表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/29

4章 夜の世界の住人(6)

 村から旅立ってから一時間程経った。ソユア達は洞窟の中に続く道を歩いている。洞窟の壁には光り輝く宝石がはまっており、辺りは日が遮られている中でもかなり明るい。サージュは後ろからついて行っている。あくまでも水の女神に会うという自分の目的があって移動しているだけで、ソユア達の事は完全に彼女らに任せるらしい。

「案外すぐに着けそうだね、時の塔に。でも、洞窟は暗いんだよね、どうやって進むの?」

ミユが歩きながらソユアに訊いた。

「私が火で照らします。大丈夫ですよ」

「そう。じゃあ、松明とかは要らないね。…そもそも持ってきていないし」

四人は少しの間黙っていたが、ソユアが口を開いた。サージュは興味深そうに辺りを見回している。時々、

「まさか、これは魔力の籠ったダイヤモンド…?」

などと壁に埋まってひと際輝く宝石をうるうるとした目で見つめていた。

「壁が固すぎて魔法でも取り出せないよお…」

とよく今にも泣きそうな目で落ち込んでいた。サージュは妹弟子であるミリアと同じで、魔法研究に役立つものに目が無い。特に、きらきらとした物に魅力を感じるようである。

「少し、休みましょうか。パンもありますけれども…」

「食べる、食べる!」

三人が一斉に叫んだ。ソユアは一人に一個のパンを手渡し、皆食べ始める。サージュもパンを口にした。ごく普通のパンよりも高級そうで、ふわふわとして美味しい。一口噛めば、たちまち口の中でとろけてしまう。まるで、雲を食べているようだった。

「美味しいな、これ。もっとある?あるのならもっと欲しいよお!」

ミユがきらきらとした目でソユアを見つめる。ソユアは厳しい目で首を振った。

「いけませんよ。これは《聖なる水》を使って作られたパン。普通の人が食べ過ぎると毒にもなり得ますよ。《聖なる水》は、女神様の力が宿っていると言われていますからね」

「ふうん。もっと食べたかったのに」

ミユは「むー」と不満げにソユアを見ていた。彼女は少し拗ねると、よく「むー」と頬を膨らませるのである。

「で、でも少しずつなら大丈夫ですよ?二日おきに一個だったり…」

ミユが拗ねたのに気付いて、急いでソユアは付け足す。

「そうか、じゃあ食べられるの!良かったあ…」

ミユはほっとしたようだった。

「なあ、そろそろ行かないか?私らはもう食べ終わっているんだからさ」

メーデルはとっくに食べ終わっており、好きな物はちびちびと食べるミユを待っているのだった。そこに会話を始められては、いくら我慢強い彼女もせっかちなので、我慢ならない。

「あっ、そうですね。行きましょうか」

ソユアは立ち上がって、自分の持つ袋から水色の透き通った玉を取り出した。

「《時の宝玉》…。女神様の仰る通りでしたね…」

「ソユア、何か言った?」

既に前を歩いていたミユが不思議そうにソユアを見つめる。

「いいえ、何でもありません」

「そう。なら良いけど…」

四人が歩き始めて数十分程経つと、だんだんと壁にはまった宝石が少なくなってきた。光が消えていき、奥の方は暗く、どこまでも続いているようにも見える。

「暗いね、洞窟の中。ねえ、ソユア、明かりをつけてよ」

「分かりました。洞窟内の魔力の反応から、洞窟の中央辺りに行くと、明るくなるようなのですが…」

ソユアは自分の手のひらの上に赤々と燃える炎を出した。

「わあ、とっても明るいね。これなら、周りも良く見えるかな」

ミユはそう言って歩き出した。残った四人も、ミユの後へついて行った。

五人がしばらく洞窟の中を歩いている時に、急に周りがパッと明るくなった。

「お、そろそろ時間かな。私は見物してよっと」

サージュがそう言って洞窟の壁にもたれる。そして、面白そうにソユア達を見つめていた。

「わっ、明るい!…あれ?あそこに誰かいる…」

ミユが目を向けているその先には、美しい女性が立っていた。その女性は、口を開いて話し始める。

『あら、まさかと思ってはいたけれど、本当に来るとはねえ。クレインの言う事もたまには当たるものね。ふうん、あんたが魔法使いソユアなの』

その女性はソユアにつかつかと歩み寄り、手で持ってソユアの顔をくいっと上げた。

「老魔術師ハクストの部下、ザキリア将軍…」

『…生意気な眼。この私の名前を呼び捨てにするだなんてねえ。何て無礼な子なのかしら』

すると急に、ソユアの周りを光の縄が囲み始めた。そして、その途端に「バシッ」と不気味な音が辺りに響いた。ソユアの体から血が噴き出した。

「うっ!」

ソユアはそう叫ぶと、力の抜けたように地面に座り込む。杖を地面に立たせ、血だらけの手で握り締めていた。彼女は震えている。

(《魔力探知》で、魔法攻撃に気付く事が出来ませんでした…!)

