいですか?…あの、破壊神と呼ばれている者について、何か知っていらっしゃいますか?…私達は、その人物を追わなければならないのです」

サージュの言葉を遮って、ソユアが尋ねた。彼女の頭の中は、破壊神という存在の事でいっぱいらしい。

「そうだね、噂は聞かないでもないけど。ソユアに言ってみても、彼を追う事が出来るのかどうか。彼の話もいくつかは存在するよ、でも話しても今もその通りなのかどうか…。誰にも分からないんだよね。でも、少しばかりは…。うーん、彼についてはいろいろな意見があるんだけど…。彼は元々人間だ、という者もいれば、彼は道を踏み間違えた神だという者もいるんだよね。いずれにしろ、彼は人間達を超えた長生きなんだって事は言える。数十年ごとに新しい噂がいくつも飛び交うんだ。恐ろしい魔物の姿だという噂もあれば、どのような女性でもうっとりとしてしまう程の美少年という噂もあった。どれが本当なのか、さっぱり分からない。もしかすると、いろいろな見た目に変化する事が出来るのかもしれないな。強力な《変化の魔法》を操る事が出来るとも考えられるし。とにかく、彼は正体を明かされる手がかりを残さないんだ。水の女神から話を聞いたんでしょ?破壊神の正体、またはそれについての手がかりを…」

サージュは面白そうに笑いながら机に頬杖をつき、ソユアを見つめている。

「はい。そうなのです」

「君は破壊神を追わなければならない。でもね、最優先は老魔術師ハクストだよ。この世界の…光の世界の民達に直接被害を及ぼしているのは彼だから。早く行動しないと、まずい事になるよ。今日、ここを発つのが良いかな。君の仲間と共に。分かった?」

「…分かりました。今日…ですね」

もちろん、ソユアも疲れている。先程までは休んでいたものの、動いたからか再び傷が痛んできた。しかし、サージュの言う事も分かる。光の世界の人々は老魔術師ハクストを恐れ、村を出る事すら厭うのである。また、多くの魔法使い達が老魔術師ハクスト、またはその部下である将軍達をさらに強くするために殺された。魔力を抜かれ、じりじりと逃げられない苦しみを味わいながら命を落とすのである。魔法使いは魔力が無いと生きてゆけない体になっている。長い鍛錬の間に、そのような体質へ変化するのだ。魔力を抜かれれば抜かれる程、苦しむ事になる。サージュは殺された魔法使い達の身も考えて、ソユアに急ぐよう伝えたのだろう。

「そう。女神は少しばかり休めば良いと言っているけど、実のところ、老魔術師ハクストの被害を受けた者が増えているんだ。このままでは、世界は老魔術師ハクストのものになってしまう。それを未然に防ぐ事が出来るのは、君しかいない。ね?」

「…。そう…ですか…」

ソユアが椅子に座ったまま、よろめく。サージュが傾いたソユアの体をぱっと支えた。

「ごめん、少し気持ちが悪くなった?」

「は…い…」

「これはいけないな。薬を飲んで。そうすれば、楽になると思うから。…これから先、君の体に何も異常が起きなければ良いけど。疲れが溜まっていたんじゃないかな」

ソユアの耳には、ほとんどサージュの言葉が入って来ていない。

「そう…ですね…」

ソユアはうっすらと目を開け、サージュを見た。

「やっぱり、今日に発つのはやめておいた方が良いか…。よし、今日、明日は休んでいて。あと、少し散歩でもすると良いよ。暗い気持ちも明るくなると思うから」

「分かりました…少しばかり休みます。」

ソユアはそう言って、ベッドの上に横になった。すると、扉の奥の方が騒がしくなってきた。サージュはチラリと扉の方を見、視線を元に戻す。

「少しうるさいね。ソユア、ゆっくり休むんだよ。世界を救う英雄にも、休息は必要だ」

扉が開き、何者かがドッと部屋の床に倒れ込んできた。人数は多く、中にメグが紛れ込んでいる。ソユアは驚き、目を丸くした。

「ひっ!やめて!やめなさいったら!ソユア!サージュさん!急に魔物が館へ入ってきて…」

「メグ様!」

ソユアは辛そうにしていたがベッドから飛び出し、転びそうになったメグを支えた。ソユアはやはり、大切な仲間の事となると、自分の体に鞭打ってでも動こうと思うようである。体調が優れていない事をメグに悟られないよう、かなり無理をしている。

「メグ様、メーデル様とミユ様はどこにいらっしゃるのですか?」

「ミユ達は無事…。私が逃げ遅れてしまったの…」

メグは「はあ、はあ」と息切れしている。余程、無我夢中で走ってきたようである。

ソユアはぱっと顔を上げ、開いている扉の奥の方を見つめた。魔物達は部屋から出て行き、ミユ達が隠れ潜む部屋を探し回っていた。ソユアにはミユ達がどこに隠れたのか、場所を悟る事が出来たようで、急いで立ち上がると、自分の杖を掴んで一定の方向へ走り出した。自らの前に立ちはだかる敵は全て吹き飛ばし、焦るように走って行ってしまった。

「ソユア…。まだ体も回復していないのに…」

メグは走っていってしまったソユアを、苦しそうに見つめている。

「全く、ソユアも心配性だね。あの子は仲間のために命でも捧げるような子だ。水の女神もその性格を少し気にしてはいたけれど…。…さあ、少し座って。この扉は閉めて、鍵をかけようか。…よし、これでもう魔物も入って来る事は出来ないだろうね。何しろ、女神の魔法はとても強いんだから。老魔術師ハクストの部下の将軍達にでさえこの扉を開く事は出来ないと思うよ」

「サージュさん…。あなたはどれだけソユアの事を知っているの…」

メグは力を振り絞って声を出した。サージュはメグの方へ振り向いて答える。

「ほんの短い間、魔法を教えてあげただけだよ。ソユアの事も、少ししか知らないしね」

「そう…なの…。本当に…?でも、私は長い間一緒にいたあの人の事すら…う…」

メグは気を失ってしまった。サージュは魔法でメグをベッドへ運び、口に薬を含ませた。

「病人には、うるさい音かな」

サージュはそう言って大きな音を立ててソユアを探し回る魔物を見る。彼女は魔物達に手をかざし、唱えた。

「《光の魔法》」

サージュの手から、「ドッ」と光が飛び出す。一瞬で、魔物達は粒子となってぽろぽろと崩れ、消えてしまった。

「メグも、辛い過去を持つんだね…私達と似た過去を」

彼女はそう言って、部屋の扉を閉めてしまった。

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