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5章 水の女神(3)

「まさか…。でも、彼女に弟子はいないって…」

メーデルの言葉に、メグが少しピクンと反応した。メーデルは気付かないが、明らかに動きがぎこちなくなる。

「…あら、そうなの。じゃあ、師匠は私の事を隠していたのね。何でかしらね…。うっ!…」

メグが頭を手で押さえ、呻き始めた。呼吸をするのも苦しそうであった。メーデルはメグの様子に驚き、自分の袋から魔導書を取り出した。

「メグっ…大丈夫か?頭が痛いのか」

「はあっ…はあっ…。大丈夫よ、このくらい。自分でも何とかなるから…」

「そんな…。ソユアは起きられないのか?ソユアなら、きっとどうにかしてくれるはず…」

「ソユアにばかり無理させちゃだめ…。僧侶の私がどうにかしなくちゃ…。自分の体なのに…」

メーデルはメグの言葉を聞かず、ソユアを起こそうとした。

「ソユア!起きてくれ!」

すると、ソユアが目を開けた。眠そうに目をこすりながら起き上がると、驚いたように辺りを見回した。

「まあ…。ここは女神様の館ではありませんか…。ザキリア将軍を倒す事が出来たのですね…」

「ソユア!メグが…メグが…」

メグの状態はさらに悪くなり、メーデルが今にも倒れそうになっているメグを支えていた。メグの呻く様子に気付いたソユアは急いでベッドから降り、メグの近くにしゃがみ込んだ。

「一体なぜ、こんな風に?」

メグの額に手を当てて、熱が無いかどうかを確かめる。高熱だった。メグの頬がわずかに紅潮しているのも見受けられる。

「何も分からない。急に呻き始めて…」

冷静沈着にメグの容態を調べるソユアとは対照的に、メーデルは焦って薬棚から頭痛に効く薬を探し出そうとしている。しかし、混乱してほとんど何も目に入っていない上に名も分からない薬が大量にあって、今の彼女の様子だと薬は見つかりそうにない。おそらく、探していたら日が暮れてしまうだろう。

「そうですか…。私の持ち物はどこにありますか?」

「ベッドの隣だ。早く!」

ソユアは自分の袋を素早く取ると、聖書を取り出し、調べ始めた。

「ありました!メグ様の頭痛は…《女神よ、慈悲深きメグ様に真の光をお与えください》!」

メグの頭の方に手をかざし、ソユアは目をゆっくりと閉じて唱える。彼女の手の中に淡い白の光が現れ、光の粒子達がメグの体や頭に吸い込まれていった。

「これで、きっと大丈夫。メグ様、どうですか?」

聖書から目を離し、微笑むソユアの顔を見て、メグはゆっくりと息をしながら頷く。

「う、うん…。なんとなくすっきりした感じがする…。でも、完全には治りきっていないわね。そもそも、それって私の知らない《回復魔法》だわ」

「そうですね。あの魔法はこの聖書が無いと使えませんので。もし良かったら、差し上げますよ。…またいつか頭痛がする事もあるかもしれません。でも、当分の間は大丈夫でしょう。」

ソユアが聖書の表紙を示す。題名は古代エルフ語で書かれており、古代エルフ語が苦手なメグには読めない。

「…うん。ありがとう…でも、私は古代エルフ語が少ししか読めないし、その聖書は要らないわ。ソユアが持っていて」

メグは何か他の事に気を取られているかのような様子で返事をした。

「メグ様?」

「あっ…大丈夫よ。私、もう平気だから…」

メグの言葉が終わった直後に、部屋の中へミリアが入って来た。

「ソユア、起きたのか」

ミリアの顔が少しだけ安心したようになる。やはり、大切な弟子の事を心配していたらしい。

「ミリア様…なぜこちらに?」

水の女神の元へ来た時は気を失っていたソユアが、首を傾げた。ミリアがこの地にいる事が信じられないらしい。

「これは…幻覚ですか?」

「…勝手に私を幻覚にするな。先日、女神様に呼ばれた。…ソユア、女神様のお部屋へ行け。あのお方が待っておられる。お前に話があるのだそうだ」

「はい。分かりました。すぐに行きます」

やっとミリアが幻覚ではなく、この場に本当にいるのだという事を信じたソユアはコク、と頷いた。

「…ソユア。お前も、強くなったんだな。ミユからお前の倒した魔物の話を聞いた。彼らに、慈悲の心は無い。つまり、仲間を思う気持ちも無いんだ。でも、お前は仲間の事を思いやり、大切にしている。素晴らしいと思う」

