59.湖
マリィたちはシナノにある最大の湖、ワーズ湖へとやってきた。
この町には大きな湖があるのだが、妖怪達の呪毒によって汚染されていた。
『こいつぁ……ひでえや! 鼻がひんまがりそうだ!』
湖の畔に馬車を止めたマリィ。
汚水の匂いに、おもわず黒猫の悪魔オセが鼻を押さえる。
カイトも同様らしく、不快そうに顔をしかめていた。
「卵の腐ったにおいとか、色々まざったおかしな匂いがしますぅ~……」
マリィもまた、不愉快そうに眉根を寄せていた。
「なんて酷い……」
そこへ、町長らしき男が話しかけてきた。
カイトが、彼に話をつけてきたのである。
「お初にお目にかかります。わたくしはマチオーサ。ここで町長をやっております」
マチオーサがマリィたちの前で頭を下げる。
その顔には疲れが見えていた。
おそらく、この湖の汚染によって、彼らは苦労を強いられているのだろう。
表情だけで心中を察したカイトは、同情的なまなざしを向ける。
一方マリィは、先ほどまでの腹減った~と緩みきっていた表情から一転。
険しい表情で、湖を指さす。
「この湖、一体いつからこんなことに?」
「呪術王が来てからです。あやつめの妖怪がこの湖に住むようになり、以後、ワーズ湖はこのようなありさまでして……」
「なるほど……じゃあ、この湖にはなんかの妖怪が住んでいるってことね」
ただ、浄化して終わりって、訳ではなさそうだ。
マリィは右手を前に突き出し、人差し指をくいっ、と曲げる。
すると湖が……。
ドッパァアアアアアアアアアアアアアン!
大きな音を立てて、湖の中から、巨大な妖怪が出てきたのだ。
『なっ!? おい魔女様よ、何したんだ!?』
「ただの重力魔法よ」
『じゅ、重力魔法っていったら……古代魔法の一つじゃ無いか!』
古代魔法。
それは、属性に分類されない魔法であり、それでいて尋常ではあり得ない効果を発揮する魔法だ。
飛行魔法、鑑定魔法など。
どっちかといとスキルに近い効果を現す魔法もあれば。
重力魔法、時間停止魔法など。
人間が逆立ちしたって、使えることのできない、凄い魔法をも、この古代魔法に分類される。
『吾輩の眠りを妨げるやつはどこだぁ……!?』
汚らしい体を持つ妖怪にむかって、マリィが毅然とした態度で言う。
「私よ。私はマリィ。あなたを殺すもの」
カイトは、『弱い人たちを守る魔女様かっけー』と思っている。
だがオセは知っている。
『どーせ、この匂いのせいで、ご飯が美味しく食べられなくて切れてんだろ?』と。
マリィは、当然のようにうなずいた。
どこまでも自分本位の女なのである。