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4章 夜の世界の住人(5)

 夜、ソユア達は二人で一つの部屋を使って過ごしていた。皆、寝る直前でお風呂に入り、寝間着を着ている。ソユアとメーデル、ミユとメグで部屋が割り当てられていた。無論の事、年上のサージュは一人部屋である。

メーデルは寝る支度をしていた。鏡の前に座り、髪を梳かしている。ソユアはもう寝る準備を終え、本を読んでいた。

「なあ、ソユア。私を今、殺そうと思ったりはしないのか?」

メーデルがソユアに話しかけた。ソユアは本から顔も上げずに言った。

「ええ。今は私の方があなたの命を預かっているのですから。それに、大切な仲間でもあります。たとえ旅の途中で別れようと、仲間に変わりがないのは確かですよ。そうでしょう?」

「でも、この前まで私はお前の敵だった。少しくらい仇を討とうと思わないのか?」

ソユアは本から顔を上げ、メーデルを見た。考えを貫き通すその瞳で。

「私は、あなたを信じています。きちんと、証明もされました。…源流の水を清める際に、メーデル様のお体に《聖なる水》を付けたのです。水の反応は、正常なものでした。…心が闇に捕らわれていない、美しい心に触れた時の反応でした。」

ソユアは少し俯く。

(たとえ《聖なる水》の反応が良くても、メーデル様が人を殺した事に変わりはありません)

しかし、すぐに顔を上げて明るく言った。

「これなら、殺そうと思う理由も無いでしょう?…あと、メーデル様、お手を出してください」

「え?」

メーデルは首を傾げながら右手を差し出す。

「違いますよ、両手です」

ソユアに当たり前のように言われ、メーデルは少し恥ずかしそうに左手も差し出す。

(世間では、手を出すように言われたら、両手を出さなければならないのか…)

メーデルは何となく間違ったような事を学び取るのであった。

ソユアは右手を前に出し、ゆっくりと目を閉じて言葉を唱えた。

「《聖なる水よ、我が手に出でよ》」

ソユアの右手の上にきらきらと明るい緑色に瞬く水が浮かぶ。そして、左手をパチンと鳴らした。その瞬間、メーデルの両手がどす黒い血の色に染まり、ポタリ、ポタリと血の雫が滴り始めた。

「ソユア、これは…」

メーデルは少し焦ったようにソユアに話しかける。ソユアはメーデルの両手から目を放そうともせず、答えた。

「メーデル様がこれまでに殺してきた人々の怨みですよ。あなたが抱えていた怨みを、具現化したのです」

ソユアは右手の上に浮かぶ水をゆっくりとメーデルの両手に当てる。血は吸い込まれるように、水へ溶け込んでいった。それと共に、水はだんだん血の色に染まってゆく。メーデルの手から綺麗にどす黒い血がなくなってしまった時には、代わりに浮かぶ水が気味の悪い色を纏っていた。次の瞬間、血の色に染まった水はソユアの手に吸い込まれた。水が消えた後にはソユアの手のひらに真っ黒な魔法陣が浮かんで光り、すっと消えて見えなくなる。

「こ、これは…」

「先程の水で怨みを吸い込みました。…これで、楽になれますね」

ソユアはメーデルから顔を背け、言う。メーデルは一瞬驚いたような表情をしたが、ふっと微笑んだ。

「ふふ、大したものだ。お前くらいの歳で、そんな才があるとは。しかも、抜け目が無いんだからね。じゃあ、感謝代わりに教えてあげるよ、私の秘密をね。もちろん、これだけで礼が出来るとは思っていないけど」

「秘密…とは?」

ソユアは不思議そうに首を傾げる。

「実は私、王女なんだ…この国の。この、フレイ国の。ほら、この耳飾り、見てごらん。王家に伝わる物だ」

メーデルは言葉を言いながら自分の耳についている耳飾りを揺らした。それは、とても小さな宝石が付けられ、落ちないように留められている物だった。相当の技術を駆使して作られたという事が窺える。

「もう一対、これと同じ物がある。母さんが特別に作ってくれたらしい。ソユアにあげるよ、ほら」

メーデルは耳飾りを鞄から出し、ソユアに渡した。

「この耳飾りが入っていた入れ物に、もう一組、入っていたんだ。私がハクストに賛同しないっていう事が分かってたんだね。どうして分かったんだろうな…」

「さあ…私にも分かりません。ごめんなさい、母親になった事も無いので…」

ソユアは真面目に答えた。メーデルはくすっと笑い、ソユアの頭をポンと叩く。

「私は、お前達に宮殿へ連れて行ってもらいたいんだ、さっき私の手を浄化してくれた事への礼もまだ出来ていないけどね。母さんにもう一度会いたい。私を娘だと認めてくれないにしても…。お前達を利用する事になるかもしれない。でも、お前達の仲間である事には変わりないよ。取り計らってくれるか?」

