96.うまいトレント
マリィはキレていた。
「なんで……よりにもよって、食べられない魔物が出てくるのよっ!!!!!!!!!!!」
彼女にとって戦いはすなわち、食事の前の運動に過ぎない。
敵をたおし、ほどよくお腹がすいてきたところで、敵の素材を使った料理を食べる。
マリィにとって食べられる魔物と戦うことは、美味しい料理を食べることと同義。
つまり楽しい行為なのだ。
……だが、人面樹のように食べられない魔物の場合、それは単なる苦行になる。
「リアラ殿下、おさがりください! ここはおれが……」
一気にバトルへの士気が下がっているところ、リアラ皇女の部下、キールが前に出る。
「ちぇすとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
キールは剣をぬいて、人面樹に斬りかかる。
だが……。
がきんん!
「なっ!? なんて固いんだ!」
人面樹の枝は、キールの斬撃を受けてもまったく歯が立たないようだった。
カイトが首をかしげる。
「あれ、でも人面樹って……たしかそんなに強い魔物じゃあないですよね?」
『そうだな。中堅冒険者程度だったら、一人で倒せる位だとおもうぜ』
「ってなると……あの人面樹は、何か特別性ってことでしょうか」
ど~~~~~~~~~でもよかった。
マリィはこいつらを捨て置き、さっさと番人の元にでも行こうと思った。
「ワタシがやる!」
「殿下!」
「この帝国に伝わる宝剣……カーライルを使うとき!」
リアラは腰につけていた剣を引き抜く。
ほぅ、とマリィが感心する。
かなりの魔法が付与されていた。
斬撃強化、身体能力向上等々……。
この魔法が衰退した世界においては、なかなか強い魔法の力のこもった一品といえた。
さすが宝剣。
「やぁあああああああああああああああああああ!」
リアラ皇女が大上段に剣を構えて、人面樹の枝めがけて振り下ろす。
がりっ……!
「くっ……! 表面を少し削れただけか……! なんて堅さなんだ……!」
宝剣の力を持ってしても、傷つけることはできない。
その上、マリィはやる気を完全に失っている。
絶体絶命のピンチ……。
だが。
「ん? あれって……」
マリィは、見た。
リアラが傷をつけた、人面樹の枝からしたたり落ちる……【それ】を。
「!」
一方で人面樹は枝を伸ばして、攻撃してきた。
伸ばされた枝はリアラに殺到する。
「殿下……!」
「くっ……! ここまでか……!」
そのときだった。
スッパァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
突風が吹いたと同時に、人面樹の枝が細切れになったのだ。
「これは……?」「いったい……?」
怯える帝国勢。
だが、カイトは待ってました! とばかりに目を輝かせる。
「魔女様……!」
マリィは右手を前に出していた。
風の魔法で人面樹の攻撃を防いだのである。
『おいおいどういう風の吹き回しだ……?』
あのエゴイストが、人助けをするわけがない。
人面樹が食べられない以上、戦う必要もない。
けれど明確に今、マリィはあの人面樹にたいして攻撃を行ったのだ。
いったいなにが……。
「すぐ……おわらせるわ。【颶風真空刃】!」
マリィが両手を広げ、極大魔法を放つ。
最上位の威力を持つ魔法……それが極大魔法だ。
ビョォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
「す、すごい! 竜巻が発生して、人面樹を飲み込んだ!」
「魔女殿! さすがでございます!」
人面樹はあっというまにバラバラになって倒れる。
カイトはもう大興奮だった。
「みましたかみなさんっ! あれが、魔女様です! ぼくたちを守るために、魔法を使ってくれたのです! かっこいいですー!」
きゃあきゃあ、と大興奮するカイト。
だがマリィは、いつも通り鼻を鳴らす。
「勘違いしないでちょうだい。別に、あなたたちのためにやってないわ」
……カイトを含めた全員が、これが魔女のツンデレだと思っている。
その一方で、オセはあきれながら魔女に近づく。
『んで、魔女様よ。どうしていきなり、こんな食えない魔物を倒そうと思ったんだ?』
「ふ……よく見てご覧なさい、これを」
バラバラになった人面樹の枝を、マリィが手に取る。
断面からは白い液体が垂れていた。
『なんじゃこれ?』
「舐めてごらんなさい」
首をかしげながら、オセが人面樹の枝から分泌された、白いそれをなめる。
『! あ、甘い……! なんつーか……クリームっぽい?』
「そう! そうなのよ! これ……! びっくりするんだけど……樹液がクリームなのよ!」
なるほど、樹液に見えるそれは、粘り気があって、よく見ればクリームであることがわかった。
「さらにこれ、この枝! チョコなのよ!」
『ああん? チョコだって……?』
「そうそう! ほらほら、かじってごらん」
『いや……固くて無理だし……』
オセがぺろり、と人面樹の枝の表面を舐める。
『……チョコだ』
「でっしょお! すごいわここの魔物、品種改良されてるのかしらね。樹液がクリーム、枝がチョコだなんて! は~~~~~~~! すっごーい!」
……まあようするに、マリィは自分の美味しいのためだけに、この人面樹をたおしたのである。
さっきマリィのいった、あなたたちの云々は、別に照れ隠しでもなんでもなかったわけだ。
「カイト!」
「はいっ!」
びしっ、とマリィが改良・人面樹の枝をカイトにむける。
「このチョコの枝を使って、美味しいデザートを作るのよ!」
「合点です、魔女様!」
きゃっきゃ、と無邪気にはしゃぐ二人をよそに、オセがぽつりとつぶやく。
『しかし魔物の品種改良だなんて……いったい誰が何のためにやってんだ?』