83.初心
マリィが呪術王に繰り出した魔法……。
蝶神精残骸。
相手に都合の良い夢を見させる、最悪の魔法。
マリィは呪術王に、幼き日の母との思い出を見せている。
彼はその甘い夢から、永遠に抜け出せないで居る……。
『これで、おわったんやな……?』
九尾が、切なそうな表情でつぶやく。
彼女は呪術王に裏切られて瀕死の重傷を負わされた。
それでも……大事な人だったのだろう。
そんな人が殺されて、喜べるわけがなかった。
しかし……。
「しつこいわね」
『なっ!?』
オセも、そして九尾も驚いた。
呪術王が、目を覚ましたのである。
『ば、馬鹿な! 神域級魔法を自力でうちやぶってきやがったのか!? やばいぞ……こっちはもうヘロヘロだ!』
カイトは気絶し、倒れている。
マリィも体力を消耗してるのか、立ってるだけで辛そうだ。
しかし……呪術王の表情は、実に穏やかだった。
先ほどまでマリィと戦っていたときにみせた、好戦的な笑みはもうない。
どこか、晴れ晴れとした表情をしてる。
「降参だ」
と、ただ一言呪術王はそういった。
マリィは目を丸くする。
「……降参?」
「ああ。初心を思い出した。そうだった、おれは……母を生き返らせるために、強くなろうとしていたのだな」
どうやらマリィの見せた幻覚から、彼が失っていた、母を復活させたいという気持ちを、思い出したようである。
「…………」
マリィは臨戦態勢を解いた。
相手に戦う意思がないことを悟ったからである。
呪術王は小さく自嘲的に笑った。
「馬鹿だった。おれは。いつの間にか、戦うことが目的になっていた。母上を、生き返らせたかっただけなのにな」
自分では、母親を生き返らせることはできないと気づいたようだ。
もう彼には戦う意思も、強くなろうとする動機もない。
「何諦めてるの?」
「え?」
マリィは折れた接骨木の神杖を修復魔法でなおし、構える。
「やるわよ」
「やる、とは……?」
がりがりと魔法陣を描きながら、マリィが言う。
「あなたのお母さん、生き返らせるわよ」