メーデルは真剣な顔つきでソユアに尋ねた。ソユアはもちろん、と頷く。

「…分かりました。宮殿へも、向かいましょうか。…王妃様に、お会いするのですね。お会いできるか、分かりませんが」

「そうか、ありがとう。お前について来て良かったよ。心からそう感じている」

メーデルは少し微笑んだ。彼女は元々感情を押し殺して生きてきたので、あまり感情を顔には出さない。しかし、懸命に表情を変えようと努力はしているようである。

「そうですか…。ありがとうございます」

「そろそろ寝た方が良いかもな。お前の伯母さんは心配性だろう?」

メーデルはメグには劣るものの、多少人間観察については得意である。

「…はい、結婚をなさっていなくて、子供がおられないからでしょうか。たった一人だけの親族ですし…私にとっても、伯母様にとっても。だから、心配してくださるのかもしれません」

ソユアは右手を顎に当て、少し首を俯かせながら言った。彼女が考え込む時の癖である。

「シリンさんは、結婚していないのか。…何でだろう?」

「それは…分かりません。いつも、聞けばごまかされるのです。…私には知られたくないのでしょうか」ソユアは苦笑しながら言った。やはり、彼女も信頼している人物から秘密にされると、悲しいのである。

「さあ、どうだろうね」

メーデルも苦笑いしながら頷く。ソユアの気持ちがよく分かるようである。

彼女らの話に耳を傾けていた人影が揺れ動いた。ソユアの伯母、シリンだ。シリンは部屋のドアから離れ、呟いた。

「あの子はまだ知らない…。あの子の母が…、私の妹が犯した罪を…」

(あの子は知らなくても良い。あんな事、知ってしまえば老魔術師ハクストを倒す決心が揺らぐかもしれないわ…)

シリンは階段を降りて行った。だが、シリンが聞いていたのは途中からであったために、彼女はメーデルが王女であるという事は知る由も無かった。

朝、四人は時の塔へ向かう事にした。

「行ってらっしゃい。いつでも帰ってくれば良いわ。ずっと待っているから、ね?」

シリンが、家の玄関でソユア達を見送っていた。

「ありがとうございます、伯母様」

四人は歩き始めた。町から出て行く時に、ソユアは町の人々の冷たい視線を感じた。

(まるで、私を敵だと感じているような眼です。この町では、一体何が起こっているのでしょうか?)

「ソユア、ここからどう行けばいいんだ?」

メーデルがソユアに訊く。

「あっ…そうですね、気の向くままに歩くのです。そうすれば、時の塔へ繋がる洞窟が見えてくるはずですから」

「そんな事が在り得るんだ…。凄いね、水の女神様のお力って」

一同が町の門から出て行くと、町の住民達はひそひそと話し始めた。

「ねえ、知ってる?あの子達、ハクスト様を倒す旅をしているんですって。嫌なものねえ。私らの敵だって事だもの。でも、クレイン様が居てくださる限り、この町は安全なのよね?」

「ええ、きっとそうよ。あの方々は私達のためにいろいろと手を尽くしてくださる。《聖なる水》だって、ハクスト様が手を貸してくださらなければ指一本も触れられなかったでしょうよ。あの村の住民は、《聖なる水》は自分達だけのものだと考えているんですからね。同じ水の都エマールに住んでいるというのに。困ったものだわ」

町に住む婦人達は、小声で話しながら町の中央に建つ大きな建物を見上げた。その建物の外見は非常に美しく、特に見る者の目を惹きつけるのはきらきらと光り輝く硝子窓だ。世界を創造した五人の女神の絵の細工が施されている。だが、建物の中は違う。五人の美しい女神を写す硝子窓などは存在しない。それどころか、この建物の持ち主という人物は、老魔術師ハクストの右腕、またソユアの仲間メーデルを家族から引き離した敵、クレイン将軍なのである。建物の奥は老魔術師ハクストの住処へ繋がっている。彼らは《水の精なる民》達を自分達の配下に置くのも近いと考えていた。

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