86.オーク
二章スタートです!
西にある大陸には、六つの大きな国が存在する。
そのうちの一つ、マデューカス帝国は今、未曽有の危機を迎えていた。
「くそ! おいやべえぞ! またモンスターの群れが来やがった!」
ゲータ・ニィガの王都、城壁の外には、大量の魔物達が押し寄せてくる。
豚の姿をした、亜人型の魔物、オークたち。
「オークだ!」
「まじかよ……」
「またかよ……」
「勘弁してくれよ……」
そうつぶやくのは、帝国に所属する軍隊たち。
彼らの顔には疲労の色が濃く見える。
さもありなん、このところ連日、マデューカス帝国【近辺】で、魔物が大量発生してるのである。
帝国軍たちはその対応に追われて、すっかり疲弊しきっていた。
「みな、頑張るのだ!」
「リアラ様……!」
帝国の皇女にして、部隊長の一人、リアラ・ディ・マデューカスがそう言う。
流れるような銀髪に軍服、そして黄金の瞳を持つ彼女は、部下たちを励ます。
「我らが敗北することはすなわち、帝国の民たちを危険に晒す事になる! ここが踏ん張り時だ! 頑張るのだ皆の者!」
リアラが力強く声をかけると、軍人たちの顔に少しだけ、やる気の色が見える。
「リアラ様、お休みください。もう三日もまともに寝てないじゃあないですか」
リアラのそばに立つ副官が、彼女にそう言う。
「群のみんなが徹夜で戦ってるのに、わたしだけが寝ることなどできん!」
「リアラ様……」
軍人たちがうなずきあう。
リアラは皇族だ、本来なら前線に立つべき存在ではない。
だが彼女は銃を取り、そして自らも敵に立ち向かっている。
その姿に勇気づけられて、軍人たちはまた立ち上がる。
「いくぞ、皆の物!」
「「「応!」」」
先陣切って、リアラが馬を駆る。
彼女の手には銃が握られていた。
「ぶぎぃい!」「ぎぎいぃ!」「ぶぎゃあ!」
オークどもが近づいてくる。
リアラはおびえることなく銃剣を手に取って、構える。
軍人たちもそれに続く。
「うてえ!」
ばん! ばんばん!
銃弾がオークたちの頭を吹き飛ばす。
魔法が主流だった時と比べて、銃の威力は格段に向上していた。
それは魔法の衰退によって、遠距離からの攻撃手段が減ったことに起因する。
魔法が使えないからこそ、技術力が発達したと言えた。
「効いている! きいてるぞ! うて! うてえ!」
リアラも馬を操り洗浄を駆け巡りながら、オークたちの頭を吹き飛ばしていく。
彼女の鼓舞によって、やる気を出した軍人たちは、ひたすらに頑張った。
だが、次第に勢いが落ちてくる。
がち! がちん!
「くっ! 銃弾が尽きたか!」
銃の最大の弱点は、銃弾に限りがあることだ。
魔法があれば魔力の続く限り、攻撃できるのだが、銃だとそうはいかない。
「リアラ様! 御下がりくださいませ!」
銃がなければ皇女はか弱きただの女……。
しかしリアラは逃げることはせず、サーベルを抜くと、果敢にオークに切りかかる。
「リアラ様に続け!」「うぉおおおおおお!」
その後、帝国軍人たちの奮戦がつづくも、次第に勢いが落ちていく。
オークたちは殺しても次から次へと襲い掛かってくる。
人間にひるむことなく、眼の色を変えて、猛進し続けてくるのだ。
「くそ! なんでこいつら、こんなにしつこいんだよ!」
「いったい何がオークどもを駆り立ててるのか……」
モンスターは、モンスターパレードという現象をたまに起こすことがある。
食料が不足すると、人里に集団で降りてくる現象のことだ。
それが今だと言われて、納得する一方で、しかしどうしても解せない部分がある。
モンスターの襲撃が連日つづくのだ。
しかも、いろんな種族が次から次へと・
そしてどれにも共通するのが、眼の色を変えて人間を襲ってくるという特徴。
オークも、先日襲撃した魔物たちもみな、血走った真っ赤な目をしてる。
「きゃあ!」
「リアラ様!」
リアラ皇女が馬上から転落する。
そこへ、オークたちが殺到した。
我先にと、倒れたこのか弱き人間を殺そうと。
「くっ! ここまでか……」
と、そのときだった。
ビョォオオオオオオオオオオオ!!!!
突如として、巨大な竜巻が発生したのだ。
ありえないことだ。
先ほどまで空はきれいに晴れていた。
だというのに、すさまじい規模の竜巻が起きたるのである。
「な、なんだ……これは? いったい何が起きて……」
そのときだ。
リアラ皇女は空中に、妙なものを見つける。
「ホウキにまたがった……女?」
三角のとんがり帽子に、黒い服装。
流れるような黒髪に、黒真珠のようなきれいな瞳。
「颶風真空刃」
魔女が、聞いたことない単語を述べる。
その瞬間、再び竜巻が発生し、あっという間にオークを全滅させたのだ。
「す、すげえ……」「おれたちが苦労したオークを、一瞬で……」「奇跡だ……!」
ふわり、と女が着地する。
そして手をかざすと、倒れているオークたちが一瞬で消えたのだ。
「奇跡……魔法……ま、まさか!」
立ち去ろうとすると女の手を、リアラ皇女はつかむ。
「なに?」
「助けていただき、誠に感謝する、魔女殿!」
そう、最近うわさになっているのだ。
黒い髪をした、魔法使いが、各地を放浪し、人助けをしてると。
「あなたが世界を救済する魔女……世界魔女マリィさまですね!」
するとマリィと呼ばれた魔女は、実に嫌そうに顔をゆがめて言う。
「違うわ。勘違いしないで頂戴、私は別に世界を救済するつもりで旅をしてるんじゃあないわ」
リアラ皇女は、得心言ったようにうなずく。
「なるほど……照れ隠しでございますな!」
「はぁ?」
きっとリアラ達に恩を着せないために、あんなふうにいったのだ。
「さすが魔女殿!」
「はぁ……ここでもそんな扱いなのね」
そのときである。
「魔女様~!」
一台の竜車がこちらにやってきた。
御者台に座っているのは、赤毛の獣人の男の子。
そして頭の上には、クロネコが座っていた。
「カイト!」
先ほどまでの不愛想な顔から一転、魔女は笑顔で、獣人のもとへと向かう。
「カイト! オークの肉は手に入れたわ! すぐに調理してちょうだい!」
「わっかりました! 何がいいです?」
「すぐ食べられて、たくさん食べられるもの!」
何の話をしているのだろうか。
「あ、あの……魔女殿、お礼を……」
「うるさい。わたしは腹が減って気が立ってるのよ」
「でしたら! 帝都にいらしてください! ぜひ、お礼のお食事を……」
きらん、と魔女の目が輝く。
「しかたないわね。お礼させてあげるわ。カイト、肉料理は今度ね」
「はい!」
かくして、魔女マリィと獣人のカイト、および悪魔オセは、マデューカス帝国へと招待されるのだった。