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1章 小さな魔法使い、ソユア(1)


 ある、雪が多く降りしきる夜であった。魔法使いミリアは、周りに何もない山の奥の小さな小屋にひっそりと暮らしていた。彼女は魔王を倒してから、ただずっと一人で過ごしていた。

だが、その時、ある女性が訪ねてきた。ひどい身なりで、子どもを一人抱えている。ミリアは、その女性を家へ入れ、温かい飲み物を飲ませた。訪ねてきた女性はミリアの戦友で、シリンという名である。

「ねえ、ミリア。この子を引き取ってくれないかしら?妹の子なの。妹夫婦は病で亡くなってしまって…。私の家もこの子を置いてはおけないし…」

「ふうん。それじゃ、あんたは私がこの子を引き取るように仕向ける理由があるっていうのか?」

ミリアはとんと興味が無いといった様子だが、シリンの方は目が赤くなり、涙が滲みかけている。余程、必死なのだろう。

「ええ、村が混乱していて、私達もこの子への環境を整えてあげる事が難しいの。この子の面倒を見られないのよ。しかもこの子、魔法がとっても上手くてね。でも私と妹は専門外で。魔法学校に入れてあげる資金もないの…。あなたって、旅を終えてから、ずっと弟子を取らずに一人だったのでしょう?それはいけないわ。もう、あの人が亡くなってからずっと時が経ってしまったのだから…。それで、話し相手としても良いのだけれど、この子を…メイルを、あなたの弟子にして欲しいの」

ミリアは何かを思い出したかのように、はっと身を固くした。

「どうやら、シリンの心配性は今でも変わらないようだな。でも、もっと自分自身の心配もする事だ。分かった。その子を引き取ろう」

その言葉を聞いて、シリンはミリアの手を取った。シリンの手はひんやりと冷たく、メイルを守るために必死に旅をしてきた事が感じられる。

(この子のために、こんなに死と隣り合わせになった旅をしてきたのか)

実際、シリンはかなり衰弱している。彼女の手すらも雪の中を歩いて来たからなのかかなり荒れ、ひび割れが痛ましい。ところどころに血が滲んでいた。息も絶え絶えで、今にも気を失ってしまいそうである。

「ああ、ありがとう、ミリア。これで一安心よ。妹達はこの子を自分達の命よりも大切にしていたから…。もう、この子の兄も行方が分からないし…」

言葉が途切れたかと思うと、シリンの体がぐらりと傾いた。

「シリン!シリン!?」

ミリアが体を支え、何度も名を呼んだが返事は無かった。シリンの目の下には濃い隈が出来ている。ほとんど一睡もせずに歩みを進めた日が多かったのだろう。

シリンは眠りから目覚めてからもミリアの元で一週間程生活をしていたが、体が回復すると再びこの地から旅立っていった。


こうして、少女は大魔法使いミリアに引き取られ、彼女の弟子となった。これが、幼き魔法使いソユアの新しい日々、そして後に彼女が《夢境の少女》と呼ばれる事となる日々への幕が開いた瞬間だったのである。


―ソユアが十四歳になり、魔法使いの勉強も終盤に近付いてきた頃。

「ミリア様、魔法を見てはいただけませんか」

ソユアが杖を構えながらそばを通りかかったミリアに話しかける。

「ああ。実戦で良いな?」

ミリアも薬草を入れたかごを置き、杖を取り出して構えの姿勢を取る。

「はい」

「じゃあ、こちらから行くぞ。《業火の魔法》!」

ソユアの周りがボオッと燃え上がる。ソユアは素早く《防御魔法》を張り、火を防いだ。

「反射的に《防御魔法》を張る習慣は身に付いたようだな。《闇の魔法》!」

続いても《防御魔法》を張ったが、飛んで来た闇の玉の勢いに耐えられず後退ってしまう。

「よく耐えたな。普通の魔法使いならこの衝撃で吹き飛ばされ、必然的に死んでいただろう」

ミリアの言葉が終わると、ソユアが魔法を放つ構えをした。

「では、次に私が撃ちますね。《水の魔法》!」

ソユアの杖から水が飛び出し、ミリアを縛り上げる。しかし、一瞬で水はソユアの杖に戻っていた。

「これでどうでしょう?」

「上手くなったな。まあ、少しは手加減をしたが…お前の方でもしたんだろう?」

ソユアは躊躇いながら頷く。ミリアはやはり、といった表情でソユアを見つめていた。

「…いつの間にか、こんなに強くなったんだな。昔はこんなに小さかったのに」

そう言ってミリアは手を自分の腰ぐらいの高さで振る。ソユアは顔を赤らめた。「やめてください」と言おうとしたようだが、上手く声が出ておらず、口が動いているだけだった。

