90.次なる目的地
マリィたちは帝城の来賓室に通された。
そこで皇帝、カリバーンと出会う。
カリバーン皇帝、およびリアラ皇女がソファに座る。
その前に、カイトは緊張の面持ちで立っていた。
「座りたまえええっと……名前は?」
「か、カイト、です」
「カイト殿。立ってないで座ったらどうだい?」
「そ、そんな! 殿なんてつけなくても……!」
「でも君は魔女殿のお弟子様なのだろう? 敬意を払うのは当然だ」
「で、弟子だなんておこがましい! ただの料理番です!」
ぶんぶんとカイトが首を横に振る。
獣人は何かと差別の対象になりやすい。
「ではカイトくん。そうかしこまらないでいい。ここはオフシャルな場ではないのだからね」
だがこのカリバーンは、カイトのことを獣人としてでは無く、一個人として接してくれるようだ。
「い、いい人……!」
『んで、皇帝さんよ。うちの魔女さまに何やらせたいんだ?』
直ぐに心を開いたカイトとは違い、オセは疑いのまなざしを隠すこと無く、皇帝にむける。
「何をやらせたいって……? 皇帝陛下はオークから帝都を守ってくれた、お礼がしたいんじゃ……?」
『んなわけねえだろ。用事があるから、自分のテリトリーに引っ張ってきたんだろ?』
カリバーンは一呼吸をおくと、穏やかな調子で言う。
「勘違いしないでほしいのだ。私は別に魔女殿たちを陥れるつもりも、利用するつもりも毛頭ございませぬ。ただ窮地に立たされている民たちのため……どうか力を貸して欲しい」
カリバーンは膝に手をついて、深々と頭を下げる。
カイトは慌てていう。
「あ、頭をお上げください! 大丈夫、魔女様はきっと力を貸してくださります! ね、魔女様!」
……さて、当の本人はというと
「うまぁ~♡」
と魔女は笑顔で、冷凍ケーキを頬張っていた。
「なかなかいいじゃない? これ……」
『あんた……さっき冷凍のケーキかぁ、ってぶつくさ文句言ってなかったかよ……』
「そんなこと言ったかしら。うま~♡」
マリィは帝国の冷凍ケーキにご満悦の様子。
そしてそんな笑顔を見て……。
「皇帝陛下! ご覧ください! 魔女様の、慈愛に満ちた笑顔を! 引き受けると……そうおっしゃりたいのですよ!」
「おお、真でありますか! 感謝感激!」
とまあマリィのあずかり知らぬところで、事態が進行していた。
オセが『待て待て』ととめる。
『内容も聞かずに引き受けるとか、軽はずみなこと言うんじゃあねえ。それに当の本人の口から、やるっつてねーだろ』
オセがそう口を挟むと、カリバーンは「それもそうですな」といって、説明を始める。
「魔女殿は、【蓬莱山】をご存じだろうか」
「ほうらい……? 魔女様、知ってますか?」
マリィは少し考えていう。
「……昔、本で読んだことがあるわ。仙人が住むという、仙境、だったかしら」
「仙人! なんですか、魔女様?」
「力を極めすぎて、人間をやめた連中のことよ。幻の存在と言われてるわ。実在はしないでしょ」
しかし……皇帝の表情はこわばったままである。
『仙人は、実在するってーいいてーのかよ?』
「はい。帝国の領土内に、突如、島が出現したのです」
『突如? どういうことだ』
「そこには何もない、湖でした。だがその湖のうえに、突如見たことのない、それはそれは美しい、島が出現したのであります」
『それが……蓬莱山だとなぜそう言い切れる?』
カリバーンは沈鬱な表情のまま、立ち上がる。
「ついてきてください。見せたいものがございます」
カリバーン、リアラとともに、マリィたちは来賓室を出る。
彼らは帝城の地下へと向かう。
『地下牢か?』
「はい……そして、これを……」
『!、な、なんだ……これはよぉ!?』
そこにいたのは、体中から花を生やした……手足のちぎれた人間だった。
「これ……生きてる、のですか?」
「……ああ、生きてるのだ。これで、死ねないのだよ」
「死ねない!?」
カリバーンが説明する。
「このものは蓬莱山に派遣されて、生きて帰ってきた唯一の生存者だ。帰ってきたときには、このむごい姿に……」
異形の元軍人は、「ころしてぇ……」と何度も繰り返していた。
「帝国の最新医療技術を持っても、また天導教会の聖女様のお力を借りても、このものを元の姿に戻すことは……かなわなかった」
『……警告、ってことか』
「そのとおり。仙人は言いたいのだ。蓬莱山には、近づくなと。近づくとこうなるぞ、と」
異形の化け物にさせられた、元軍人。
しかも不死の存在となってしまったようだ。
リアラはつつ……と涙を流す。
「先遣隊にはワタシの部隊からも派遣された。……こいつは、ワタシの部下のひとりだ。残りは、もう……」
『仙人に殺されたっていいてーのか』
「おそらく……くっ……うっ、うう……」
じっ、とマリィはこの異形の存在を見つめる。
スッ……と手を伸ばし、手で触れる。
その瞬間だ。
パキィイイイイイイイイイイイン!