「ソユア!」

メグがさっと倒れてしまったソユアに駆け寄った。

『駆け寄るんじゃないわ!放っておきなさい!お前達の相手は私よ!』

ザキリア将軍が手に持っていた鞭をメグに当てた。鞭の当たったメグの腕の皮膚が、赤くミミズ腫れになる。

「うっ!」

メグは苦しそうにうめき声を漏らした。

『私の《感覚操作魔法》はハクスト様以外の誰にも防げないのよ。魔法使いソユアだって私にとっては虫に近いわ。このパーティの主力である魔法使いソユアが戦闘不能になって、お前達はどうなるのかしらねえ?さあ、次は誰が私に立ち向かってくるかしら』

「メーデル、あいつに勝つ事は出来るかな?私が少し弱らせた方が良いかも。あいつは相当強いよ。何しろ将軍だし…」

ミユがメーデルに聞いた。ザキリア将軍はこの会話には気付かずに、三人へ話しかけ続ける。

『あの状態で立つ事が出来るとはね。まあ、あの子は割と強そうだったものね。せっかく私が心を操って気を引いておいてから殺そうとしてあげたのに。その方が楽に死ぬ事が出来たわよ。でも、あのお方以外に、私の魔法を一瞬で解いて攻撃に対抗できた人間は初めてだわ。何か秘密がありそうね…』

「ソユアに秘密?…そんなものがあるのか?ソユアが私達に隠し事をしていると?」

「さあ…。分かんない。あっ、相手が動く!《雷の魔法》!」

ミユが杖を振り上げると、ザキリア将軍の元へ激しい雷が落ちてきた。並大抵の魔物であればこの魔法で死んでしまう。だが、将軍は少々弱っただけのようであまり魔法は効いてはいなかった。

「嘘っ!このくらいの魔法ならもっと弱るだろうと考えていたのに!」

『人間は私達の強さを見くびり過ぎているわよ。お前らもね。このくらいの魔法では私達は死にやしない…なっ!』

将軍の話が終わらないうちに、メーデルが剣を持って将軍に飛び掛かり、斬りかかった。かつてはメーデルとザキリア将軍も手合わせをした関係だった。動きを見ていれば、どこが弱点なのか、何となくは分かる。

「ザキリア将軍も魔物と変わるはずがない…不老不死ではないのだから。要らない見栄を張って、一人でここに来たのは失敗だったな。お前には、もう勝ち目はない…」

メーデルは小さな声で呟いた。しかし、剣はザキリア将軍の鞭に跳ね返される。鞭がメーデルの体を少しかすった。メーデルは痛みに顔を歪めるが、歯を食いしばって立っている。

「今の状態のメーデルだったら、この女に勝つのは難しいかな。もう一度よくソユア達の強さを見ておこうと思ったけれど、前に倒さずに残しておいた源流の魔物よりも手こずってるね」

サージュがじっとソユア達を見つめながら呟く。

「ミユも魔法の威力が足りないかも。基礎はなっているけれど、応用が苦手。メグはタイミングの見極めと、状況に最適な行動を考えるのが苦手かな。一人で旅をしていると、どうしても回復役はタイミングの見方のやり方を掴みにくくなる」

『…やるじゃないの。でも、まだまだひよっこちゃんね。あんたの剣はとっても弱いわ。確かにあの子供の魔法で強化はされてるけど、私を倒せる程じゃない。お前達、私を見くびり過ぎだわ。正義は勝つだとか、そんな馬鹿げた事を考えてるんじゃないでしょうね?必ずしも、正義が勝つとは言えないのよ…そもそも、正義とは何なのか、あんた達は分かっていないのよ。でも、これで終わり。見ての通り、私は鞭だけでなく魔法にも長けてるの。ふふ、楽しませてくれてありがとう。これで………なっ!』

急に、ザキリア将軍を覆っていた闇の衣が剥がされた。気付けば、ソユアがわずかに体を起こし、手を将軍に向けてかざしている。彼女の手には、眩い真っ白な光があった。

「ソユア!無理するな!これ以上魔法を使えば…」

「メーデル!ソユアの努力を無駄にしないで!早く攻撃を打ち込みなさい!前衛は、あなただけなのよ!ミユ、魔法を撃って!」

メグがソユアを回復させながら、懸命に叫ぶ。

「…《氷結斬》!」

「《漆黒の闇の魔法!》」

二人の攻撃は暴走し、ザキリア将軍に大きなダメージを与えた。将軍は倒れ込む。

「《回復魔法》!」

メグがソユアの傷を回復させた。ある程度傷が塞がったところで、ソユアが杖にすがりながら立ち上がる。

「…こんなところで、負けるわけにはいきません。私が、必ずあなたを倒します。…人々の幸せに繋がるというのならば…」

ソユアの頭から血が頬を伝い、彼女の口に入っていった。口の中に、鉄のような味が広がる。ローブに身を包んでいるのでどれ程の傷なのかが分かりづらいが、ローブからも血がぽた、ぽた、と滴っている。

「…《光の魔法》」

血だらけの手で杖を構えながらソユアは唱えた。ソユアの杖の先に光の球が現れザキリア将軍の元へ飛んでゆく。その光はほんの少しザキリア将軍の体に触れただけで、ふっと消えてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