87.勘違いの救世主
かつてこの世界に、凄まじい力を持った魔女がいた。
ラブマリィ。後に、魔女の神となる、高い魔法力を持った少女だ。
彼女は邪悪なる神すら滅ぼす力を持っていたが、老衰によって死亡する。
そして遥か未来の世界、魔法が衰退した世界の貴族令嬢として転生していた。
マリィは元いた場所を追われたことがきっかけで、世界グルメ旅を開始する。
道中で出会った獣人料理人のカイト。
悪魔オセをおともに、世界中の美味しいご飯を食べて回る旅をする。
こないだは海を渡った先にある、極東という島国まで足を運んだ。
そこで美味しい海の幸を思う存分堪能したあと……。
マリィはもといた西の大陸へと戻ってきた。
次なる【おいしい】を求めて、マリィは今日も旅をするのだった……。
★
「ふぅ……厄介なことになったわ」
馬車に乗り、物憂げにつぶやく美少女、マリィ。
その正面には黒い猫が座っている。
一見単なる猫に見えるが、その実、悪魔である。
『あんたほんとトラブルに愛されてるよな』
「良い迷惑よ……まったく……私は単にオーク肉を使った料理を味わいたいだけなのに……」
マリィは、別に人助けがしたいわけではなかった。
彼女が戦うのは、美味しい料理を食べるため。
魔物を倒し、その食材を手に入れるタメなのだ。
「別にあの軍人たちのためにやったわけじゃあないんだからね」
『でもそれをツンデレって解釈されちまうんだよなぁ、魔女さまの場合は』
ツンデレ。
俗に言う、照れ隠しだ。
マリィの行いは善行に見える、らしい。
しかし実際は、彼女が言うとおり、自分のためにやってることでしかない。
「良い迷惑だわ」
『人から褒められておいて、良い迷惑かよ……変わった魔女だこと』
とはいえ、この世界に自分以外の魔女という物を見たことがない。
魔法が廃れた世界では、魔法を使える存在が誰もいないのだ。
そう、マリィは世界唯一の魔法使いなのである。
「前から思ってたんだけど、魔法ってどうして使えないのかしら?」
『というと?』
「だって、別に世界から魔力が消えた訳じゃあないのよ?」
魔力。魔法を使うときのエネルギーのことだ。
『そっか。魔力がないと、たとえ凄い魔女であっても、……』
「ま、魔法が使えなくないわね」
『いや使えるのかい!!!』
「ええ、でも、果てしなく疲れるから、魔力を使わない魔法の使い方って」
『ああそうかい……なんというか、あんたは規格外だなちくしょうめ』
あきれるオセの一方で、マリィは話を続ける。
「でも魔力は今、世界に満ちてるわ。転生したときと同じくらい」
『うーん……つまりこういうことか? 魔法の源が死んでないのに、どうして魔法を皆使えないのかと』
「そう。使わないならわかるけど、使えないのは解せないのよ。使うそぶりすら見せないじゃない、ほら、さっきのオーク戦だって」
魔法は対モンスターにおいて最も有効な攻撃手段だ。
なにせ離れたところから、強力な一撃をあびせることができるのだから。
「大量にモンスターが現れてるあの状況ですら、魔法を使う人間はいなかったわ。ちょっと……いや、だいぶ変ね」
『言われてみりゃあ……そうだな。で、魔女様の見解は?』
マリィはちょっと考えて……言う。
「お腹すいたわ」
『いや、脈略……! 今重要な話してるんじゃあなかったのかよ……』
「なんかお腹すいたらどうでもよくなったわ……ねえ、カイト。お腹すいたの」
御者台に座ってる獣人カイトに、マリィがおねだりする。
「もうちょっとで帝都に着くみたいですよ!」
「ふむ……じゃあちょっとだけ我慢しましょうかしら」
帝国の料理を食べたことはないのだ。
「高まるわ……期待」
『やれやれ……世界の謎よりも、食欲を優先するとは……なんというかさすがだね』
「馬鹿にしてるでしょ?」
『うん……ふぎゃああ!』
オセが空中で、まるでぞうきんのように絞られる。