なんと、全身に花を宿していた不死の化け物は……。
元の人間の姿に戻ったのである。
「あ、あれ……? お、おれは……いったい……?」
「キールぅううううううううううううううううううううううう!」
「うぉ! こ、皇女殿下!?」
さっきまで不死の化け物だった存在が、元の人間に戻った。
キールと呼ばれた少年兵に、涙を流しながらリアラが抱きつく。
「よかった……! 元に戻ったのだな!?」
「元に戻った……? あれ、おれは蓬莱山に皆と向かったはず……どうしておれはここに?」
記憶の混濁が見られるのか、とオセは思った。
しかしマリィは首を振る。
「時間を戻したのよ」
『どういうことだ?』
「治癒の魔法はこの人に効かなかった。だから、肉体の時間を巻き戻したの。あの化け物にされる、前の時間までね」
『時間操作とか……そんな超高度な古代魔法まで使えるのかよあんた……』
「? 別に高度でもないでしょ。世界全体の時間を巻き戻してるわけじゃなないのよ?」
そんなの簡単でしょ、とばかりに、マリィが言う。
オセはもうあきれて何も言えなかった。
一方で、カリバーンは驚愕の表情を浮かべている。
「し、信じられない……奇跡だ! ありがとうございます、魔女殿!」
「感謝する! 魔女殿! ワタシの部下を治してくれて!」
しかしマリィは皇帝たちの感謝なんていらないとばかりに、きびすを返す。
『どこにいくんだよ?』
「蓬莱山よ。決まってるじゃない」
『蓬莱山に!? おま
……危険だろ?』
「だから、なに? 行かない理由なんて、ないでしょ?」
それを聞いたカリバーン親子、少年兵、そして……カイトは大粒の涙を流す。
「なんてことだ……! 蓬莱山へおもむき、帰ってこない人たちを助けにいってくれるというのか!」
「行かない理由も無い……だなんて、人助けに理由は無いということですか! なんて……なんて素晴らしい!」
「さすがです、魔女様! なんてお優しいのでしょー!」
……とまあ、信者が泣いてる一方で、オセはマリィの帽子のうえにのっかる。
『で? 何しに行くんだ?』
その手には1つの、小さな果実が握られていた。
『なんだその果実?』
「さっきの少年兵の体から生えていた果実よ」
ちょっとかじった跡があった……。
『食ったのかよ!? うげえ……きしょくわりい……』
「いやでもね、聞いて。これ、ちょ~~~~~~あまくて、おいしかったのよっ!」
キラキラ輝く笑顔を見て……オセだけは、気づいた。
『あんたもしかして……蓬莱山にいくのって』
「この美味しい果実を、手に入れるためよ。カイトにスイーツを一杯作ってもらうんだぁ」
ああ……やっぱりか……。
このエゴイスト魔女が、人助けのためなんかで、動くわけが無かったのだ。
「次の目標は……蓬莱山! 美味しいデザートを求めて、出発よ!」