88.英雄ではなくエゴイスト
マリィ一行はマデューカス帝国の皇女、リアラ=ディ=マデューカスに誘われて、帝都カーターにある、帝城へとやってきた。
「ゲータ・ニィガとはまた趣が違ってるわね」
彼女の出身地、ゲータ・ニィガの王国は、豪華な外装内装の、誰がどう見ても偉い人の住んでいる城とわかるものだった。
一方で、帝城はというと、実に質素だ。
四角い、縦に長いブロックのような見た目をしてる。
しかも高さもそんなにないし、広くもない。
「父上は見た目より中身を優先させるお方なのだ」
馬に乗ったリアラ皇女が、城を見上げながら、どこか誇らしげに言う。
「見た目に金をつぎ込むくらいなら、中身を充実させろと、常々言っておられる!」
「なるほど! 素敵なお父様ですねー!」
カイトがにこやかに言うと、リアラ皇女はうれしそうに何度もうなずいた。
マリィは実に堂でもいいっといった感じで、先ほどのホットドッグを、椅子に座りながら食べている。
『んで、皇女さんよ。これからどうするんだ、おれたちはよ』
「少し控室でお待ちくだされ。わたしは今日のことを父上にご報告してまいる。しかるのち、父と謁見してもらう」
『そりゃいいが、この食欲モンスター、ほっとくと暴れ出すぜ?』
食欲モンスターとは、誰であろうマリィのことである。
だがそれがマリィをさしてるのだと、当の本人は全く気付いていなかった。
悪魔オセの言う通り、あんまり待たせるとマリィがキレかねない。
そうなったときのしりぬぐいはオセの仕事である。
「晩餐の支度には時間がかかりますが、シェフに頼んで何かつまむものをご用意いたそう」
「楽しみにしてるわ」
先ほどまで会話にまったくからんでこなかったマリィが、急に反応を示す。
ウキウキで言う。
「つまむもの……なにかしらっ。帝都のデザート? たのしみ!」
『期待してるとこ悪いがよぉ、多分期待は裏切られるぜぇ?』
オセがため息交じりに言う。
その視線の先にうつるのは、城を警備する軍人たちの姿だ。
みなうつむいたり、怪我したりしてる。
帝都の民と同じような状況だ。
リアラ皇女は憂い顔で言う。
「申し訳ない……帝国は今疲弊してるのだ」
『なんか事情があんのかよ?』
「うむ……猫殿も見たであろう? あの魔物の大軍を」
『あれは、今に始まったことじゃあねえってことか?』
「そのとおりだ。あれの対処に体力をそがれて、みな……」
どうやら帝国は、かなり深刻な状況のようだ。
オセ、そしてカイトは同情的なまなざしをリアラに向ける。
が、マリィはというと。
「カイト」
「はい!」
「これ」
そういって、空間に収納していた、大量のホットドッグを、空中に浮かせる。
「! なるほど! そういうことですね!」
カイトはわが意を居たりとばかりに、御者台から降りる。
「運転は魔法でやるから」
「わかりました! いってきます!」
「ええ、お願いね」
マリィを乗せた馬車が帝城へと向かう一方で、カイトは大量のホットドッグを抱えた状態で、軍人たちのもとへいく。
「おつかれさまです! 皆さん! こちらをどうぞ!」
そういってカイトお手製のホットドッグを一人一人に配っていく。
ただよううまそうなにおいに、みなごくりと唾をのみ、がつがつと食べていく。
「う、うめえ!」「うますぎる!」「涙が出るぅう!」
そんな風にがつがつ食べている軍人たちのもとへ、リアラ皇女がやってきた。
「か、カイト殿、いったいなにを?」
「配給です! 魔女様からの、ご命令で!」
「配給? 魔女殿が、この食料を皆に配れと?」
「はい! 魔女様は慈悲深いお方です……さきほども、城の外の人たちにホットドッグを振る舞っておりました! 軍人さんたちもお疲れのようなので、この食べ物をふるまい、元気づけなさい……と!」
じわ……とリアラ皇女と、軍人たちの目に涙が浮かぶ。
「なんというおかただ! なんて優しいお方なんだ! 帝都をすくっただけでなく、食事も恵んでくれるだなんて!」
リアラ皇女、そして軍人たちがおいおいと泣く。
カイトは目を閉じて感じ入った様子で言う。
「魔女様がきたからには、もう安心です! 魔女様はこの帝国を救って下さるおつもりです!」
「! そうなのか、カイト殿!」
リアラ皇女が言うと、カイトは笑顔でうなずく。
「はい! だからこそ、魔女様がこの城を訪れたのです!」
「ああ、なんというおかただ! まだこちらから依頼していないのに、帝都を救って下さるんて! 慈悲深い! まるで女神さまのようじゃあないか!」
……さて、勝手に盛り上がる一方、馬車の中では。
「デザートデザート、るんるるーん♪」
マリィはのんきに鼻歌なんて歌っている。
オセは呆れた調子でため息をつきながら尋ねる。
『魔女さまよ、なんでホットドッグなんて与えたんだ?』
「え、ご飯食べて、甘いものが食べたくなったからだけど?」
……そう、もうホットドッグいっぱい食べ過ぎたので、いらないと、処分させようとしただけだったのだ。
それをカイトが勘違いして、彼らに恵んだとなってしまっている。
『そんなこったろうと思ってたよ……で、どうするんだ? 多分皇族はあんたに依頼してくるぜ? 魔物退治とか』
「条件次第かしらね」
『金?』
「あなた、バカ? おいしいごはんにありつけるかどうかよ」
『だろうよ……』
もしも帝国の料理がまずかったら、依頼を聞くまでもなく、帰るつもりだ。
『あんたはなんというか、ぶれないな。さすが、エゴイスト魔女』
マリィは別に正義の味方ではない。
己の食欲を満たすために行動してるにすぎないのだ。
それをカイトというインフルエンサー(誤解)の手によって、救いの魔女、マリィとして広まっているだけである。
だが実態はたんなる、食欲お化けな魔女なのだ。
「帝国のデザートぅ~♪ FU~♪」
『やれやれ……帝国もかわいそうに。こんなのにすがるしかないなんてよぉ』