06.獣人を助け、グルメ旅スタート
ここから短編の続きとなります。
「さて、これからどうしましょうか」
あてもなく空を飛んでいるマリィ。
彼女は国外追放され、自分を縛り付ける鎖から解き放たれたばかり。
もう誰にも支配されない、自由な生き方をしようとは思っている。
しかしじゃあ具体的にどうするか、決めかねているところ。
「物見遊山とか? 別に景色とかどうでもいいのよ」
とりあえず方針が決まるまでは、あてもなくぷらぷら旅をしよう。
でも何か目的があったほうがいいとは思う。なんだろうか、と思っていると。
ぐぅ~……。
「おなか空いたわ」
そういえば何も食べていなかったことに気づく。
近くに町は見当たらない。森の木の実でも食べようか、と思っていると……。
「お、あんなところにドラゴンが」
森の上空を飛んでいる、そこそこの大きさなドラゴンを見つける。
ちょうどいい。
「あれを狩って食べましょう。【風刃】」
右手から放出されたのは、初級の風魔法。
すさまじい大きさの刃がやすやすとドラゴンの肉を引き裂く。
ドラゴンの肉が落下していくのを見届けて、マリィは森の下へと着地したのだが……。
「…………」
「ふむ? なにあなた?」
そこには、痩せててがりがりの、獣人の少年がいた。
近くには既にこと切れた御者と、同じ境遇の奴隷の死体がいくつもあった。
「あー……」
どうやら自分は、無自覚に人助けをしていたようだ。
マリィはドラゴンを倒して、その肉を焼いてステーキにでもして食べようと思っていただけ。
「あ、あの! 魔女様!」
獣人の少年は、マリィの前で深々と頭を下げる。
「あぶないところ、僕ごときゴミムシのために助けてくださり、あ、ありがとうございました!」
少年からすれば、ドラゴンに襲われて危機一髪のところを、空からさっそうと現れた魔女が助けに来てくれた。
そんな、物語でよくあるシチュエーションであった。
しかしマリィはエゴイスト。そんな人助けなんてする気などさらさらなかった。
だからこういった。
「別にあなたのために助けたわけではありません」
と。しかし少年は、こう解釈する。
「なるほど、ツンデレなのですね!」
……少年視点では、マリィはとてもお人好しで、助けたことに過剰に恩義を感じてほしくないから、そうやって口ではツンツンしてるだけ、と好意的に解釈していた。
実際には単に腹減っただけなのだが。
人は自分が見たいと思ったものしか見えようとしない。
この少年からすれば、マリィはもう、窮地を救ってくれた英雄にしか見えないのである。
だが残念ながら、マリィは単なる魔女でしかなかった。
「さて、ご飯でも食べようかしら」
少年を無視してマリィは調理を開始する。
目の前には大量の、ぶつ切りにされたドラゴン肉。
「焼いて食おうかしらね。とろ火」
その瞬間、すさまじい勢いで魔法の炎が発生した。とろ火どころじゃなかった。
一瞬で黒こげドラゴンステーキ(炭ともいう)が完成する。
マリィは微妙な顔をして、黒焦げ肉を一口食べる。
「…………」
まずい。非常にまずい。だがまあ、別に栄養さえ摂取できれば、マリィはそれでいいのだ。
食べ物なんて、腹の中に入れば同じ……と思っていたのだが。
「あなた、さっきから何してるんですか?」
獣人の少年は、血だらけになりながら、ドラゴンから素材を採取していた。
「魔女様はおなかがすいてられるのですよね? だから、ぼくがお料理を作ろうかと!」
「ほぅ……料理。あなた料理ができるの?」
「はい! お金持ちのお屋敷の、厨房で働いていたので!」
そういって、少年はてきぱきと調理していく。彼がどこのだれで、どんなバッグボーンがあろうとどうでもよかった。
また、おなかも満たされたので、とっととこの場から離れてもよかった。しかし……。
ジュウウウウ……!
……と、肉の焼ける香ばしい香りが、マリィの食欲を刺激した。
どうやら少年は、奴隷商人の荷物の中をあさって、調理道具と香辛料を拝借し、調理を開始していた。
「…………」
自然と、口からよだれが垂れる。なんだろう、料理なんて全く興味なかったのに。
この獣人少年の作るものの匂いに、ひかれている自分がいた。
「できました! ドラゴン・ヒレ肉ステーキです!」
大き目の葉っぱをお皿にして、その上には1枚の分厚いステーキが乗っていた。
ふん、とマリィは鼻を鳴らす。
「たいそうな口をきいた割に、肉をただ焼いて塩ふっただけ?」
期待外れだ。さっさと立ち去ろう。……だが、しかし。
あふれる肉汁。香ばしいスパイスの香り。……おかしい。
自分が焼いた肉と、彼の作った肉では、何かとてつもなく大きな差があるような気がした。
なにより、マリィはこれを食べたいと思っていた。
「どうぞ!」
「ま、まあ……一口だけなら」
よく見るとステーキは、食べやすい大きさにカットされていた。
この少年がいつの間にか切っていたのだろう。
さらに、食べるための串が添えられてる。……意外と気が利く。
マリィはひれ肉をひとつとって、口に含む。すると……。
「!」
なんだこれは! ドラゴンの肉は、もっと筋張っていたはず。
だが、柔らかい。なんてやわらかいのだ!
無駄な脂身はない。だが噛むたびにうまみがあふれ出てくる!
「どういうこと? なんでこんな柔らかいの?」
「ドラゴンのひれの部分は、体の中で一番柔らかくておいしいんですよ!」
……なるほど。この少年はドラゴンの肉を食べたことがある、どころか、調理の経験すらあるらしい。
だとしたら、解せないことが一つだけある。
「この時代では、モンスター食いは禁忌とされてるわね。それを知らないの?」
マリィが生きていた時代とは違って、この未来の世界では、モンスターを食べることはいけないこととされていた。
マリィにとってはそんなの知ったこっちゃないのだが。
この時代の人間である少年が、モンスターの食べ方を知ってるのはおかしかった。
「僕のいた田舎の村では、普通に食してました」
文化圏の違うところ出身のようだ。しかし、このステーキはうまい。うますぎる。正直、人前じゃなければ叫んでいたくらいだ。
「ふむ……少年、名前は?」
「カイトです!」
「カイト……ね」
マリィは一つの、結論を出す。
「よし決めた。あなた、採用」
この旅の目的を。
彼女は当てのない旅に出るつもりだった。
しかし、今、食の楽しみというものを知った。
この少年、カイトは、魔物をおいしく調理する術を身に着けているようだ。
となれば、ほかの魔物もおいしく調理して、マリィが食べたことのない未知の【おいしい】を提供してくれるかもしれない。
ごはんって、こんなにおいしいものだったんだ。マリィは生まれて初めて、食に興味を抱いた。
ならばこの子を連れて旅に出て、各地でモンスターをかり、おいしいものを食べて回る。そんな旅をするのも、よかろうと。
「あなた、私についてくる気ある?」
「あります! ぜひ連れてってください!」
カイト少年は奴隷だった。しかし持ち主の奴隷商はそこでくたばっている。
なら拾った自分が持ち主になる。
「よし、ついてきなさい、カイト。これから全国を回るのです」
「なるほど! わかりました!」
一方、カイトはこう勘違いしていた。
マリィは英雄で、世界を救う旅の途中。
そのおともとして、抜擢されたと。
……単なる美食ツアーの料理人として、同行を許されただけなのだが。
かくして、エゴイスト魔女と、思い込み激しい獣人の、奇妙なグルメ旅がスタートするのだった。