『ふげええ! な、なんだこれ!? 何の魔法だよ!』
「念力という、見えない力で相手をひねり潰す魔法よ」
『属性魔法じゃあねえのか!? いてててて! お、おたすけー!』
ぱっ、とマリィが念力を解除する。
ぜえはあ……とオセが荒い呼吸を繰り返す。
『そ、それとあんた……そうだ、属性魔法じゃあない魔法よくつかうよね。つーか、そんな魔法みたことねえんだが』
「私オリジナルの魔法よ」
『さらっととんでもねえもの使うなよ……やばすぎだろやっぱ、あんた……』
マリィはお腹を押さえる。
「うう……今のでかなりお腹がすいたわ……」
ぐんにゃりと、とマリィは椅子に身を委ねる。
「ねえ……カイト。まだ……?」
「つきましたよ! あれが帝都です!」
マリィは窓からにゅっ、と顔を覗かせる。
その頭の帽子のうえに、オセが乗っかる。
『ありゃあ……これは……随分と活気が失せてるなぁ』
オセが言うとおり、帝都の中には人がほとんどみられなかった。
外に居る人も、武装してる。
「皆さん気が立ってますね……」
『モンスターの影響だろうな』
「ああ、さっきの……かわいそう……」
同情するカイトをよそに、マリィは至極どうでもいいっといったふうに、椅子に座る。
そして、不意にいう。
「止めて」
「え?」
「止めなさい。そして、ご飯を。今すぐに」
「! わかりましたっ!」
カイトが馬車を路肩に止める。
彼は不思議な敷物を地面に敷く。
すると謎の扉が出現。
「すぐに! ごはんを!」
「ええ、お願いね」
カイトは急いでドアの中にはいっていく。
オセは『へえ』と感心した。
『あんたにも人の心があったんだな。このおびえた人たちを見て、食べ物を恵んでやれだなんてよ』
オセが見たところ、この帝都の民達は、まともにご飯を食べれてないように見えた。
それは当然だ。
モンスターが襲ってきているのだ。
食料が入ってくるルートを閉鎖せざるを得ない。
となると、食料は入ってこないので、みな腹を空かせる。
マリィはそんな彼らにご飯を……。
「何言ってるの?」
マリィは、本気で怪訝そうな顔をする。
「私が、腹減った。それだけよ?」
『……あんた、マジか』
「? まじよ。おおまじよ。私は自分の空腹を満たしたいから、カイトにご飯を作らせたのよ」
……しかし、おそらくはカイトは勘違いしてるだろう。
「できましたー!」
カイトはその手に、山盛りのホットドッグを持ってやってきた。
マリィはバッ! と窓から飛び降りる。
そして、ホットドッグを両手にもって、かぶりつく。
「うまー! うまいわ! なんておいしいのぉ!」
……そんな姿を、帝都の民達は遠巻きに見ていた。
カイトは彼らに笑顔をむける。
「皆さんの分もあります! これは、魔女様からの施しであります!」
みんな最初は疑っていたが、しかしあまりに魔女が無防備に、かつ美味そうに食べるものだから……。
「お、おれも食べるぞ!」「わたしも!」
ぞろぞろと、帝都のたみたちがやってきて、カイトからホットドッグを受け取る。
「うまぁあああああああい!」
「なんておしいいの!」
「こんなの初めて食べた!」
喜ぶ帝都のたみたちをみて、カイトがマリィに笑顔をむける。
「さすが魔女様です! オークの肉を大量に仕入れたのは、皆さんに振る舞うためだったんですね!」
とまあ、相も変わらずカイトは勘違いしているわけで……。
それを聞いた帝都民たちは、涙を流す。
「おれたちのために!」「なんて慈悲深いかたなんだ!」「ありがとう、魔女様!」
しかしその様子を、あきれたようにオセが見ていた。
確かにはたからみれば、美談に見えるかも知れない。
だが実体は、単にマリィが腹減って、カイトにホットドッグを作らせた。
それだけなのだ。
真実を知るオセは、深々とため息をつく……。
『ほんと、なんなんだよこのオカシナ世界はよ……』