「もっと可愛かったな、あの頃は。今はこんなにお姉さんになったのか…」

ミリアは遠くを見つめながら呟くのだった。


夜、ミリアとソユアは夕食を食べながら、話をしていた。

「お前もそろそろシルクの元へ行く時だな」

「シルク様は、ミリア様の師匠様だと聞いております。ですが、お屋敷には滅多に人をお入れにならないのでしょう?」

「ああ、そうだよ。でも、孫弟子ぐらいは入れるだろう。それに、ソユアは一番弟子であるサージュ様からも魔法を教えてもらっていたんだし…。シルクの元へは、一人で行ってみるかい?」

「ミリア様の指示だと仰るのであれば、その通りにいたします」

ソユアは机に視線を落とした。


次の日の明朝、ソユアは簡単に荷物をまとめ、寝ぼけ眼のミリアと向かい合って小屋の前に立った。

「では、荷物もまとめましたし、行ってきます」

「無礼な事をしないよう、気を付けるんだよ」

「はい、気を付けます」

そしてソユアはシルクの屋敷へと向かった。

ソユアは、船を乗り継ぎ馬車に乗り、シルクの屋敷にたどり着いた。

すると、金色の髪をした少女が出て来た。

「ソユア様ですか。シルク様がお待ちです。ご案内いたします」

そう言って少女は歩き出した。ソユアは後からついて行くと、とても大きな扉が見えてきた。

「シルク様がいらっしゃるお部屋です。どうぞお入りください」

少女はそう言うとすたすたと歩き去って行った。ソユアは軽く扉に触れる。ゆっくりを目を閉じ、解析を始めた。扉から読み取れる情報を整理し、開くために使う魔法の術式を組み立ててゆく。どうやら、この扉は強力な魔法で閉じられているらしく、ミリアから教えられた、封じられた扉を開く魔法は効かないように見えた。

「この扉には、強力な《封印魔法》がかけられているのですね。しかし、かけられた魔法の痕跡からしてもいつも開いているに違いないと見えます。おそらく…シルク様は私を試そうとなさっているのでしょう」

ソユアはそう言うと、杖をかざし、《封印魔法》を解除して扉を開いた。

「なかなかの解析だ。試験のために扉にかけておいた《封印魔法》をも解いてしまったか。ミリアの弟子だな。入るが良い」

部屋の奥から声が響いてきた。ツンとした、だが透き通るような美しい声だ。

「はい、ありがとうございます」

ソユアはそう言うと、部屋の中へ足を踏み入れた。部屋の中には小さな植物が生えていたり、滝や川が流れたりしていた。美しい風景だ。その奥は少し雰囲気が変わって、本棚や座り心地の良さそうなふかふかとした椅子が置いてある。その椅子に、小柄な背で、水色のような、白のような色の髪を持った綺麗な女性が座っていた。彼女の耳はソユアやミリアとは違い、長く伸び、尖っているように見える。そう、魔法使いシルクはエルフだった。

「時とは恐ろしいものだ。もう孫弟子が出来てしまった。…お前が前にここを訪れた時から、どれ程経ったか。どうやら私の予想は当たっていたようだ。ずいぶんと良い子に育っているようじゃないか。ミリアからの手紙にはお前は魔法の上達が早くこの年で一人前に等しい腕だと書かれていたな。正直に言うと、あの扉を開けなければそのまま追い返そうかと思っていた。しかし、無事に扉にかけられた魔法を解いたな。実力は認めてやる。が、お前は…かなりの慈悲の心を持つ者だと見て取れる。…私の嫌いな奴に似ているな」

「…」

ソユアは俯き、沈黙していた。シルクが嫌う人物が誰なのか、察しがついたのだろう。飽きたかのように言葉を続けるシルクの目には、失望の念が浮かんでいた。

「特に目がそっくりだ。気に食わない。しかし、弟子から頼まれた事だ。断るわけにはいかないか。あいつは私と同じ、戦いを自らの糧として生きる者。しかし、お前は違う。お前はご立派な平和主義だな。命を大切にする見せかけの偽善者。…奴が頭から離れない。しかしお前も選ばれし者。嫌だと言っても戦いに身を置く事になる。そこで残酷というものを学ぶ事だ。そうすれば多少はその目にも曇りが宿るだろう。さて、そろそろ闇の三大魔術師の一人の孤独の魔術師ディザイアの元へ行ってもらうか。あいつは闇に包まれた魔術師だ。慈悲というものを知らない。話はつけておく。あいつに会って、この世というものを知って来るがいい」

「…分かりました。シルク様」

ソユアはどのような感情を込めているのかが読み取れない目でしっかりとシルクを見つめていた。そして後ろを向き、悲しそうにも見える目をして半ば俯きながら部屋を出て行った。

「あのような子供を弟子にするとは、ミリアにも呆れたものだな。そして、あのような子供に育てたとは、サージュはやはり私とはまるきり違う奴だ」

シルクは椅子の肘掛けに肘を付き、頭を傾けながら呟いた。そしてソユアの悲しげな目を思い出す。

「面白い。嫌いではあっても、あの子供に興味が湧いた。どう世界を救い、どのような世界を創り出すのか、見てみても良い。どうせ時は無限にある。この退屈な日々を紛らわすのにはちょうど良いな」


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