「…ありがとうございます。ですが、ミリア様にも、慈悲の心はありますよ」

ソユアはじっとミリアを見つめながら言った。ソユアが師事している頃からミリアはいつも、自分は慈悲の無い人間だと言うのである。

「そうだな…。本当にそうであれば良いのだが」

いつものようにミリアはそう言い残すと、部屋を出て行った。メーデルは不思議そうな顔をソユアの方に向け、尋ねた。

「『本当にそうであれば良いのだが』って、どういう事だ?」

「ミリア様はずっと孤独だったのですよ。だから、自分は人を思いやるという事は出来ないと考えていらっしゃるようです。…そろそろ水の女神様のお部屋へ移動しますね」

ソユアは自分の袋を持って部屋を出て行った。ソユアが歩き去ってしまった後、メーデルは小さな声で呟いた。

「魔法使いミリアが孤独だった…。一体どうして?」


ソユアは水の女神の部屋の前に着くと、一度立ち止まった。

「女神様、入ってもよろしいですか?」

ソユアが扉に向かって呼び掛けた。そのすぐ後に、扉の奥から声が響いてくる。

「ソユアか。早く入って来い。わらわから、そなたへ話がある」

「はい」

ソユアは扉を開けると、水の女神が口を開いた。

「ソユアよ、久しぶりじゃの。魔法使いミリアのおかげで少しは強くなれたか?」

「ええ、もちろんです。…ミリア様は、とても良い方です」

ソユアの言葉に続いて、水の女神が笑いながらあっさりとサージュの話も出してくる。

「そうか。サージュも良い師匠だぞ」

「はい…そうですね、良い方ですね…」

ソユアは答えながら苦笑いをする。もちろん、ソユア自身もサージュには優しく、魔法を丁寧に教えてもらったので、とても感謝はしていた。しかし、彼女は水の女神の感覚が分からないのである。

「ふむ!そうじゃろ!サージュは良い奴だぞ。寝床にしがみ付くわらわをあそこまで辛抱強く起こそうとしてくれる者はおらぬ!」

(やっぱり、水の女神様はお変わりないですね。ご覧になるところが私達とは微妙に違います…)

「そうでしたか…。確かに、女神様は朝には弱い方でしたね…」

ソユアは少し呆れた様子だが、昔の事を思い出して思わず「くすっ」と笑ってしまう。

「そなたの目覚ましも良かった。だが、寝間着にしみ込んだわらわを絞り出すのには弱ったのう。あれはとんでもなく痛かったものじゃ。…全ては遠く過ぎ去ってしまった。わらわの時間の感覚はそなたらとは違うのじゃ。仲間の女神も戻って来ていない。彼女らはまだ滅びたままなのだ。さて、本題に入ろうかの。ソユアよ、そなたはザキリア将軍と戦った際に傷を受けたそうじゃのう。《感覚操作魔法》を受けたのじゃな」

「はい」

水の女神が急に真剣な表情になった。ソユアも背筋を伸ばし、水の女神を見つめる。

「ソユア、そなたは過去の出来事を今でも引きずっておるのか?」

水の女神がじーっとソユアを見つめる。大体、この目で見つめられた者は隠していた事も白状せずにはいられない。

「…もしかすると、そうなのかもしれません」

ソユアは決まりが悪そうに水の女神から目を逸らし、答えた。

「ならば、それを克服する事は出来ぬのか?」

水の女神は意地悪そうに尋ねる。しかし、彼女も心の底から意地悪というわけではない。

(昔も、こうだった。この子供は何も言わない、いや、何も言えない分、後に引きずって、一人で悩んでいた。いくら直せと言っても出来ず…今まで、ずっとこうだったのか)

「…分かりました。克服出来るようにします」

ソユアは震える声で答えた。彼女の目にはきらりと光り輝くものがあった。ソユアはそれを手で拭う。

「他にも、そなたに伝えなければならない事がある。ソユアよ、そなたはこの世界で今起こっている事を知っておるか?」

「この世界で起こっている事…ですか。いいえ、あまり聞きませんね。旅をしていると、あまり耳に入って来ません」

水の女神は険しい顔をした。

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